横浜焼売(シウマイ)物語2025

ハマっ子のソウルフードは崎陽軒のシウマイ。漫画書き柴犬溺愛落語らぶ晴れ時々ランニング、更新随時

私の東京タワー

2025-04-09 | 旅行、おでかけ

なんか映画のタイトルみたいね。
先日東京タワーに行く機会がありました。
子供の頃に行って以来だからもうン十年ぶりぶり。
エントランスにびっくり
こんなに広くて明るかったっけ??

え?この子誰??


のっポンくん、お兄ちゃんの方(設定は双子だそうです)
今やどこも公式キャラがお出迎え。

エレベーターでメインデッキ一階へ。



メインデッキ一階の神社
こんなおおっぴらに解放されてるのが令和
ここは地上150Mです。東京タワーのほぼ真ん中あたりね。
窓ガラスも大きくてこの高さなら望遠鏡もいらない






足元もよく見えます。

さらにこの上にも行けるのですが
ツアーの時間の都合で大急ぎでメインデッキ一階をグルリ

あれ?あれ?そういえば、
私が初めて東京タワーにのぼった頃は、ここまでしか入れなかったような気がする。
妹が生まれる前?かあるいは生まれたばかり?この時は私と母だけ。
私は幼稚園に入ったか入らないかの頃です。
母とふたりでお出かけということで物凄くテンションが上がっていたのは確か。
そしてこの日エレベーターが故障したか混んでいたかで、係の人の誘導でこの階から階段で下の階まで降りたのですよ。
母と。
赤い鉄骨が交差していてまるで檻の中をぐるぐると一段一段降りていったのを憶えてます。反射で周りは赤く染まって見えました。
クレヨンしんちゃんの映画『モーレツオトナ帝国の逆襲』でしんちゃんが20世紀タワーを駆け登っていくシーンがありましたが、まさにそんな感じ。駆け下りはしませんでしたが、ゆっくりと降りて行きました。
はじめ怖くてぐずったのですが、母の手がしっかりと自分を繋いでくれて。
いつの間にか恐怖もなくなり、ひたすら階段を降りていったのでした。

…というわけで、私の東京タワーは母との手繋ぎ階段降り。

あ、今回はもちろん下りはエレベーターで地上に降りましたよ。

夕映え天使

2025-04-07 | 日常茶話
SNS繋がりのMさんに教えていただいた本。


以前軽井沢の話を書いたら、軽井沢警察署が舞台になってますよ、って。
早速読みました。
文章を書く人がすごいなあと感じるのは、
文章で人の脳裏に画像だけでなくその場所やそこにいる人の呼吸まで表現されること。
実際訪れた分なおさら、彼らと一緒に空間にいるような気がします。

何度でも読み返したくなる本と出会えるのは幸せ。
ありがとうございます。







お家かたづけおかたづけ

2025-04-05 | 日常茶話
ということで、
ただいま絶賛おかたづけ中なんですが、
いろいろ出てきます。
こんなパンフ


東映まんがまつりは正式には1967年から始まったらしく
名称を変えながら(1980年から東映アニメまつり、その後アニメフェア)1990年まで子供の春休み(夏休み)の定番上映でした。
家庭用ビデオの普及となどで一度途絶えて、2019年に復活。2020年にも予定されていたものの
コロナ禍になって中止。以後東映としての興行はないそうです。

これはサリーちゃんとかキャプテンウルトラなんて入ってるから1960年から70年台の前半くらいのもの?

小林念樹さんが...キケロ星人ジョー
監修が都筑道夫先生と光瀬龍先生
わー
よくとっておいたなー
マハリクマハリター
でも、どんなお話だったか全く覚えてないのよ、
、、
余談ですが、
私の記憶の中で最初に映画館で観た東映アニメーションは『わんわん忠臣蔵』だったと思います。
東映まんがまつりと銘打たれる以前から、東映では東洋のディズニーを目指して、名作アニメーション(当時はマンガ映画)を上映してました。
当時我が家は「まんが禁止」だったんだけど、なぜかディズニーは例外だったからその流れかタイトル(忠臣蔵)で子供に見せても良いと判断された模様。
小学校低学年だった自分は雪の中ジェットコースターでわんこたちがカーチェイスならぬ大追跡をするシーンに釘付けでした。
ストーリーの方は当時よく分からなくて、その後テレビの東映まんが映画のチャンネル(地上波でそういう放送枠があったのよ。)での再放送の時に見てようやく理解したというぼんやりした子でしたよ。
と、まあ…
なんだかいろいろ思い出に浸って、かたづけの方は全く進んでいませんのd(^_^o)

桜か桃か

2025-04-03 | 日常茶話


朝ランコースの途中
裏道で毎年咲く赤い花
寒緋桜かと思ったら
花桃だそう。
桜は下に向かって花をつけますが、
花桃は花の方向がランダムなんだとか。



根比べ

2025-04-01 | 日常茶話
...じゃなくて
『コンクラーベ』
教皇選挙見てきた。
最後の最後でどんでん返し
なんだけど
「教会は前に進むもの」っていう
言葉が希望よ。

しかし世界中のカトリック教会の枢機卿(教皇選挙参加権を持つ)の過半数支持を得られるまで、
世俗から隔離された密室で何日も投票を繰り返す...って
最後は体力根気が勝負ですね。
まさに根比べ(こんくらべ)

いいもの見ました。

黒と白

2025-03-31 | 今日はこれをいただきます
物産展で京都と北海道は間違いない!と言われているそうです。
ことの真相はともかく、
京都の物産展があると必ず覗くのが虎屋さん、
『なんだ全国区じゃないの...』ってたしかにその通りなのですが、
京都限定で作っている羊羹が手にはいるかもしれないので。
ひとくち羊羹の
白味噌と黒豆黄粉(くろまめきなこ)

入荷数が限られているので購入は運任せ。
季節のプチ贅沢でございます(ほほほ)
京都行きたいなー。

サンライズサンセット

2025-03-29 | 旅行、おでかけ

明治座にかかっていたミュージカル
『屋根の上のバイオリン弾き』を観る機会がありました。
かれこれ、半世紀前にブロードウェイで上演され、その後映画化されて『サンライズサンセット』という挿入歌が日本でも大ヒットしました。深夜放送ラジオのリクエストには必ずオンエアされたほど。
しかし、私は曲は知っていても実際に作品に触れる機会はありませんでした。

日本での舞台公演は1967年!!帝国劇場で。
以来57年もの長きにわたるロングランだそうです。主役は初演から19年務めた
故・森繁久彌さんから、故・西田敏行さん経て、2004年から市川正親さんが務めています。相方は、元タカラジェンヌ鳳蘭さん!

実は妹が、学生時代に演劇鑑賞という校外学習で一度この公演を見に来たことがあるらしいのです。その当時はまだ森繁久彌さんが主人公をで曲のテンポも歌詞も微妙に記憶と違っているとのこと。
おそらく時代に合わせて演出や言葉など変わっていったのだと思います。
で、肝心の内容はというと、当時の妹は途中居眠りをしたりでほとんど覚えていなくて……とニヤニヤ。
確かに内容はとても深くて重いものがあり、中高生にはちょっと難しい?かも。
けれど今はこの年齢になったからこそわかる部分もあり、同時に学生時代だったからこそ感動した部分もあったのは確か。
設定や演出はその時代によって変化します。普遍的なテーマを伝えるために上演されるたびに舞台も成長していくのでしょう。
(例えば主人公の一家が故郷を追われ旅立つ先ですが、この舞台ではアメリカ合衆国となっています。発表当初はイスラエルに帰還するという設定でした)
歌詞もタイトルも同じく。
初めて私が曲を聴いたときは『サンライズ・サンセット』と原文そのままでしたが、今回では『陽はのぼり.陽は沈む』と日本語訳になっていました。
初めて知った本編。
とても理不尽な理由で、本来ならごく当たり前に進むそれぞれの人生が、試練に満ちたものになる。ひとりひとりは皆善意の人なのに、向き合おうとすれば対立し、憎み合うことになる。何が正しいのか幸せなのか、誰にも答えは分からないままひと筋の希望を残して幕が降ります。4時間の長編でしたが、息つく間も無く見入っていました。プロジェクションマッピングを使わないでみせる舞台の作りもこのお話にはピッタリで、あの舞台の奥に別の世界が広がる面白さ。
この日もかつての妹たちのような学生さんのグループが観劇に参加していました。この学生たちが社会人になり大切な人ができ、人の親になりした時に、また見てもらいたい。今はなんだかよく分からなかったことも、興味を持ったことも心のどこかに留め置いてもらいたいなあ。
それにしても市川正親さんも鳳蘭さんも朗々たる歌声にしなやかな身のこなし。
いかに研鑽を積まれてきたかと頭が下がります。デュエットが圧巻で泣きそうになっちゃった。何度も何度もアンコールに答えてくださった出演者の皆さんが素敵でした。ありがとうございます。ロングランがる続くことも大事ですが、こうして名作に触れることが普通にできる世界であってほしいな、と思います。

ところで明治座の座席に

これ実は私も愛用してまして。あまりに座骨神経痛がひどくて、もういっそヘミングウェィのように立って描いたろうか!!!って考えていた時に勧められました。
マジ。神。です。
今回の観劇4時間もとても楽に過ごせました。明治座グッジョブ!

もろもろ
本日が明治座公演千秋楽だったので、カキコ。

トンネルを抜けるとそこは雪国 別冊:軽井沢ミッション

2025-03-27 | 旅行、おでかけ
トンネルシリーズの後日談
楽しい旅行の後一週間ほどして
私たちはなぜか再び軽井沢に向かっていました。
目的地は、ここさ!
ジャーン!!
軽井沢警察署〜

え?いよいよシャチョーさんがお縄に…なったではなく

実はあの白馬ツアーの初日、立ち寄ったレストランのパーキングで、某車にぶつけられていたんですよ、
ホイールが凹んで傷ついてしまい、ペンションに着いてから気がつきました。
ドライブレコーダーを確認したらしっかりと録画済み。
黙って立ち去られてしまったことがどうにもモヤモヤするので所轄署に相談。
レコーダーのデータと当該車両を持って?被害届を出すことに。
え?なぜおまえが一緒かって?
いやいやわたしだけではなく、もちろん妹もワンコも同行しましたよ。
だーーーって、シャチョーさん1人じゃ心細いでしょ?
付き添い♪付き添い♪

ところが、休みを取ったこの日は雪。
関東地方にも警報が出ていて高速道路が通行止めになるかも?というハードな天気。
しかし前進あるのみ、GO!GO!

あの日とは全く景色が違います。
カーラジオからは午後から高速の通行止め案内が。果たして今日中に帰って来られるか?って心配してもお腹は空きます。
件の事故現場のパーキングがあるレストランで休憩&ランチ❣️


前回はこんなでしたよ。


わんこ大喜び






ごはんも美味しい❣️





ここで重要情報が❗️
前回サービスしてくれたレストラン若いギャルソン(昭和のダジャレにやたら詳しい)が、私たちのこと覚えていました。
シャチョーさんが世間話などしつつ車の件を愚痴ったら、
『え?うちのパーキングでですか?!だったら車の出入りの確認をナンバープレートで管理してますよ。パーキングのカメラにデータは一ヵ月くらい保存してますから残っているはず』
といって、管理会社の連絡先を教えてくれたのです。
なんと心強い!
早速問い合わせると、
残っていました。
ただし、個人情報なので、警察から正式な依頼があれば、管理会社が所轄署と連携してくれるとのこと。

そんなわけで軽井沢警察署到着。
早々に
軽井沢署のマスコットみっけ!

こっちがカリスくんで
こっちがカリスちゃん

ここにもマスコット!
長野県警察のマスコットのライボくんだそうです。
なんかマスコットがいっぱいいる❣️

実況検分で車の現状写真を撮られて
シャチョーさんが調書作成のため会議室(取調室にもなるらしい)へ。
オマケの私と妹は別室で待機。
キョロキョロなんてしてませんよ。してませんとも!!
でもまたまたここでもご当地キャラ発見

この部屋は録音撮影禁止だったので画像はホームページからお借りしました。
新旧のキャラクターが一緒になってるカレンダー

リニューアルしたシンあさまマン

へー(いろいろ思う)
軽井沢は浅間山がアイコンなんだなあ。
なんて感慨に耽っている間に調書作成終了。被害届を提出して来ました。

天気予報を気にしながら、、まだ動いている高速を乗り継いで
横川経由で帰路に着きます。
ラジオからは道路通行止めの予報が。気温はどんどん下がっています。



おめあては横川名物の峠の釜飯
ここにはかつての急行あさま189系?車両を使った休憩所があります。
車両まで詳しくないのでリンク貼っておきます。
釜飯弁当を私たちが買おうと右往左往している間に
いつの間にか車内でひとり釜飯弁当を食べているシャチョーさんが…。
しゅ、瞬間移動?!!
お土産買うのにうろうろしていると、お店の人が
「今日は15時でサービスエリアが閉鎖になるから急いだほうがいいよ。』と教えてくてました。
わー、大雪警報発令中。
いよいよ首都高も止まりそうだとちょっと心配になってきます。
天気予報と道路交通情報とシャチョーさんのドライバー経験値をフル稼働。
時折ぱらつく雪の中を進みました。

幸いなことに、
首都圏に入ると、あそこもここも閉鎖というアナウンスとは裏腹に道路は流れています。雪は雨に変わっていました。
高速出口で混雑はあったものの、ほぼ順調に進み、本日中にキタック。

事故がなくてよかった!!
というわけで軽井沢ミッションは完了です。
シャチョーさんお疲れ様でした。ありがとうございます!
妹ちゃんシン空海くんお疲れ様でした。

めでたしめでたし。





二択クイズ

2025-03-25 | 横浜ラブ
とあるビルの壁に




わかるかな?

ここは1885年創業の横浜の老舗運輸会社の本社ビルです。


原画展

2025-03-23 | 横浜ラブ
最終日に間に合って、ヒサクニヒコ先生の原画展に。
元町高橋書店にて


先生とは共通の知り合い田森陽介先生の紹介で知り合いました。
実は住所もご近所で野毛山動物園界隈でバッタリなんてことも。
初めて先生のイラストを知ったのは、北杜夫作・さびしい王様の挿絵
平積みにされていたその本の表紙をかざった絵に一目ぼれしたのが最初。
その後、動物や恐竜のイラストや漫画でそのお名前を覚えました。
今回の原画展は、濱手帖という情報誌のために描かれたものがメイン。
昭和の戦後の横浜の様子は高度経済成長期の東京オリンピック世代としても
記憶の片鱗に覚えがあったりで不思議な気持ちになりました。
伊勢佐木町が米軍のかまぼこハウスに埋め尽くされて、
滑走路まであった事はさずがに記憶にはなかったけれど
本牧の先のフェンスの向こうには青い芝生のアメリカがあったこと
今の子は知らないよねー。
どのイラストも漫画もその一枚から次々に記憶の扉が開いていきます。
動物園のイラストは今は無くなってしまった象舎。
特にインドゾウのはま子は人気があって
子どもたちの集合写真はこの象の展示場の前が定番。
先生ははま子と同い年で、一緒に還暦を迎えたかったそうです。
はま子は残念ながら還暦を迎える一年前に天国へ。
59歳というのは動物園飼育の象としてはとても長生きです(動物園飼育では平均2、30年)が、オシの同志?に先立たれるのはさびしいですね。
先生のはま子さんとは違うかもしれませんが、私にとってはフタコブラクダのツガルさんがオシの同志?でした。
そんなふうに一枚一枚の作品から次々に色々なエピソードが出てきて、
ヒサ先生が丁寧にお話ししてくださって恐縮でした。
本当に本当にありがとうございました。
濱手帖のKさん、高橋書店のはま子さん、ジャックの塔案内人のMさん、この日出会ったすべての皆さんありがとうございました。