泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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ディスクレビュー『BEYOND TOMORROW』/GINEVRA

Beyond Tomorrow

Beyond Tomorrow

  • アーティスト:Ginevra
  • Frontiers Records
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◆高品質な歌とギター特化型地味作

とにかく抜群に上手い歌とギターを堪能するための作品である。逆に言えば、その二要素がメロディアスな音楽にとっていかに重要であるか、またそれだけでどこまで到達できるのかを実験しているかのような潔さを感じさせる。

VoはSEVENTH CRYSTALのクリスティアン・フィール、Gtは「プロジェクトやりすぎおじさん」ことマグナス・カールソン。加えてBaにH.E.A.T、DrにECLIPSEのメンバーを招喚するという、北欧の実力者を集めたバンド(というかプロジェクト?)の2ndアルバム。

力点がVoとGtに集中しているため、その他のあらゆる要素は安定方向へと機能し、主役の二人を引き立てる役割に徹している。それは方向性が明確であると同時に、正直なところ地味であるということでもあって、そのある種ストイックな感触はデビュー作の時点でもたしかにあった。

そういう意味での方向性は前作から変わっていないのだが、今作の楽曲は、二人の音楽を追い続けているファンにとってもさすがにやや地味すぎるかもしれない。たとえば前作には、当ブログでも2022年の年間ベストソング5位(アルバムは2位)に挙げた「Brokenhearted」のように明快かつキャッチーな歌メロを持つ楽曲がいくつかあったが、今作にはそこまで憶えやすいメロディを備えた楽曲は見当たらない。

それでもやはり圧倒的な歌唱力と、時に閃光を放つかのように切れ込んでくるギター・フレーズには楽曲をワンランク上のレベルで成立させてしまう力があるが、今回はやはり元となる楽曲自体のアイデアがいまひとつ物足りないというのが正直なところではある。

むろんその違いというのはわずかなレベルであり、それでも結果として楽曲がキャッチーに仕上がっていれば「よくぞ最小限の素材でここまで良質な曲を!」という話になるし、「素材の味を生かし切っている」というプラスの評価にもなり得るわけで、前作はまさにその無駄な贅肉のない作りが全体の美しさにつながっていたのだと思う。

それでも歌とギターを堪能するにはなお有効な作品であり、楽曲のクオリティも一定のレベルを下回るものはなく、メロディを愛する聴き手の期待から大きくはずれるようなことはないだろう。

とはいえ、次作もこのままミニマムな方向性を続けるのか(もっと言えばそれをやるためにこそ集まったバンドであるのか)、あるいは次あたり新機軸を打ち出してくるのか、そのあたりがいまから気になるところではある。


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ディスクレビュー『BLOOD DYNASTY』/ARCH ENEMY

Blood Dynasty(ブラッド・ダイナスティ)

Blood Dynasty(ブラッド・ダイナスティ)

  • アーティスト:ARCH ENEMY
  • (株)トゥルーパー・エンタテインメント
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◆高品質なメロディとブルータリティの分離

北欧メロディック・デス・メタルの雄どころか、もはやヘヴィ・メタル界全体におけるひとつの基準点と言っても過言ではないARCH ENEMY12枚目の作品。

最初に言っておくが彼らの近作を好んで聴く人にとって本作はなんの問題もない、むしろ前作の疾走チューン不足を的確に補うような作品で、期待を裏切られるようなことはまずないだろう。基本的な質は間違いなく高い。

そのうえで不満を述べるとしたら、僕のようにそもそも現Voのアリッサどころかその前のアンジェラ時代から引きずっている歌唱面における気がかりを、ここで再認識した聴き手くらいかもしれない。

今作には前作の反動あるいは反省もあるのか、比較的ストレートな疾走曲が並んでいる。だがそれらは特に複雑な構成の楽曲ではないにもかかわらず、個人的にはなぜかつぎはぎな印象を受けた。

もちろんどの曲にもキラリと光るギター・フレーズが配されているのは流石で、聴きどころは各曲に間違いなく用意されている。だがそれらが楽曲として魅力的であるかというと疑問で、「1曲通して良い曲」というのが意外と見当たらない。なんというか、楽曲展開に有機的な文脈を感じないのである。

これは非常に伝わりにくい感覚かもしれないので、以下いろいろな言いかたで言ってみることにする。

メロディとブルータリティが「共存」はしているが「融合」はしていない。それぞれが別々のパートを受け持っている感じで、両者がかき混ぜられず分離したまま交互に並べられている。それはあえての棲み分けであるのかもしれないが、どうもきっちりと分別されすぎているように聞こえる。

そのおかげで、メロディを期待していると退屈な時間帯が思いのほか長く続く。ヨハン時代の初期3枚は「ブルータル×メロディアス」という掛け算で融け合っていたものが、いまは「ブルータル+メロディアス+ブルータル+メロディアス+ブルータル+メロディアス……」とパズル的な足し算によって無機質に配置されているように感じられる。

しかしだからといって、僕はヨハンの歌が特別お気に入りだったというわけでもない。だがあの前のめりな呪詛のような独特のフレージング・センスは、このバンドの音楽性とは抜群に相性が良かったのかもしれない、といまになって改めて思うのだ。

良くも悪くも、彼の歌唱には楽曲に対する遠慮がなかった。それがアンジェラに交替して以降、歌が起伏に富んだ楽曲を、無難かつ平坦に均してしまっているような印象を受ける。それはVoがいまのアリッサに変わってからも変わらない。たぶんヨハンの感性のほうが独特すぎたのだと思う。

逆に言えばもう少し楽曲を邪魔しないプレーンな要素が欲しくて、マイケル・アモットはVoを替えたのかもしれない。だが彼はかつて、「Voはリズム楽器だ」という主旨の発言をしていたことがあった。

それは最近の楽曲とヨハン時代の楽曲を聴き比べてみるとよくわかる。初期の楽曲はむしろメロディをなぞらない歌が楽曲の土台を支え、全体のグルーヴを率先してまとめ上げていたような感触がある。名曲「Silverwing」の、Aメロでギター・リフの後塵を拝していた歌が、Bメロであっさりとリフを追い越して前へ前へと引っぱってゆく摩訶不思議な展開などはその真骨頂だろう。それは表向きにはけっして華やかなものではなかったが、実のところ欠かせない要素ではあったのかもしれない。

だとするとやはりヨハンの歌でないとあの一体感は出ないのかと諦めそうになるが、ことはそう単純な話ではないのかもしれない。今作を聴いていて思うのは、アリッサがこのバンドに持ち込んだ新要素であるノーマル・ヴォイスで歌い上げるパートが、楽曲に明確な力を与えているということだ。それはリズム面を担ったヨハンの歌とは真逆の武器であるのかもしれないが、楽曲の求心力を高めるという意味では、はっきりと方向を示す羅針盤のような働きをしているように感じられる。

そうなるとさらにノーマル・ヴォイスのパートを増やしてほしくもなってくるが、むろん単にその分量を増やせば楽曲の強度が上がるとも限らない。だがこのバンドに必要な歌声は、楽曲に合わせるというよりはむしろそこからはみ出すような要素であるような気がして、そういう歌とギターの均衡かつ緊張状態をこそ、いま再び期待したくなっている。


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短篇小説「風が吹けば桶屋が儲かるチャレンジ route 2」

(※これはどうすれば風が吹くだけで桶屋が儲かるのかという、その道筋を考えるためだけに書かれた実験小説の第二弾である)


 一陣の風が、吹いた。

 山から降りてきたその風はアスファルトの上を滑り、大量のスギ花粉を運んだ。その花粉をめいっぱい吸い込んだ通学中の小学生男子が、ひとつくしゃみをした。くしゃみをした勢いですでにぐらぐらになっていた少年の乳歯が抜けて、口の外へと飛び出していった。気づいた母親が、すぐにそれを拾って塀の向こうの屋根の上に投げた。なんかそうしたほうが良いという話を聞いたことがあったからだが、何がなぜどう良いのかは知らないままに。

 だが母親の投げた乳歯は、もちろん屋根の高さにまでは届かない。見知らぬ家の塀を越えて庭の雑草の中に落ちた乳歯を、まもなくその家の飼い犬が見つけた。犬は必死にそれを噛み砕いてみようとするが、まったく歯が立たないとはまさにこのことだ。ちょうど飼い主の老爺が朝食を食べ終えて、散歩に出る時間だった。犬は口の中でいろんな角度からそれに歯をぶつけながら、しばし道を歩いた。

 そうしているうちに、氷や飴のように徐々に溶けてくるわけでもないことがわかって、諦めた犬はペッと路上にそれを吐き出した。それが先の尖った犬歯であったのは、単なる偶然だが奇跡というほかない。もうひとつ奇跡であったのは、それがアスファルトの上へ頂点を天に向けて見事に屹立したことだ。

 犬が歯でガリガリと研磨し続けたことによって鋭さを増していたそれは、後ろからやってきた男の自転車の前輪に突き刺さり、ひそかにパンクさせた。快調に走っていた自転車はまもなく前輪に急ブレーキをかけたようになって、後輪を浮かせたジャックナイフの体勢から思いきり横に倒れた。その前かごに入っていた紙袋の中身が、いっせいに路上へとぶちまけられた。それはとんでもない量の福引き券であった。

 後ろからはあんぱんと牛乳を持った二人の刑事が、「待てー!」と言いながら走って男を追いかけてきていた。男は世にも珍しい福引き券強盗であったのだ。あせった男は自転車を諦めて、慌ててなんとか三枚の宝くじだけをポケットにねじ込んで駆け出した。追いかけてきた刑事たちは倒れていた自転車を起こすと、二人乗りで男を追いかけようとするが前輪がパンクしているためまったく進まない。手に持っていた牛乳瓶の中身は、二人ともすでに全部こぼしてしまっていた。

 そのまま逃げ切った男は、商店街の隅に簡易テーブルを広げて設置されている福引き機の前へとたどり着き、ハッピを着た係員に三枚の福引き券を提示して抽選器を回した。するとはずれの白が二つ続いたのちに、三度目の正直で金色の玉が飛び出した。それを見た係員が、「おめでとうございます~、一等賞の温泉旅行です!」と大声で言いふらしながらベルを派手に鳴らした。男はそれによって注目を浴びることを怖れ、奪い取るように一等賞の入ったのし袋をかっさらってまた走り出した。

 それから男は電車に乗って雪国へと向かった。のし袋の中には新幹線のチケットが入っており、温泉宿には一本電話を入れるだけで予約できるようになっていた。駅を降りると雪が降っていた。

 宿について部屋に案内されると、男はさっそく冷えた身体を温めるために、山道を少し歩いた離れ小屋にある貸し切りの露天風呂へ入ることにした。しかし露天風呂を上がると、どういうわけか脱いだ服が何から何までなくなっていた。脱衣所の棚に置いたはずなのだが、まったく見あたらないのだ。

 困りはてた男が助けを呼ぼうとすると、小屋の外からうっすらと男二人の話し声が聞こえてくる。「どうやらホシはここに浸かってるようですよ」「あの野郎、まさか自転車をあえてパンクさせてやがるとはな」あの刑事たちは、しつこくこんなところまで追いかけてきていたのだ。男は風呂場に戻って股間だけでも隠せそうな物を探すと、湯舟の向こうに広がる鬱蒼とした森の中へと走り出した。

 以後、男のゆくえはようとして知れない。まもなく温泉宿から注文が入り、近隣の桶屋がわずかばかり儲かったという。


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