My Life After MIT Sloan

組織と個人のグローバル化から、イノベーション、起業家育成、技術経営まで。

テレビ事業を売却してグローバル成長を遂げたGEの決断

2012-06-17 20:42:34 | 1. グローバル化論

先月のニュースになるが、パナソニック、ソニー、シャープという日本を代表する家電メーカーの決算が出揃って、三社合計で1兆5000億円を超える赤字を出したことが大きく話題になった。共通する主な原因として、テレビ事業の不振という共通項があった。

シャープ、2011年度通期連結決算は3,760億円の赤字-AV.watch.impress (2012/04/27)
パナソニックの前期最終赤字は7,721億円 今期は500億円の黒字目標-MSN産経ニュース(2012/05/11)
ソニー、赤字4,566億円、13年3月期は5期ぶり黒字予想-ウォールストリートジャーナル日本版 (2012/05/10)

電機決算の明暗鮮明、日立最高益、ソニー赤字最大 -日経新聞 (2012/05/11)

テレビ事業といえば、1970年代の高度成長期に、日本の製品の品質が海外で大きく認知されるようになったきっかけともいえる産業だ。
ブラウン管テレビを世界で始めて製品として普及させたのは、アメリカのRCAという会社だ。テレビに関する技術規格の殆どを作り、標準化した企業だ。ところが、1970年代になって徐々に日本企業がアメリカに進出するようになり、ソニーのトリニトロンテレビやパナソニックといったブランドが、圧倒的な安さと品質の高さで市場、特にアメリカ市場を席巻していった。そして1985年にはアメリカ市場において4割以上を日本企業が占めるに至っている。そのテレビ事業で韓国や台湾などの企業に追い込まれている図は、「日本の製造業の凋落」のように見えるが、実は25年前に同じ状況を、アメリカ企業が、日本企業に追い込まれて味わっていたことである。

上のグラフをアメリカ企業の立場から見れば、グローバル化する日本企業に次々とシェアを奪われていった失敗の図だ。まさに今、韓国や台湾の企業が、圧倒的に安い製品を結構いい品質で出し、各新興国市場にあわせた適切なマーケティングにより、グローバルなテレビ市場のシェア(と利益)を日本企業から奪っている絵が、25年前にはアメリカ企業と日本企業の間にあったのである。

ブラウン管テレビを最初に商品化し、普及させたアメリカのRCA。いわゆるRCA端子など、テレビの技術規格の殆どを作り、標準化し、1964年ころには米国においては64%もの市場シェアを持っていた。しかし、ここからのRCAは、いくつかの大きな戦略ミスをし、凋落していった。

まず、テレビ事業をバリューチェーン上に拡大。テレビ放送事業にも手を出し、コンテンツまでの垂直統合をすることで価値を最大化しようとした。これが最初の戦略の失敗だった。更には、当時大きく拡大しはじめていた、コンシューマ向けのコンピュータ事業にも手を出した。これが大失敗だった。垂直統合でじっくり開発して価値が出るブラウン管テレビ事業と、水平分業されたモジュールを次々と早く組み合わせて価値を出すコンピュータ事業では事業の性質がまったく異なったのだ。大きな投資をしたにもかかわらず、シェアがまったく取れずコンピュータ事業では大赤字となった。(なんか、どこかで聞いたことがある話ではないか)

RCAはテレビ事業でほぼ独占的な地位を確保することで大きな利益を得ていたにもかかわらず、これらの利益をこういった不採算事業で失ってしまった。一方本業のテレビですら、安くて品質の高い日本企業に追いやられて赤字を垂れ流すようになってしまった。完全に凋落し、「テレビの生みの親」であるRCAはついに1985年にGEに買収されるに至る。

6月19日に発売予定の私の著書「グローバル・エリートの時代」の中では、グローバル化する日本企業に追い立てられ、それでもグローバル化が進まないGEがどのように復活して、グローバル化をなし遂げたか詳しいケーススタディをやっている。1980年代後半のGEの海外売上高比率は23%。一方、当時のソニーの海外売上高比率は64%である。GEで本格的にグローバル化を成功させたのはイメルト氏だが、実はジャック・ウェルチの頃からグローバル化の種は蒔かれていた。GEのグローバル化の詳しい内容については著書を読んでいただければ幸いですが、このブログ記事では、ジャック・ウェルチがRCA売却の決断をすることで、グローバル化の足がかりを得られたことについて書こうと思う。

GEは、買収したRCAからレコード事業(いわゆるRCAレーベルです)、放送事業、コンピュータ、保険などの不採算事業を切り離してRCAの再生を図った。ところが、大赤字を出していたテレビ事業をどうするかが最大の難点だった。当時のソニーやパナソニックなどの攻勢は非常に強く、貿易摩擦が問題となれば、次々に生産拠点をアメリカやメキシコなどに移動し、シェアを拡大。単純に労働コストの差だけでなく、市場のニーズを聞いて、本当に必要な機能だけに絞って部品数も少ないソニーやパナソニックのテレビは、RCAの作るテレビより構造的にコスト優位性があったのだ。RCAのテレビ事業を大改革してもグローバルな競争で生き残れる可能性は小さい、と判断された。

そして、1987年、ついにGEはRCAをフランスの電機メーカーであるトムソンに売却することを決断した。そしてトムソンからは医療機器事業を交換で手に入れたのである。当時トムソンが持っていた医療機器事業は、ヨーロッパで大きくシェアを持っており、海外売上高比率がメーカーとしては大きくないGEとしてはヨーロッパでのプレゼンスを得るまたとない機会だったのだ。

ジャック・ウェルチがRCA売却をしたとき、「アメリカの製造業の魂であるRCAのテレビ事業を外国に売るなんてジャックは売国奴だ」「反米的行為」「日本との戦いに負けるなんて臆病者(chickin)!」という批判がマスコミ各社から行われたという。しかし、GEはRCA売却によって、トムソンのヨーロッパで特に強い画像医療機器事業を手に入れ、ようやく本格的なグローバル化への足がかりを得たのであった。実際、超音波診断機やMRIやCTスキャンなどの画像医療機器は、世界の先進国の高齢化に伴い、1990年代に入って非常に大きく拡大することになる成長市場であった。GEはこのトムソンをベースにシェアを徐々に拡大し、独シーメンスなども駆逐して、世界第一位のシェアを持つに至っている。(ちなみにRCA以外のGEのテレビ事業はパナソニック、サンヨーのOEMへと転換された)

日本企業に大きく追いやられていた1980年代のアメリカ企業。自らが生み出したテレビという製品において、圧倒的な競争力を日本企業に奪われ、凋落の原因となる。その事業を海外企業に売却することで、次の成長市場でのグローバル化の糧を手に入れ、本当にグローバルな成長を成し遂げるきっかけとしたGEは、ある意味で同じ状況におかれている日本のメーカーが学べるところなのではないだろうか。

かつて隆盛を誇った日本のテレビメーカーが本業であるテレビ事業を切り離して、成長する新興国で重要になる事業を手に入れろ、と言ってるわけではない。1980年代のGEを取り巻く事業環境と、現在の日本のテレビメーカーを取り巻く環境は異なっており、GEのようなうまい「Exit」の方法を見つけるのはたやすいことではないだろう。また、当時のGEには航空機エンジンや発電所など他に柱となる事業があったが、今危機に陥っている日本のテレビメーカーが必ずしもそうではない、ということも事実だ。しかしながら、テレビの代わりに得た画像診断装置事業が、本当に成長市場になるかは1980年代にはまだ分かっていない状況で、ジャック・ウェルチはこの決断を下したということは記しておきたい。「製造業の魂」と言われるものを切り離してでも成長の原資を得るくらいの変革をしないと、GEのような再生、そしてグローバル化の成功は収められないのではないだろう。それがいったい何なのかを、いま真剣に検討していく必要性に迫られていると思う。

参考:日本企業の苦しみを25年前から味わっていたアメリカ企業-My Life After MIT Sloan (2010/03/08)
   「グローバル・エリートの時代-個人が国家を超え、日本の未来を作る」(倉本由香利)
   "Inventing the Electronic Century" Alfred D. Chandler, Jr. (2005)
   "Control Your Destiny or Someone Else will" Noel M. Tichy, Stratford Sherman (1993) 

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12 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
北米市場LCD TV売り上げ (HW)
2012-06-17 22:34:26
LCD TVの北米での売り上げは、ソニーの8パーセントが日本企業の中では1番多く、全体では4位です。
1位 Vizio(US:製造台湾) 44%
2位 Samsung(韓国) 17.2%
3位 LG(韓国)12.4%
4位 Sony(日本)8%
http://www.ocbj.com/news/2012/apr/02/samsung-extends-lcd-tv-sales-lead-over-vizio-q4/

北米市場では、大分、追い込まれてきましたね。
ソニーとGE (大手町)
2012-06-17 23:57:42
有価証券報告書とAnnual Reportを開いてみましたが、ソニーの2010年度の営業利益の半分近くが金融、GE2011年度の営業利益の32%が金融から稼いでいますね。
金融危機の時には、GEの金融事業依存体質がやり玉に突き上げられましたが、ライラックさんの着眼点が製造業なのに、サービス事業である金融事業依存が共に高いソニーとGEを比べているのが興味深く。
私はソニーは国内ドメ事業には金融だけを残して、後はグローバル展開に映画・音楽、残りの儲かっていないテレビを含む製造ドメイン(CPS, POS, 携帯)は事業をバラバラにして中国か新興国に買ってもらえば良いと思っています。ソニーのエンジニアは、新興国に事業譲渡された後の技術本部や、製造管理で食っていける人も中にはいるでしょうから。
コメント有難うございます (Lilac)
2012-06-18 01:31:50
@HWさん
情報有難うございます。なるほどこれが上のチャートの2012年度版ということになるわけですね。
2012年は、日本8%、韓国39%、台湾44%と。

@大手町さん
もしソニーの赤字の原因が金融事業から来ているとか、上の日経の記事にある重電系メーカーの高い利益率が金融事業から来ているというのであれば、金融という着眼の比較でも良いのですが、ここはそうではないのでは?1980年代にRCAが大きく損をしていたにもかかわらず、日本企業が儲かっていたのは、やはり当時の日本企業はマーケットのニーズに従い、ニーズを満たすのに最低限の機能のみを備えた、リーンなものづくりが出来ていたからだと思います。それが今は出来ていないのだと思います、より組織的な理由で。

一方で、重電系のメーカーが利益率が高いのは、新興国市場でそれぞれ圧倒的な地位を築くことによって、価格設定等でも優位性を持てているからかもしれません。どちらも、製造業における市場の選び方、マーケティングから製造、販売に至るまでの戦い方の差によって生じてきているのだと思います。

Twitterでの議論の続きになるのかもしれませんが、私は日本はサービス業に非常に大きな強みを持つと考えていて、Twitterでもそう書きました。が、金融はその中に含んでいません。日本が強みを持つのは接客やものの取り扱いの丁寧さなどが生かされる分野であって、金融に強みがあるとは余り思っていないのです。
日本企業の強み(同意) (tojo)
2012-06-18 03:35:38
「日本はサービス業に非常に大きな強みを持つと考えていて、・・・接客やものの取り扱いの丁寧さなどが生かされる分野」

この感覚(と書くとlilacさんに失礼にあたるかも知れませんが、少なくとも私は実証データをもってないので)にはまったく同感です。

DRAM事業の例をひくまでもなく、売り切り商品で日本が競争力を回復する可能性はゼロでしょう。また、金融はノウハウの差が大きすぎて周回遅れ。野村もリーマンチームを無駄に抱え込んだ挙句にリストラ。これではバブル期に収益を生み出さない不動産を買いあさった日本企業と何が違うのか、と感じます。
訂正 LCD TV北米売り上げ (HW)
2012-06-18 03:49:03
訂正します
成長のgainやfallを勝手にshareの値だと思って書いてしまいました。
LCD TV北米売り上げ

1位 Samsung (韓国) 23.6%
2位 Vizio(米国:製造台湾) 15.4%
3位 LG(韓国) 12.4%
4位 ソニー(日本) 8.0%
5位 東芝(日本) 7.8%
その他 32.8%

こちらのリンクの方が推移もみれます。
http://www.electroiq.com/articles/sst/2012/04/samsung-lcd-tvs-gain-market-share-in-us.html
ADAPT or DIE (AJK46)
2012-06-18 05:39:47
グロバーリゼーションもそうですが、もっと広い意味で変化に敏感に適応する能力が、国にも、会社にも、個人にも求められている時代だと感じています。

インターネットの普及とともに起きている多面的な時代の推移の速さ、そしてそれに対して求められる相応の環境適応能力。これらをまず認識する必要があると思います。

今の時代、変化の兆しを敏感に捉え、常にハングリー精神を持ち、革新していかなければ置いて行かれる時代です。日本の大企業の近況もその変化に気づかなかった、変化のスピードに付いていけなかった、もしくは変化自体に逆らおうとした結果だと思います。

かつてないスピードで時代が変化してるという現状認識が今日本にまず求められていることだと思います。
コメント有難うございます (Lilac)
2012-06-19 02:09:59
@tojoさん

有難うございます。日本のサービス業は、「おもてなしの心」に代表されるように、相手の気持ちを慮り(ニーズをうかがい知り)、気配りをして(ニーズにそった対応をして)、物の扱いが丁寧など、類まれな能力を伝統的に有していると思います。こういう強みを具体的に明文化していくことで、展開は可能だと思っています。

@HWさん
新しいデータ有難うございます。やはりそうでしたか。Visioのシェアが4割超えなど、何か地殻変動が起こったのかと思いましたので・・
意外と東芝が健闘してますね

@AJK46さん
まったくそうですね。より個人の力、個人がスキルを有して生き抜く力はより重要になっていますし、そうすることで組織も生まれ変わることが出来るのでは、と私も思っています。
「グローバル・エリートの時代」を書いたのは、まさにそういう危機感にも触発されていまして、個人がグローバル・エリートとして活躍するように変わっていかなければ、日本の組織などそう簡単には変わらない。逆に人が変われば、大きく変わるはずだと思っています。
日本企業凋落の要因 (yoochan)
2012-06-20 21:40:17
日本の製造業がなぜ凋落したのかについては、いろいろな理由があると思っています。

1.一つは、終身雇用制度の崩壊による人材の流動化とグローバルな情報化社会の進展で、日本企業が蓄えてきた技術情報が外国企業に盗まれやすくなった。
日本の製造業は、技術開発を行う理系の社員に対して、リストラだけは行うものの、市場価値に見合った十分な処遇をしてこなかったため、リストラされた技術系社員がカネで技術情報を外国企業に売り渡すようになった。

2.同様の理由で、理系の優秀な人材は、厚い既得権益がある医学部を志望し、優秀な人材が物づくりの世界に入ってこなくなった。

3.行き過ぎた市場原理主義の結果、コミュニケーション能力を発揮して、営業等で手っ取り早く稼ぐ人材が重宝されるようになり、日本人の持つ勤勉さが失われた。

4.また、財界人にしても、日経新聞の読みすぎというか、日経新聞が「選択と集中」といえば、横並びですべて同じようなことをやるなど、物をあまり考えない無能な経営者が多い。

5.「日本が強みを持つのは接客やものの取り扱いの丁寧さなどが生かされる分野に特化すべき」
この理屈は、経済学で言うところの比較優位論ですが、比較優位論は、もともと自国の工業製品を発展途上国に売りつけたいイギリスが、その理論武装のために作った理論。
しかし、技術力こそが長期的な経済成長に大きく貢献するのであり、発展途上国も工業製品分野については、幼稚産業として保護してきたのが現状。
日本が技術開発を重視しない産業政策を取ることは、長期的な経済成長を考えた場合、非常に危険。

私は、日本の製造業の凋落の要因は、いくつもの要因が絡み合ったもので、復活するのはなかなか大変だと思います。
強制的にグローバルへ (タッチペン店長)
2012-06-22 21:23:50
確か、労働集約型モデルである繊維産業を見れば、どの地域がどの期間に移り、どの段階で産業化するのかわかるような気がする。

今の米国企業は、米国で稼ぐモデルではなく、それ以外の新興国で稼ぐモデルだから、日本も自然と海外比率が、どの分野でも伸びる予感。

第2の韓国や台湾モデルへと進むような気がする。
GEによるトムソン医療機器部門買収とその後の成長 (HW)
2012-07-03 23:10:10
当時のGE会長ウェルチ自身の話によれば、GEによるRCAの買収は、3大ネットワークの一つNBCテレビを持っていることだったようです。http://www.nikkei.co.jp/hensei/welch/20011025eimi064525.htm
トムソンの医療機器部門の買収に対してウェルチは、「私はトムソンの医療図画像事業部門がほしかった」と明確に言っていますね。
英語版wikipediaのGE heathcareのページには、70年代からC自前でCTの開発を行っていることがわかります。この経験によりトムソン医療図画像事業部門がよいものを持っていることは分かったのでしょう。
http://en.wikipedia.org/wiki/GE_Healthcare
それと、そもそも90年代以降に医療機器部門が伸びることは、人口構造の変化を考えて、戦略コンサルなどの協力を得て予想したのでは、ないでしょうか。
http://www.nsspirit-cashf.com/logical/ge_business_screnn.html
その後、医療機器部門は、マーケットインの思想の徹底と、そこで導き出された結論(解像度や撮影スピードよりも故障率の低減)とそのシックスシグマを用いた達成により、花形部門となったようです。
http://marketing-campus.jp/lecture/noyan/004.html

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