「おまえにも。いろんな経験をしてほしいんや、」
初音はなおも続けた。
「兄ちゃん、」
天音は兄の気持ちを思う。
「いくら身内や言うても。補佐とはいえそんなことで大事なコンクールのピアノ任さんやろ。ありがたく受けたらどうや、」
「・・うん、」
小さな声で頷いた。
電話を切った後、初音は母からのメールに気づいた。
『高野の100周年記念のイベントが続いています。25日の土曜日にTakano音楽コンクールの決勝があり、会社を通して天音にピアノ調律の補佐を頼みました。息子だから、ということではなく昨年の北都マサヒロさんのライヴで彼の腕の確かさを目の当たりにし、コンクールでの調律を経験してもらいたいという気持ちになりました。親の欲目ではなく天音は本当に直人さんの耳も腕も受け継いでいる、と涙が出そうなほど嬉しかった。
その日の夜に大きなパーティーがあります。初音にもぜひ来てほしいと兄や矢田部さんに言われました。できれば直人さんにも。忙しいとは思いますが私も来てほしいと思っています・・』
矢田部は初音が企画開発チームにいた時の上司。
突然現れた自分に戸惑うことなくたくさんのことを教えてくれた。
こちらに戻る時にも何度も何度も引き留めてくれた。
天音に真実を打ち明けてから、高野との距離がすごく近くなってしまった気がして。
そうしたくない自分と
自然に受け入れている自分がいて。
戸惑う。
ふと気づくと居間に父が風呂から戻ってきていた。
「・・天音と電話か?」
声も聞こえていたようだった。
「月末にある高野のコンクールのピアノ調律の補佐にって依頼があったらしくて。受け入れていいのかって・・戸惑っていた、」
苦笑いをして父と同じようにコタツに入った。
「コンクールの調律の補佐? そらすごいなあ。」
「天音は『コネ』みたいで嫌っぽいんやけど。でも。理由はどうあれあいつの腕を見込まれてるって思ってる。これも経験やし。」
「そうやな。この仕事、全て経験がものを言うし。色んな状況でやってみることが大事や、」
父は嬉しそうに笑った。
その時。
初音はふと
「なあ。お父ちゃん、東京行ってきたらどうかな。」
と口にした。
「え、」
父は驚いて彼を見た。
「天音の仕事ぶり。見てきたら。」
「いや。 もうわしは調律はでけんし・・。」
「もちろんお父ちゃんが何をするわけでもないけど。もう天音と離れて何年も経つ。あいつの仕事してるところ見るのも久しぶりやろ?せっかく大きな仕事任されてるんやし、」
「天音はあくまで補佐やろ。他の調律師さんの邪魔になる、」
「見守るだけや。 さっきお母ちゃんからメール来たんや。おれとお父ちゃんにもパーティーに来てほしいって、」
初音は自分の携帯を父に見せた。
母から初音と父にパーティーへの招待のメールが届きます。
20数年の時間は果たして巻き戻すことができるのでしょうか・・
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