ホテル側からかかって来た運命の電話・・・それは〝N社落選〟の連絡でした。
「えっ?」
暫し絶句したままの私でしたが、それまでの感触が良かっただけに、「あっ、そうですか。」 とは簡単に引き下がれません。
「性能も業界トップクラスで価格も安いのに、何でダメなん
ですか?
納得いく理由を聞かなければ、先方に説明できませんョ!」
執拗に食い下がる私に、当初それは言えないの一点張りだった担当者が、「これは独り言ですから・・・」と前置きして呟いてくれた言葉は、私の膝をガクッと折らせるものでした。
「実績がない。」
アメリカのホテルチェーン本部から、一流ブランドにキズをつける可能性のある業者は使わぬよう指示があった・・・というのです。
最終的には、業界最大手である某財閥グループ会社の受注で決着したとの事。
(そ、そんな事は最初から分かってたことじゃないか!)
そう怒ってみたところで、どうしようもありません。
ガックリと肩を落として電話を切った私は、椅子にヘタり込んでしまいました。
でもそのまま黙っているわけにも行かず・・・私は重い足取りでN社に結果を伝えるべく新宿に向かいました。
悪い話程、早く伝えなきゃいけませんから。
受付には、前もって訪問を伝えた私の電話に只ならぬ雰囲気を感じ取ったのか、S常務が既に待っておられました。
「結論が出たんですね?」
S常務の問いに私は頷くと、先程の内容をお伝えしました。
「私の力不足です。 お役に立てず申し訳ありませんでした。
当初のお約束通り、保険の切り替えの話は無かったという
ことで・・・。 では、これで失礼します。」
あまりの情けなさにそう言うのが精一杯、一刻も早くN社から離れたかった私はペコッと頭を下げ、すぐ帰ろうとしたのですが・・・。
「まぁまぁ、そう慌てないで。
コーヒーぐらい飲んで行きなさいョ。」
そう言って私を引き止め、半年前に社長らと初めて対面した時と同じ応接室に案内して下さったS常務。
出されたコーヒーに1回口をつけると、S常務が話し始めました。
「渡辺さん・・・いや、今日はもうナベちゃんでいいょネ?
なぁ、ナベちゃん。
今回の件、先方がそうおっしゃるのは当たり前なんだょ。
だから受注できなかったのはキミのせいじゃない。
気にしないで欲しい。
ウチの会社には、ナベちゃんがそうだったように今まで何人
もの営業マンがおいしい話を持ち込んでは、バーター取引を
申し入れてきたんだョ。
中には、受注が決まる前から契約を要求してくる図々しい
人もいたけどネ。
でもなぁ、ナベちゃん。
キミくらいウチの会社のことに首突っ込んで、自分で一生
懸命動いてくれた営業マンは今までいなかったんだ。
うれしかったょ・・・本当にありがとう。
確かに約束通り、キミの会社に保険を切り替えるわけには
いかない。
とは言え、オレもこの会社では一応№3の役員だョ。
少しでもナベちゃんのところに保険契約が分けられるよう、
役員会に働きかけてみるョ。
それが私に出来るお礼の印なんだけど、それでいいかな?」
その言葉を右手にコーヒーカップを持ったまま聞いていた私は、嗚咽を抑えられませんでした。
今までの長い(営業)人生で、お客さんの前で 「ウッ、ウゥッ・・・」 と声を上げて泣いたのは、そして自分の涙と鼻水入りのコーヒーを飲んだのは、この時が最初で最後でした。
数日後、S常務から電話が。
「やぁ、ナベちゃん。 この前の自動車保険の話なんだけど、
さっき役員会で頑張ったんだけどさぁ、シェア5% (と
言っても100万円近い保険料) だけしか取れなかったんだ。
申し訳ないけど、これで勘弁してくれるかい?」
「いえ、とんでもないです。
本当にありがとうございます。」
私はそう心からお礼を申し上げました。
電話を切って課長に報告したところ、返ってきたのは
「なぁんだ、お前・・・半年動いて、それだけだったのか?」
というツレないお言葉。
普段なら (このヤロウ!) と血管が浮き出そうな言葉にも、その時はそんなつまらぬ感情など全く起きませんでした。
お客様から感謝していただける嬉しさ・素晴らしさを、まだ入社して2年目の駆け出し社員の時に体験できたのですから。
〝もう一度、「ありがとう」 と言ってもらいたい!〟
それからの私は、その想いだけをモチベーションにして頑張って来れたのです。
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新社会人の皆さん、自分が一生懸命頑張っていれば必ずそれを見てくれる人がいます。
自ら選んだ仕事をご縁を得た職場で、粘り強く頑張ってみてください。
頑張れ、未来の日本を支える若者たち!