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8.巫女の泉(2)
ぽちゃん
金色の魚体は、いったん水没した。
そして出てきた。歪な水柱の前だ。
水の衣裳で着飾ったドジョウは、水面にピンと直立した。えらく畏まっている。
桃の肩に立っているマダム・チュウ+999ですら、先刻までの魔物っぷりを改め、神妙な面持ちだ。
なんだ? と、碧が思った時。
朗々とした歌声が、泉から響き渡った。
アポロンの巫女よ
芸術の神に、祈りを捧げよ!
ド・ジョーだ! 低い声で歌っている。
うまい。オペラ歌手も真っ青だ。
詠唱が終わった瞬間。
すざあっ……!
ひときわ勢いよく、水が湧き出した。
みるみる、余分な物をそぎ落としていく。
鮮やかな手品を見せられた気分だった。
碧が、呆然と呟いた。
「人だったのか……」
そこには、水で形作られた乙女がいた。
すらりとした、可憐な肢体。
布を巻き付けだだけの、古代の衣裳。
結い上げた髪。
顔は、石像と同じだった。目と鼻と口があるなあと分かる程度の造作だ。
その全てが、水でできている。
水の彫像が、姿を現していたのだ。
さあああぁ……っ
水が、再び沸き上がり始めた。
すんなりとした腕が、揺らいだ。
右脚が、形を変えた。上にあがる。
今度は首だ。傾いた。
水流は、刻々と乙女の形を変えていった。
まるで、動いているように見える。
「踊ってる……」
桃の言う通りだった。
それは、原始的な踊りだった。神に捧げる舞踏だ。
微かに、音楽が聞こえてきた。
泉の両脇にある階段からだ。
賑やかな人声も、上の方から降ってくる。
ぶわあっ
急に、巫女の衣裳が伸びた。
長い水の帯と化して、泉のブロックを超え、溢れ出てくる。
「わ!」
ちょうど進路上にいた陽が、ステップして避けた。
さすがの反射神経だ。碧なら、喰らっていただろう。
ぶわあっ
もう一本、巫女の腰から、水の帯が伸びた。
今度は左側だ。
まるで、衣装に巻き付いた帯が解けて、両脇に棚引いたかのような眺めだった。
それは、二筋の川となって、床を流れていく。
右の川は、右脇にある階段に。
左の川は、左脇の階段に。
どどぅっ
飛沫を上げて、両方とも、勢いよく段を上り始めた。
「いいの、これ?!」
思わず、碧がド・ジョーに聞いた。
とんだ水害だ。びしょ濡れじゃないか。
金色のドジョウは、片方の目だけを上げて、にやりと口だけで笑った。
おめかししていても、ニヒルな表情は変わらない。
「これがなきゃ、宴に行けないだろうが。こいつはな、巫女の帯だ。必要な場所で裂け、長く伸び、じきにガルニエ宮の全てに行き渡る」
ド・ジョーが言うなら、大丈夫なのだろう。
太い帯となった水は、不思議なことに、その進路以外に漏れ出していない。
水でできたベルトコンベアーといったところか。
これならば、わざわざ帯に足を突っ込まない限り、お高いフォーマルウエアを濡らす心配はなさそうだ。
「そら、あいつらも迎えに来たぜ」
あいつら? 複数だ。
「はーっはっは! 待たせたな!」
無駄に元気な野郎の声が、階段から降りてきた。もちろん、聞き覚えがある。
水の流れの向きが、いつの間にか逆になっていた。
今度は、階段の上から流れ落ちて、泉に戻っている。
それに乗って、四羽の巨体が姿を現した。
白鳥と黒鳥だ。
『1』『2』『3』『4』
首輪に刻印された数字の順に、巨大なスワン達は降りてきた。
階段を降り切ったところで止まる。
一列縦隊だ。
すぐさま、先頭のリーダーが声を張り上げた。
「点呼を取る! イチ!」
「ニ!」
「サン!」
「シ!」
「我々はァ、」
「マッチョ・スワンズ!」
「美しさはァ、」
「筋肉!」
「大切なのはァ、」
「筋肉!!」
「最後に頼りになるのはァ、もちろん、」
「筋肉!!!」
非常事態と分かっているからか。
かなり被り気味で、手早くやってくれた。
だが、急ぎながらも、翼を腕のように操って、次々とポージングをする。
そこは譲れないらしい。
「押忍!」
×4羽だ。三人も応えた。
「押忍!」
「黒鳥さん!」
桃が駆け寄った。水のベルトぎりぎりだ。
「桃! とても素敵なドレスだね! 似合ってるよ。こんなに可愛い君をエスコートできるなんて、すごく嬉しいよ」
巨大な黒鳥は、するすると褒め称えた。
桃が、思わず笑顔を浮かべる。
素直な称賛に、頬が緩んだ。会えたのも嬉しい。
おお……
なんとなく、陽と碧は低く唸った。
こう言うのか。
100点の上に、花丸と「たいへんよくできました」が書かれてきそうな回答例である。
マダム・チュウ+999も、満足して、うむうむ頷いている。
さっきから、桃の肩に腰を下ろしたまま、動こうとしない。
さすがに、ちょっとお疲れの様子だ。
黒鳥の筋肉四郎五郎マッスル左衛門は、さらに加点されるようなことを宣った。
「マダムもブラッシングしたんだね。とても綺麗だ」
「んまっ。ありがと」
たちまち、ご機嫌&エナジー注入だ。
ぴょーんと飛び上がった。
いや、全然分からない。
碧も陽も、直ちにツッコんだ。心の中で。
どうやら、紳士の道も、精進しないと辿り着けない境地があるらしい。
「さあ、乗ってくれ。暁を助け出すんだろう? このマッチョ・スワンズが手助けするぜ」
筋肉一郎が、四羽を代表して申し出た。
首輪に刻まれた『1』は、リーダーの証なのだ。
前回、暁を乗せたことを思い出す。
とびっきりの子だった。この1番に相応しい。
オーロラが気に入る筈だと感じ入ったものだ。
だが、同時に、他の悪しき存在をも、引きつけてしまった。
みかげだ。
行先は分かっている。
花束の宴だ。



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