Dream32.愛情たっぷり地獄の晩餐
「みなさま、本当にありがとうございました。お陰でミルもこの通り、元気に戻ってくることができました。本当に感謝いたします」
素朴だけど、二人暮らしにしてはかなり大きな一枚板のテーブルを囲んで、私たちはミルさんの救出成功の祝杯を上げた。
こっちの世界でもお酒は二十歳かららしく、私とセシルドは絞りたての果汁をコップに注いでもらうと、リュイの挨拶のあと乾杯する。
なんのフルーツだか分からないけど、戦いの後の一杯は本当に最高だ。
「ヴェー、うめぇー」
私の口から思わず感嘆の溜め息が漏れる。
すると私の隣でまさに果汁を一気飲みしていたセシルドが豪快に噴き出した。
「ちょっと何やってんのよ!」
「うわっ! お前ッ! かかったぞセシルド!」
とっさに避けて無事だった私とは対称的に、セシルドと向かい合う形で座っていたクライスはもろに被弾してしまい、髪の毛や服に付いた果汁を両手で無意識に払い除けている。
「あらあら、すぐに布巾をお持ちしますね」
それを見たミルさんが柔らかく微笑んで席を立つ。
「どうぞ」
そして布巾を三枚手にして戻ってくると、一枚をクライスに、もう一枚をセシルドに手渡して、自身は濡れてしまったテーブルをさっと拭き出した。
「すみません、俺……」
珍しくセシルドがシュンとしてミルさんを見上げると、ミルさんはまたふわっと微笑んで「気にしないで良いんですよ」とセシルドに声をかけた。
か……可憐すぎる……。
こんな……こんな可愛い人を一人で家に待たせておいてよく旅に出られたなリュイ!
何か信じられない思いを抱えてミルさんとリュイを交互に見ていると、ふいにリュイと目が合って、リュイもまた少し困ったような顔をして苦笑した。
おそらく、リュイは賢いから私の考えが読めてしまったのだろう。
だって信じられないよ。こんなに可憐で、か弱そうな人を夢魔の脅威溢れる世界に一人残していくなんて。
確かに旅に出るとなると、ミルさんみたいに儚い感じの人の体力では難しいのかもしれないけど……。
などと思案していると。
「ちょっとクライス様! 布巾俺に投げるのやめてくださいよ!」
「お前ッ! 主君に口から噴き出したモンぶっ掛けといて謝罪は無いのか謝罪は!」
「俺達が戦ってる間に寝てたんだから良いじゃないですか! 大人げないですよ!」
「お前……ッ!」
痛いところを突かれてクライスが口篭る。
そうなのだ。
”ウィザード”であるクライスは夢の外側からでしかその力を発揮することができず、私やセシルドのように夢の中に入ることができない。
また、夢魔の悪夢の中に飛び込んだ仲間達を外からサポートする役割を担っていたから、今回は一人で留守番をしていたのだった。
しかしながら。
「この国あったけーんだから仕方ないだろ。それにこれ以上何かに襲われないようちゃんと家に結界も張ったし。やることはやった!」
と言うわけで、ぬくぬくとした気候と、まったく動きを見せない私達に痺れを切らして……と言うより飽きて居眠りしてしまったらしい。
彼も見た目は白馬の王子様だが、やはりセシルドを従えているくらいだ。
自由すぎる。
「まあまあ二人とも。無事だったんですから良いじゃないですか。それよりもほら、食事にしましょう」
これ以上ヒートアップしてはまずいと思ったのか、リュイがそっとおバカな主従の間に割って入る。
するとタイミング良くそこにミルさんの作った料理がどんどん運ばれてきた。
サラダにスープ、お肉、お魚。それに果物。パンに、ごはん。
育ち盛りのセシルドがいるとはいえ、すごい量!
「美味しそー!」
「うまそー!」
私とセシルドが同時に料理を覗き込むと、ミルさんはクスクス笑って「まだありますからたくさん食べてくださいね」と踵を返した。
「では先にいただきましょうか」
ミルさんの着席を待たずにリュイが提案する。
「え、全員揃わないと……」と私が首を傾げると、リュイはなぜか気まずそうな顔をして、「……ここからが大変ですよ?」と小声で囁いた。
その言葉に今度は全員が首を傾げていると。
「お待たせしました。あら、どうぞ召し上がってください。まだまだありますからね」
両手にお皿を載せたミルさんがキッチンから戻ってきた。
そしてそのお皿をテーブルに並べていく。
サラダにスープ、お肉、お魚。果物。パンにごはん。
先ほどテーブルに並べられた料理とはまた違うラインナップ。そして量。
不思議に思った私は、その疑問をミルさんに向けたみた。
「誰か他にも来るんですか? これも美味しそー!」
ミルさんのお料理は、どれも彩り豊かで本当に美味しそう。
思わずよだれが垂れそうだ。
「いえ、全部みなさんで召し上がってください。いっぱい作ったので……まだまだありますからね!」
「えっ」
その瞬間、リュイを除く三人ともが一斉に動きを止めた。
表情すらも固まったまま、目の前に並べられた料理の品々を凝視している。
「え……ぜ、全部……私達の分……なんですか?」
瞳だけをぎこちなく動かしてミルさんに問いかけると、ミルさんはいつものふわふわの笑顔で周囲に花びらの幻を振り撒きながら頷いた。
「ええ、足りなかったら遠慮なく言ってくださいね。テーブルに載り切らない分がまだありますから」
刹那。
私はまた微動だにしないままの状態で瞳だけをテーブルに動かすと、並べられた料理の量をなんとか理解しようと懸命にまばたきをした。
目の前には、すでに二人分……いや、三人分はあるかと思われる量の料理が配膳されているのだ。
しかもそれぞれに。
「さ……冷めないうちに食べましょう。ほら、ミルも座って」
突然無言になった私達を励ますようにして、リュイが声をかけると、ミルさんは足取り軽やかにリュイの隣に腰を下ろした。
それを合図として、晩餐が始まる。
夢魔の悪夢よりも恐ろしい、地獄の晩餐が。
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「し……死ぬかと思った……」
あれから約二時間。
ミルさん以外の全員、仰向けに床に倒れて天井を仰ぎ見ていた。誰も彼も、お腹がでっぷりと山のように膨らんでいる。
「す……すみませんね、……ミルはああ見えてものすごく食べるんです。ですので南の国じゃないと時給自足では暮らせなくて……」
キッチンでひとり、きれいな声で歌を歌いながら洗い物をしているミルさんを見やって、リュイが呟く。
私も洗い物くらいなら手伝えると思っていたけど、あまりの満腹さにもう頭を動かすことさえ億劫で、言葉よりも先にゲップが出そうだ。
ミルさんは私達のお皿が空になりそうになると、まるでわんこそばのように次から次へと料理を盛った。
はじめは笑いながら断ったが、それが逆に遠慮していると捉えられたらしく「気にしないでください。すべて私が育てた食材ですから!」と微笑んで、さらに山盛りで盛られた。
それを何回か繰り返し、ついにクライスがもう十分だと泣き出すまでおかわりは続いた。
本当に美味しかったのは、一回目のおかわりまでだった。
そこから先はもう記憶がない。
気付いたら全員床に倒れ込んでいた。
唯一覚えているのは、綿毛のようなミルさんがまるで水でも飲むように大量の料理を平らげていたあの光景。
ジンベイザメが大きく口を開けたまま、そこにあるものすべてを吸い込んでいく、あのイメージだ。
多分、私達が食べ切れなかった分、そしてあらかじめミルさん用に用意した分、フルコースで十人分は食べただろう。
それでも彼女は顔色ひとつ変えることなくご機嫌に食事を終えた。
「お……恐ろしすぎる……」
「おい、明日は早々に発つぞ。絶対起きろよ!」
ぶるぶる震える私の向こうで、同じく顔を蒼白に染めたままのクライスが鋭く宣言した。
誰も異議を唱える者はいなかった。