中西絢哉の小学校や中学・高校はどこ?弓道上達の秘密は学校環境? | 気になるet cetera

中西絢哉の小学校や中学・高校はどこ?アーチェリー上達の秘密は?

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2024パリオリンピック」アーチェリー日本代表の中西絢哉選手

整ったイケメン顔で人気の選手です。

ここでは、中西絢哉選手の出身小学校から

中学、高校、大学までの学歴を

アーチェリーとのエピソードと共にお伝えします!

岡山県で練習をしているとのことですが、

一体なぜなのでしょう。

中西絢哉選手の岡山に対する思いが明らかに!

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中西絢哉の小学校は?なぜアーチェリーを始めたの?

出身小学校

中西絢哉
NHK

中西絢哉選手の出身小学校は、地元の

岡山市立牧石小学校

です。

アーチェリー始めたきっかけは新聞記事

中西絢哉
岡山アーチェリー協会

中西絢哉選手がアーチェリーを始めたのは

小学5年生の時に「アーチェリー初心者講習会」の

新聞記事を見て興味を持ったことがきっかけです。

そして練習場を訪れて、

そのままアーチェリーを始めます。

中西絢哉選手の父親が弓道経験者なので、

その影響もあり、アーチェリーに興味を持ったのかもしれませんね。

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中西絢哉の中学校は?全国の経験

出身中学校

中西絢哉

中西絢哉選手の出身中学校は、

岡山市立岡北中学校

です。

岡山市立岡北中学校にアーチェリー部はないので、

中西絢哉選手は、

岡山アーチェリーアカデミー」で練習を続けていたようです。

この教室の代表の豊福浩(とよふく ひろし)さんは

中西選手が中学3年生になるまで

アーチェリーを教えていたとのこと。

中西絢哉
RSK山陽放送

豊福浩さんは後のインタビューで、中西絢哉選手のことを

どちらかというときゃしゃな感じで、

積極的なお子さんではあったと思います。

だけど、がっつりここまでアーチェリーをするとはあまり思っていなかったですね」

と言っていました。

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全国大会の優勝経験

中西絢哉
RSK山陽放送

中西絢哉選手は中学2年生のとき

全日本小中学生選手権大会で優勝

しました。

中西絢哉選手は

この時の優勝が人生の転機だったと

2023年12月の

パリオリンピック内定後のインタビューで言っています。

初めて、大勢の観客がいる中で試合を経験して

緊張感がとても楽しいと思えたそうです。

大勢にみられている中で、自分の的にだけ集中する。その瞬間の緊張感がとても好きで、そこが初めて楽しいと思えた瞬間」

引用元:8OHK

また、「第3回末田杯静岡県中学生アーチェリー大会」に

岡山県から参加し、優勝しています。

中西絢哉選手は、

中学3年生当時のインタビューで

東京オリンピックで活躍したい

と目標を語っていました。

オリンピックは、

スポーツをしていない人でも知っている大会で、一番大きな大会なので

とのこと。

そして中西絢哉選手は、

夢をかなえるために練習を重ねていきます。

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中西絢哉の高校は?世界との壁を経験

出身高校

中西絢哉
KSB

中西絢哉選手の出身高校は

岡山理科大学付属高等学校

です。

岡山理科大学付属高等学校の

偏差値は39~56です。

スポーツサイエンスコースがあり

アーチェリーの強豪校でもあります。

中西絢哉選手は2015年に同校に進学し、

もちろんアーチェリー部に入部しました。

ここで、思わぬ不調に悩まされます。

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右肩の不調

中西絢哉
ダイナスティアーチェリー

中西絢哉選手は2016年に

U-17のアジアカップ男子リカーブ団体で

優勝するなど、輝かしい成績を残しています。

しかし、高校3年生の時に

練習のしすぎで右肩を痛めてしまいます。

それ以降、中西絢哉選手は

右肩の痛みや違和感に悩まされているそうです。

右肩の不調からくる不安やパフォーマンスの不安定さが僕の中でずっと長い間、課題になっている

と話しています。

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中西絢哉の大学は?

大学は、

近畿大学経済学部(偏差値47.5~55)

に進学しました。

近畿大学はアーチェリーの強豪校として有名です。

そのため、岡山を離れて近畿大学に進学したのだと思われます。

中西絢哉選手は4年生のとき、全日本ターゲット選手権で優勝

また、全日本学生アーチェリー王座決定戦の2連覇

貢献するなどの記録を残しています。

東京オリンピッを目指して頑張っていましたが

最終候補の5人に残ったものの

代表内定者には選出されませんでした

その悔しさからか、原点回帰をはかります。

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中西絢哉の地元岡山への想い

原点回帰「集中できる練習環境」へ

中西絢哉
シーアール物流

中西絢哉選手は2022年大学卒業後

地元岡山へ戻る決心をします。

その胸中にあったのは、

岡山のアーチェリーを盛り上げたい

という気持ちと

パリこそは!」

という強い思いです。

そして岡山市の「シーアール物流株式会」に入社し、

母校でもある岡山理科大学付属高校の

練習場を拠点にトレーニングを重ねる傍ら、

アーチェリー部の生徒指導もしています。

中西絢哉
シーアール物流

中西絢哉選手は、

競技を始めた小学生の時から通っていた慣れ親しんだ場所で

再び、オリンピックへの挑戦を始めました。

アーチェリーを始めたころから、

ずっとここの練習場でやってて、

自分に集中できる場所ですし、

恩を返したい場所でもあるので」

と語っています。

自分の強みは大会の緊張感が好きなところ」

と言う中西絢哉選手。

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オリンピックへ出場の秘密は地元にあり

中西絢哉選手は、

2023年8月にドイツで開かれた

世界ターゲット選手権に出場し男子団体で

見事、銅メダルを獲得します。

これにより2024パリオリンピックの出場枠を獲得し、

全日本アーチェリー連盟の選考要件により、

中西絢哉選手は団体と個人の両方でパリオリンピックの日本代表に内定しました。

中西絢哉
RSK山陽放送

アーチェリーを始めた小学5年生の時から慣れ親しんだ、

地元の練習環境から世界を目指す中西絢哉選手。

岡山からパリオリンピックへ

夢をかなえました。

オリンピックでの活躍を応援しています!

▼中西純也さんの家族構成はこちらの記事をご覧ください!

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