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わらしべ長者

 とある世界のおはなし。 貧しい男がいた。働き者だが生活は苦しく、どうにかならないかと悩んでいた。 ある夜、枕元に観音様があらわれ男に告げた。 「明日、家を出てはじめに手にした物を使いなさい。よく考えて使いなさい」 目を覚ました男は『不思議な夢を見たものだ』と思ったが、物は試しに信じてみることにした。 翌朝、男は家を出ると石につまづいて転んでしまった。その拍子に落ちていた 藁 しべ( 藁 の芯)を握っていた。 秋の収穫を終えたばかりなので 藁 しべはあちこちに落ちていて珍しくもない。 しかし観音様の言葉を思い出し、これを手に歩き出した。 しばらく歩いていると、大きなアブが男の顔の周りをブンブンうるさく飛び回る。 あまりにうるさいのでこれを捕まえ、手に持っていた藁しべにくくり付けてやった。 するとアブは逃げようとするが、藁しべに繋がれているため、ブンブン音をたててグルグル回るしかできない。この様子がなかなか面白い。 男は考えた。 「これを欲しがる子供がいるかもしれない。甘い親なら売ってくれと言うかもしれない。そういえば今日は秋祭りの日だ。親の財布もゆるかろう」 そこで男は、アブをくくり付けた藁しべを持って秋祭りに向かった。 秋祭りの場所には、多くの人々が集まっていた。 ブンブン音をたててグルグル回る藁しべに繋がれたアブは人目を引いた。 狙い通りある男の子が『欲しい』と父親にせがみはじめた。父親も仕方がないという顔で、売ってほしいと男に声をかけ、巾着袋から財布を取りだした。 その巾着袋の中に蜜柑がいくつか見えた。 男は考えた。 「これを売ったところで、どうせ小銭にしかならん。それより、今日は秋晴れで喉が渇くので、甘くさっぱりした蜜柑を欲しがる人がいるかもしれない」 そこで男は、アブをくくり付けた藁しべを蜜柑2個と交換した。 秋祭りの場所を離れしばらく歩いていると、道端の木の陰で休んでいる行商人を見つけた。 反物の行商人(旅をしながら物を売り歩く人)らしいが、秋晴れの暑さで疲れて休んでいるそうだ。 こういう時こそ、甘くて酸味のある蜜柑が美味しい。 男が蜜柑と反物を交換しないかと持ち掛けると、行商人は売れ残った反物でよければと応じた。 男は考えた。 「藁しべが反物に変わった。これを店に売ればそこそこの金になるかもしれんが、もとが売れ残りなので買いたたかれるだろう。それよりも

それぞれ

 とある世界のおはなし。 ある男が仕事の途中でラーメン店の前を通りかかり、豚骨の匂いに立ちどまった。 腹はすいていなかったが、無性に食べたくなり店にはいった。 仕方がない。美味しいものにひかれるのは人の習性だ。 ある男が仕事の途中でラーメン店の前を通りかかり、豚骨の匂いに立ちどまった。 腹がすいていたが、豚骨の匂いは苦手なので通りすぎた。 仕方がない。美味しいものでも好みが分かれるのは個性だ。 ある男が配達の途中でラーメン店の前を通りかかり、豚骨の匂いに立ちどまった。 腹がすいていて豚骨ラーメンは好物だが、仕事中なので通りすぎた。 仕方がない。食べたくても感情を抑えるのが理性だ。 ある男が散歩の途中でラーメン店の前を通りかかり、豚骨の匂いに立ちどまった。 腹がすいていて豚骨ラーメンは好物で時間もあったが、食事の時間ではないと通りすぎた。 仕方がない。男は決まった時間に食事をとるのが習慣だ。 それぞれの選択は、その時のそれぞれの正解だ。 仕方がない。

悪の大魔王の憂鬱(後編)

 とある世界のお話し。 どうにも私には理解できない。大国の王というのは他国が豊かになることが許せないらしい。 2国を治めた私に、北と西の大国がなにかと文句をつけ、脅しをかけてくる。 私は国境の兵を増やし守りだけは堅めさせ、それ以外は無視した。 無視されたのが気に入らなかったのか、ついに北の大国が攻めてきた。 以前と同じように私が前に出て戦っていると、西の大国も攻めてきたとの連絡が入った。 さすがに両方は相手にできない。 私は大地を震わすような咆哮を上げると、腹の中の温度をあげ、天に向かって熱線を吐き出した。それは眩い光となり、雲をも切り裂いた。 これに北の大国の兵は恐怖し、一目散に逃げてしまった。 それを見届けると、私は背中の羽を広げ西へと飛んだ。 西の大国からの攻撃は激しく、我が国の兵は苦戦していた。 しかし私が空から舞い降りると、敵兵たちは恐れおののいた。そしてここでも、咆哮を上げ熱線を吐き出すと、瞬く間に逃げてしまった。 私はそのまま空を舞い、西の大国の王城に舞い降りた。 私をはじめて見た城の者たちは恐怖に凍りついたが、かまわず西王の元へと進んだ。 なかなか肝の据わった男で、あきらかに私を恐れていたが必死で虚勢をはっていた。 だがそれに関心している余裕はない。 有無をいわさず鉄こん棒で排すると、城のいちばん高い場所に上り、国中に響き渡るような大声で、この国を支配下に納めたと宣言した。 そしてすぐ北に飛ぶと、同じように王宮に降り、王を廃し、この国も支配下に納めたと宣言した。 こうして私は、わずかな間に西と北の大国を治め、4国を支配する大王となった。 4国を治めても向かうべき道は変わらない。人々を豊かにするだけだ。 当然、私に敵対する領主たちもいた。そのたびに空を舞って領主の元に行き、どうにも納得しないようであればこれを討ち、財産を没収して民に配った。 はじめのころはこれを繰り返した。 さすがに疲れていたが、私は休まず飛びつづけた。 おかげで徐々に両国とも平穏をとりもどしていった。人々は豊かになりはじめると私を受け入れ、反抗する領主も減っていく。 逆に悪い領主がいると、私に来てほしいと民のほうから要望するようになった。これを領主たちは恐れ、私の命令に素直に従うようになっていった。 こうして4国は互いに協力し、その得意なところを活かして、発展していくようになった。

悪の大魔王の憂鬱(中編)

 とある世界のおはなし。 城にとどまり王となった私は、人々にはこれまで通り仕事をするよう命じた。 すると役人たちが恐る恐る『魔王様ご相談が…』とやってきた。話を聞くと問題が山積みだ。 特に税収の問題。大きな城とそこで働く人々を維持するための収入を得るには、年貢を厳しく取り立てるしかないらしい。 だが疫病のあとで国民は苦しんでいる! 私は3年間、無税にするよう命令した。不足する収入は城に蓄えられた金銀財宝を売ることでまかなえと命じた。反対する役人もいたが、私は金銀財宝に興味がない。 さらに城の兵たちにも、故郷に帰って畑仕事をしてよいと伝えた。おかげで半分の兵がいなくなった。 これでは外敵から城を守れないと反対する隊長もいたが、そのときは私が戦う! そして残った半分の兵たちには、城よりも国の治安を守るよう命じた。 貧しさから盗賊となる者もいるという。それらを取り締まらねばならんが、なるべく傷つけず、会心する者は人手が足りない村で働かせた。 おかげで悪さをする奴は徐々に減っていった。 一方で税収の計算もなく城の役人がヒマそうなので、私は文字の読み書きや計算を教えろと言った。 はじめは恐々教えていた役人も、私がまじめに学んでいるうちに打ち解け、仲良くなった。 文字とはなんと偉大な発明か。書物からは色々なことを知ることができる。 過去に成功したこと、失敗したこと、また異国のこと、そこに見たこともない美味いものがあること。私は急速に知識を増やしていった。 一方で食事は豪華なものは控えさせた。美味いといっても毎日は飽きる。普段は村人と変わらぬ薄味が口にあう。しかし量はつくらせ、役人や兵たちと一緒に食べた。おかげで彼らの故ことも知ることができた。 それから数年、民の生活も戻りはじめたので徐々に税の徴収を再開した。その頃には計算もでき、投資というものも理解していた。そこで収入のほとんどを港や街道の整備に投資し、異国との交易を活発化させた。 異国とのやり取りが増えると民が潤う。すると低い税率でも税収は増え、自然と城の収入も増えていった。収入が増えたのだから役人や兵の給料も上げてやった。 私自身は、たまに異国の珍しいものが食べられれば満足だった。 だがこの頃から、豊かになりはじめた我が国を、周辺の国が狙うようになった。 我が国は豊かだが小さく、海に面した南以外は大きな国に囲まれている。

悪の大魔王の憂鬱(前編)

 とある世界のおはなし。 大きな城で私はひとり悩んでいた。なぜ『悪の大魔王』と呼ばれるのか。 とりあえず『大魔王』は理解できるとして『悪』が納得いかない。 物心つくと私はひとり山にいた。獣のように獲物を狩って生きていたが、たまたま知り合った猟師から人の言葉を教わった。 そして肉は焼いて食ったほうが美味いことを知った。じつはパンや野菜のほうが好きなことも知った。ついでに酒も大好物だと知った。 村にはもっと美味いものがあるというので山を下りることにした。 しかしふもとの人々は、体が大きく力も強い野獣のような私を『魔人』と恐れた。 どう思われても気にしないが、仲良くならなければ美味いものを分けてもらえない。 そこで畑仕事を手伝った。あまり寝なくてもよく、力も強いので、昼夜を問わず百人力で働いた。 おかげで村の仕事もはかどり、人々も喜び仲良くなって美味い料理を食べさせてもらえるよになった。 そこで、収穫が多ければ多くの美味い物が食べられることを知った。人の生活や習慣も知った。同時に私が人と違うらしいことにも気がついた。 これに悩んだ時期もあったが、村の子たちは気にせず遊んでくれた。 人も動物もとにかく子供は可愛い。遊ぶことをはじめて知った私にとって至極の刻だった。 おかげで人と違うことを気にしなくなった。ふりかえると最も穏やかな日々だったかもしれない。 しかし疫病が終わらせた。 国中で疫病が流行り、多くの人々が病に倒れた。私にできることは少なく、とにかく薬草を取って来たり、水をくんだりした。それでも、とくに子供たちが病に苦しむ様子には心を痛めた。 そんななか、国の神官どもが『疫病は魔人のせいだ』と吹聴しはじめた。それを信じた国王が私を討伐するために何十人もの兵を送り込んできた。 村人たちは私と疫病は関係ないと訴えてくれたが、兵たちは聞く耳を持たなかった。 病で苦しむ人々を巻き込まぬよう、私は村の外に出た。そこに兵たちは弓や槍で襲いかかってきた。しかし岩より硬い皮膚で覆われた私を傷つけることはできない。 私が近くに生えている木を軽々と引き抜き、牙をむき出しにして振り回すと、兵たちは恐れて逃げていった。 それからしばらくして、私に関係なく疫病は治まった。しかし村も国もだいぶ人が減った。 どの村も人手が足りず、その年の収穫量は激減した。しかし王は、国の収入を確保するためと年貢を取

いたずら小悪魔

 とある世界のおはなし。 森に小悪魔が住んでいました。通りかかる人を化かし、いたずらしては喜んでいるので、周辺の村の民は困っていました。 ある時ひとりの騎士が通りかかり、小悪魔のはなしを聞いて笑いました。 「小悪魔に化かされるなど愚か者の証拠だ。オレは絶対に騙されないので退治してやろう」 騎士は森に入ると、木の上にのぼり小悪魔があらわれるのを待ちました。 ほどなくして黒い小悪魔があらわれ、周囲をうかがうと魔術を使い若い娘に化けました。 息を殺して様子をうかがっていた騎士は、なるほどこうやって人を化かすのかと納得しました。 小悪魔はそのまま森をでて村はずれへと向かい、一軒の小さな家の戸を叩きました。 中から老婆があらわれ、嫁いだ娘が訪ねて来てくれたと喜び、小悪魔を中に入れました。 後をつけていた騎士は『こうも易々とだまされるとは、村の民はどれほど愚かなのか』と呆れ、そっと家の中の様子をうかがいました。 老婆は『疲れただろう』『嫁ぎ先では上手くやっているか』と、自分の娘と信じて気にかけています。 しかし娘はあいまいな返事を繰り返し、老婆の優しさを利用するように生活の苦しさをうったえ、金の無心をはじめました。 老婆は『可哀そうに』と箪笥の奥から貯め込んでいた小銭をかきだし、『これだけしかないが足りるかい』と差し出しました。 これを見ていた騎士は家に飛び込みました。 「騙されてはいけない! こいつは娘に化けた小悪魔だ! 金を渡してはいけない」 しかし老婆は本当の娘と信じて疑いません。逆にいきなり家に入ってきた騎士を、盗賊か泥棒だと思い騒ぎ立てます。 そこで騎士は、娘が小悪魔である証拠を見せようと、剣を抜くと娘を斬り捨てました。 娘はまっ赤な血を吹き出し、断末魔の声をあげて息絶えてしまいました。 血の沼で息絶えた娘を抱きしめながら泣き叫ぶ老婆を見て、騎士は青くなりました。 小悪魔に騙され、本当の娘を斬ってしまったと。 老婆に申し訳ないと何度も詫びますが、娘を生き返らせろと老婆はおさまりません。 しかし死んだ娘を生き返らせることなどできません。 ついに騎士は、償いとして自分が治める領地を老婆に譲ると言い出しました。 すると、家も老婆も死んだ娘も消え、あの小悪魔がケラケラと笑い、森の奥へと消えていきました。 騙されたことに気づき我にかえった騎士は、おおいにプライドを傷つけられまし

宝玉の手箱

 とある世界のおはなし。 若き竜王は世界の海を統一し海神となった。 まだやるべき事は多いが、わずかな休息を得るため陸に上がった。 そこで一人の娘と出会った。 その娘は貧しい漁村で暮らしていたが、互いにひとめで恋に落ちた。 竜王にとって、これまでの苦労を捨て人として生きたいと思うほどの恋だったが、王としての役割がそれを許さない。 竜王は娘と海の民を説得し、娘を王妃として迎えることを条件に、娘とともに海へ戻った。 統一した海を安定して統治するために竜王は激務の日々を送った。しかし王妃との仲は睦まじく、それが竜王の心を救った。 そして、時を置かずして王妃は身ごもり姫を生んだ。 竜王は王妃と姫を溺愛したが、この頃から王妃の異変に気付いた。 老いている。 海神である竜王と、人である王妃の時間の流れは違う。竜王は今だ青年のように若いが、王妃は数倍の速さで年齢を重ねているように見える。 姫は竜王の血が濃いのか、王妃の老いほど成長してくれない。このままでは姫が大人になるまえに、王妃は老婆となり死んでしまうのではないか。 不安に駆られた竜王は海の魔導士を呼び、王妃の老いを止める手立てを講じるよう命令した。 しばらくして海の魔導士たちは、宝玉で彩られた手箱(身近な物を納め持ち運ぶ箱)を竜王に献上した。 「この箱は、身近に持つ者の刻を納める箱です。これを王妃が持てば老いを止めることができるでしょう。しかし箱をあければ、それまで納めていた刻が解き放たれ、瞬く間に老いが襲いかかるでしょう」 竜王はこれを王妃に持たせようとしたが、かたくなに拒んだ。 「竜王様と人である私の刻の流れが違うのは当然です。私は天の理(ことわり)を変えたいとは思いません。私が先に天寿を全うしたとしても、あの世で竜王様をお待ちいたします」 その思いに竜王は苦悩し、何度も説得し、せめて姫が育つまではと手箱を持たせた。 それから数百年の時が流れ、姫を美しく賢く育った。 それを見届けたように、王妃は手箱を竜王に返し、老いて天へと召された。 竜王は宝玉の手箱を宝物庫に封じ、悲しみを振りほどくように海神としての務めを果たした。しかし時おり手箱を持ち出し眺めては、物思いにふけった。 姫はそれが不思議で時おり手箱のことを訪ねたが、『お前の母、王妃との刻を封じたものだ』と竜王は寂しそうに微笑むだけだった。 姫はそれを不思議に思ったが、父

小さな悪魔

 とある世界のおはなし。 ある家の屋根裏に悪魔が住んでいた。 悪魔といっても小さいのでたいした魔力もない。1日に1度、イヌやネコなどの小さなものに化けて人を驚かすくらいだ。 そんな小さな悪魔が苦手なのが『1年で最後の日』だ。 その地域では『1年で最後の日』に地獄の悪魔が地上にでてきて悪さをすると信じられていた。 だから悪魔が嫌いだといわれるニンニクを家に飾る。さらに子どもたちがさらわれないよう、男の子には牛の皮、女の子には羊の皮をかぶせ、動物のふりをさせるのが習慣だ。 そして年があけると、家族で牛や羊の肉を食べてお祝いする。そうすれば1年、健康に過ごせると云われていた。 小さな悪魔からすれば、悪魔はいつでも地上に出られるし、わざわざ子どもをさらなわい。 でもニンニクの匂いは苦手なので、その匂いがしない住処を探して屋根裏を出た。 雪の夜、どの家からも暖かい夕食の香りが溢れ、子供たちは牛や羊の真似をして遊んでいる。 その様子を小さな悪魔はうらやましく思ったが、どの家も大量のニンニクを使い夕食をつくっているのでたまらない。 「それほど嫌われることはしてないのに」 そう思いながら進むと、町はずれに匂いのしない家があった。 そっと窓からのぞきこむと、お母さんらしい人がベットで寝ていて、その横で小さな女の子が見守っている。 なるほど、お母さんが病気だからニンニク料理の嫌なにおいがしないのかと納得し、しばらく様子をうかがった。 するとお母さんが弱々しく『ごめんね、お腹すいたでしょ』とつぶやいた。 女の子は一瞬とまどったが『だいじょうぶ、あたしお腹すいてないから』と答えるが、お母さんは『ごめんね』とまた呟いた。 これに小さな悪魔は、あの子は本当はなにも食べていないなと思った。本当はひもじいはずだから、なにか食べものをあげれば家に泊めてくれるかもしれないと。 そこで小さな悪魔は、その家から小さな鍋を拝借し、別の大きな家へと向かった。 その家もニンニク臭くて気がとおくなりそうだが、台所に忍び込むと沢山の御馳走が用意されている。 少しくらいは大丈夫とクラクラしながら料理を鍋に入れると、急いで女の子の家に戻った。 コンコン。ドアをノックする音に女の子はドキッとした。『1年で最後の日』だから悪魔が自分をさらいに来たのかもしれないと。 またコンコンとドアがノックされる。女の子は泣きそうになった

聖なる穴掘り穴埋め

 とある世界のおはなし。 国中で疫病が流行り多くの人々が苦しんでいた。 しかし医学が未熟な時代、どうすることもできず、ただ恐怖に耐えて神に祈るしかなかった。 そんな中、高名な神官が神の啓示を受けた。 「天におわす神の聖なる息吹きを大地に吹き込めば疫病は治まる」 神官はそのための広く深い穴を掘ることを呼びかけた。 とにかく疫病が治まるならと人々はこれを信じ、神官たちは穴を掘るため寄付を募った。 当然これを疑問視する者もいた。 しかしその急先鋒であった有力貴族が、あっさり疫病で命を落としてしまった。 一方、これを信じ屋敷を売って寄付した貴族は、感染したがすぐ治ったとの噂がたった。 この話が国中に広がると、王や貴族、商人、農民にいたるまで我先にと寄付をはじめ、貧しい者たちは穴を掘る作業のため集まった。 十分な寄付金と無償の信者たちにより広く深い穴が掘られ、中心には天の神に呼びかける儀式のための神殿が建てられた。 高名な神官は『神が天から見やすいように』と金銀で装飾された煌びやかな法衣をまとい、三日三晩神事をとりおこなった。 人々もその様子を穴の外から見守っていたが、四日目、ついに強い風が吹いた。 すかさず神官は『これぞ神の聖なる息吹きぞ』と叫び、人々も歓声をあげた。 実はちょうど季節の変わりめで毎年強い風が吹くのだが、なにせ高名な神官が言うことなので誰も疑わなかった。 神官は続けて叫んだ。『神の聖なる息吹きを逃がさぬよう、はやく穴を埋めるのだ』と。 見守っていた人々は慌てて穴を埋めはじめた。 聖なる息吹きが逃げないよう、とにかくはやく穴を埋めなければならないが、なにせ広く大きいので簡単にはいかない。 残った寄付金で人を雇って作業を進め、神殿ごと穴は埋められた。 その頃には、人々が集団免疫を獲得し疫病が治まりはじめていたが、医学が未熟な時代なので、神の聖なる息吹きのおかげだと誰もが信じた。 こうして疫病は終息したが、はなしはこれで終わらなかった。 高名な神官は、今後同じことがおこらないよう国中の大地に神の聖なる息吹きを吹き込もうと言い出したのだ。 当然その費用は寄付によって賄われるが、先に寄付した王侯貴族は渋った。 そこで神官は寄付の額に応じて『神の聖なる息吹きを封じた壺』を返礼するとした。 神事の際に壺を並べ、息吹きが吹いたら蓋に封して渡すというのだ。 これに金貨1000

小さな芽

 とある世界のおはなし。 春が来て野原に小さな芽が顔をだした。 あまりに小さく可愛らしいので、ネズミやキツネたちは気にかけた。 「ちゃんと育つかな」「どんな花が咲くのかな」 それを聞いて小さな芽は『がんばってみんなが喜ぶ花を咲かせよう』と思った。 夏がきて、秋がきて、小さな芽はすくすく育った。 それでも小さかったので、ネズミやキツネたちは気にかけた。 「もうすぐ冬だけど大丈夫かな」「春まで守ってあげないと」 それを聞いて小さな芽は『冬を越してみんなが喜ぶ花を咲かせよう』と思った。 しばらくして冬がきた。吹きすさぶ冷たい風に小さな芽は震えあがった。 するとネズミやキツネたちが代わる代わる温めてくれた。 「がんばって冬を越えるんだよ」「きっと花を咲かせるんだよ」 それを聞いて小さな芽は『絶対に負けないぞ』と思った。 そして春がきた。 小さな芽は相変わらず小さかったが、可愛らしい小さな白い花を一輪だけ咲かせた。 これを見て、ネズミやキツネたちはほほ笑んだ。 「なんて素敵な花なんだ」「ほんとうにがんばったね」 それを聞いて小さな芽は『みんなが喜んでる』と誇らしかった。 そして夏がきた。 まわりの草木は花を落し、太陽を浴びてすくすく育っていた。 だけど小さな芽は、まだ花を咲かせていたので、ネズミやキツネは驚いた。 「がんばり屋さんだね」「ぼくたちも嬉しいよ」 それを聞いて小さな芽は『ぼくは特別なんだ』とずっと花を咲かせたいと思った。 そして秋がきた。 さすがに小さな芽が咲かせた花も茶色くしおれていた。 まわりの草木は冬を乗り切るため大きくなっていたが、小さな芽は小さいままだったので、ネズミやキツネは心配した。 「花があると栄養を取られてしまう」「はやく花を散らして冬に備えないと」 それを聞いても小さな芽は『みんなが喜んでくれた特別な花なんだ」と花を手放さなかった。 そしてまた冬がきた。 とても厳しい冬だった。 茶色くしぼんだ花を咲かせたまま、小さな芽は枯れていた。