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田舎の叔母

いつまでも若く年の差禁断純愛背徳
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 湯気が満ちる温泉旅館の帳場。行き交う宿泊客の声、忙しなく動く仲居の足音、炊事場から漂う出汁の香り。この慌ただしさが、俺にとっては心地よかった。

 年末年始、盆、ゴールデンウィーク。旅館が一番忙しくなる時期には、俺は必ず帰省し、手伝いをすることにしている。親父が亡くなった後、叔父がこの旅館を継いでから、そうするのが当たり前になった。

 「律儀な息子さんで、お父様もお喜びでしょうね」

 女将が客と話すのを横目に聞きながら、俺は苦笑する。律儀な息子? 違う。俺がここへ戻ってくる本当の理由は、そんな立派なものじゃない。

 「良太くん、お疲れさま」 その声が聞こえた瞬間、身体が僅かに強張る。

 振り向くと、沙月さんがいた。 黒髪をきちんと結い上げ、落ち着いた色合いの着物を纏い、割烹着の紐をきゅっと結んでいる。旅館の格式に合わせた控えめな装いのはずなのに、彼女が着ると、どうしてこうも艶やかに見えるのか。

 「お昼、食べた?」 いつもの柔らかい笑顔でそう聞かれ、俺は喉を鳴らした。

 「いえ、まだ」

 「じゃあ、厨房にまかないがあるから、食べていって。あと、おしぼりも持っていって」

 彼女が差し出したおしぼりを受け取ると、指先が一瞬だけ触れた。 その一瞬に、心臓が跳ね上がる。

 ——駄目だ。思春期の頃から、何度こう言い聞かせてきたか。

 俺が15歳のとき、叔父が突然、沙月さんを連れてきた。24歳の都会的な女性が、この田舎の温泉旅館に女将として入ることに、親族たちは驚いていた。

 そして俺は一目で彼女に惚れた。年齢が一回りも違う彼女は、まるで別世界の人のようで、初めて会った瞬間から目が離せなかった。叔父と並んで歩く姿を見て、どうしようもない嫉妬がこみ上げたこともある。

あれから14年。俺はもうすぐ30歳になるというのに、彼女のことを想う気持ちは変わらない。いや、むしろ、時間を経るごとに、その思いは深まるばかりだった。

 旅館の仕事に追われながらも、ふとした瞬間に沙月さんを探してしまう。配膳の合間に、ちらりと見えるうなじ。浴衣の襟元から覗く鎖骨。厨房で袖をまくった細い腕。そのどれもが、俺の胸をざわつかせた。

 「じゃあ、また後でね」沙月さんが、軽く手を振って去っていく。その後ろ姿を、俺は息を詰めて見送った。

 夜になると、旅館はまた別の表情を見せる。客たちが夕食を楽しみ、温泉に浸かり、部屋でくつろぐ頃、従業員は一気に忙しくなる。布団の準備、食器の片付け、客室の点検。俺も、従業員と一緒に動き回っていた。

 「おつかれさま」その声に振り向くと、沙月さんが小さなお盆を持って立っていた。

 「これ、良太くんの分ね」夜食の軽いおにぎりと、温かいお茶。俺は少し笑って、頭を下げた。

 「ありがとうございます」

 「たくさん動いたんだから、しっかり食べてね」彼女は俺の隣に腰を下ろし、お茶をすすった。ふと、沙月さんの横顔を盗み見る。

 旅館の灯りがぼんやりと彼女の頬を照らし、ゆっくりと動く唇が、妙に艶めかしく見えた。

 「……いつまで、ここに帰ってきてくれるの?」突然の問いに、俺は少し驚いた。

 「……さあ、どうでしょう」

 「そろそろ、自分の人生を考えなきゃいけないんじゃない?」彼女の言葉の意味を測りかねて、俺は答えに詰まった。

 「良太くん、結婚とか考えないの?」俺は、わずかに息を詰める。

 「……そんな相手、いないですよ」

 「本当に?」沙月さんは、ゆっくりとお茶を置いた。

 「もしかして、何か……理由があるの?」冗談めかした言葉のはずなのに、その瞳の奥が探るように揺れていた。言えるはずがない。こんなに長く、俺の気持ちを押し隠してきたのに。

 「……特にないですよ」精一杯の笑顔を作る。でも、沙月さんはそれ以上何も言わず、ただ微かに笑っただけだった。

 

 その夜、すべての仕事が終わり、俺は裏庭の露天風呂の掃除をしていた。湯気が立ちこめる中、月の光が淡く反射している。

疲れたな。そう思いながら、掃除の手を止めたとき。

 「良太くん」低く囁くような声がした。振り向くと、沙月さんがそこにいた。

 「どうしたんですか……?」

 「ちょっとだけ、ね」そう言って、彼女は足湯の縁に腰掛け、着物の裾を少しだけたくし上げた。

 月明かりに照らされた、しなやかな足首と白い肌が、ほのかに濡れて光っている。心臓が、嫌なほど速く打つ。

駄目だ。わかっているのに、目を逸らせない。沙月さんは、小さく微笑んで、そっと指を湯の中へ滑らせた。

 「ねえ、良太くん……」その声に、俺は返事ができなかった。静かな湯気の中で、俺たちはただ向かい合っていた。理性と欲望の境界線が、危うく揺らぎながら——。夜の静寂が、妙に生々しく響いていた。

 温泉の湯気がゆらゆらと漂い、月明かりが水面に揺れている。沙月さんは、足を湯に浸しながら静かに微笑んでいた。

 「……一番いいころ合いだよね」ぼんやりと呟くその声に、俺の喉が渇く。

 「良太くんが15のとき、私、初めてここに来たのよね」懐かしそうに遠くを見つめながら、彼女は湯に指を滑らせた。

 「覚えてる?」覚えていないはずがない。

 あの日、叔父が突然連れてきた美しい女性を見て、俺は息を呑んだ。都会的で洗練された雰囲気。叔父と並んでいるのが信じられないくらい、沙月さんは眩しく見えた。

 「覚えてますよ」 俺の声は、かすれていた。

 「そっか」沙月さんは、くすっと笑った。

 「ねえ……」少しだけ顔をこちらに向けて、俺の目をじっと覗き込む。

 「良太くんって、昔から真面目よね」

 「……そうですか?」

 「ええ。昔から、優しくて、ちゃんとしてる」彼女の視線が絡みつくように、俺を捉える。

 「でも、そういう人って……」言葉の意味を考える間もなく、沙月さんの手が、そっと俺の頬に触れた。

 指先が冷たく、けれど、ゆっくりと熱を帯びていくようだった。

 「沙月さん」俺は、彼女の手をとっさに掴んだ。駄目だ。これ以上は。わかっているのに、力が入らない。

 沙月さんは、何も言わず、俺を見つめたままだった。お互いに、何かを求めているのを知っていた。

 「……今夜だけ、ね」囁くように言った沙月さんの言葉が、俺の理性を吹き飛ばした。その夜、俺たちは境界を超えた。

 翌朝、旅館の帳場には、いつも通りの朝が訪れていた。客たちが朝食を楽しみ、温泉に浸かり、仲居たちが忙しく動き回る。

 俺は、いつものように仕事をしていた。何事もなかったかのように。

 でも、本当は——。

 「おはよう、良太くん」ふと顔を上げると、沙月さんが台所で湯飲みを手にしていた。俺と目が合うと、彼女は微笑んだ。

 「今日も、よろしくね」昨夜のことなんてなかったかのように、沙月さんは変わらない態度で接してくる。

いや、違う。

 彼女の手が、ほんの少し震えていたことに、俺は気づいていた。

 「……はい」短く返事をし、俺は目を逸らした。誰にも気づかれないように。

  その後も、俺は変わらず旅館の手伝いに帰る。ただの手伝いのはずなのに、本当は——。

 俺は、沙月さんに会いたくて、ここへ戻ってきている。誰にも知られない、静かな約束。

 何も言わず、何も求めず、ただ同じ時間を共有するだけ。

 ——それだけでいい。俺たちの関係は、決して変わることはない。

 でも、それでも。この宿には、帰る理由がある。

 ——沙月さんという、理由が。

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