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お酒で豹変する彼女

いつまでも若く純愛
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取引先の社長に誘われて、高級料亭の個室に通されたのは、仕事帰りの夜だった。営業の仕事をしていると、こういう接待の場には何度も足を運ぶことになる。だが、この夜ばかりはいつもと様子が違った。

社長は上機嫌で酒をあおりながら、開口一番、俺にこう言った。

「中野くん、君は結婚する気はないのかい?」唐突な話に、俺は箸を止めた。結婚なんて考えたこともなかったわけじゃない。だが、自分には全く縁のない話だと思っていた。

俺、中野祐介、もう35歳だ。営業マンとして働いているが、特に目立った実績があるわけでもない。人付き合いはそれなりにできるほうだと思うが、女性相手になると自分でもびっくりするくらいダメになる。気の利いた会話ができないし、変に緊張してぎこちなくなってしまう。

当然、恥ずかしい話この歳になるまで恋愛経験もない。ましてや結婚なんて、自分には遠い世界の話だった。

「いや……俺なんかが結婚なんて出来ないですよ……」苦笑いしながら返すと、社長は意に介さず、笑いながら杯を置いた。

「そんなこと言うな。いい相手がいるんだよ。うちの姪なんだがな、お見合いしてみてくれないか」

「え?姪っこさんですか……?」予想外の言葉に戸惑う。

「姪っ子ってってももう38歳だ。万里子っていうんだが、なかなかの美人だぞ。君でも驚くくらいのな」

「美人……」にわかに信じがたい話だった。なぜ美人が今も独身なのか。そもそも、そんな女性が俺みたいな奥手な男と会うこと自体、考えにくい。

「もう38だが、もっと若く見えるよ。一度結婚に失敗してから縁が無いみたいでな……まあ、彼女にも事情があるんだろう」

事情。その言葉が、どこか引っかかった。

だが、こんな話をされたら断るのも難しい。そもそも、社長には仕事で世話になっている。無下にできるはずがなかった。

「……わかりました」そうして、俺は半ば流されるようにして、お見合いをすることになった。

約束の日、緊張しながら料亭へ向かった。個室に通され、待っていると、襖が静かに開いた。

そこに立っていたのは、社長の言葉を遥かに超える美しさを持った女性だった。

長い黒髪が艶やかに揺れ、落ち着いた色合いの着物が、彼女の上品な雰囲気を引き立てている。透き通るような白い肌に、控えめな紅を引いた唇。どこか儚げな雰囲気がありながらも、洗練された美しさを持っていた。思わず息をのんでしまった。

こんな人とお見合いなんて、俺には釣り合わないんじゃないか。そんな考えが頭をよぎる。食事が運ばれ、静かに箸を進めながら、形式的な会話を交わす。緊張しすぎて味なんてしない。

彼女は物腰が柔らかく、気遣いができる人だった。言葉の選び方が丁寧で、声にも落ち着きがある。でも、何かが引っかかった。

美しくて、上品で、話していても気を使わない。そんな女性が、なぜ今まで独身だったのか。

彼女の態度のどこかに、一線を引くような雰囲気がある。俺を拒絶しているわけではない。むしろ、ちゃんと向き合ってくれている。だが、どこか心を開いていないような感じがした。

それが、彼女の性格なのか、それとも何か別の理由があるのか。女性経験の無い俺には、そんなことはわからなかった。

お見合いは、静かに終わり、それから数日後、社長から連絡が来た。

「万里子が、君ともう少し会ってみたいと言ってるぞ」予想外の返答に、俺は驚いた。

美人だからと言って、すぐに俺を気に入るはずもないと思っていた。むしろ、断られるだろうと思っていた。だが、彼女はもう少し俺と会いたいと言った。理由はわからない。ただ、それが彼女の本心なのかどうかを確かめたくて、俺は次の約束を受け入れた。

最初のデートは、落ち着いた雰囲気のカフェだった。高級店でもなく、かといって庶民的すぎるわけでもない。社長が「彼女が好きな場所」と言って教えてくれた店だった。

店に入ると、万里子はすでに来ていた。お見合いの時とは違い、柔らかい色合いのワンピースを着ていた。シンプルなのに、彼女が身につけると俺の目は釘付けになっていた。テーブルに向かい合って座ると、彼女は小さく微笑んだ。

「お仕事、お忙しかったですか?」そんな何気ない一言にさえ、俺は少し緊張してしまう。

「いえ……大丈夫です」それだけ答えて、なんとなく目をそらした。

お見合いのときよりは慣れてきたはずだが、やはり彼女を前にすると緊張して落ち着かない。彼女の余裕のある仕草と、俺のぎこちなさが、対照的に思えてならなかった。

それでも、万里子は俺の話を丁寧に聞いてくれた。仕事のこと、趣味のこと、最近観た映画のこと。話題を選ぶのがうまく、俺が話しやすいように気を配ってくれているのがわかった。けれど、それと同時に気づいたことがあった。彼女は自分のことを多く語ろうとしない。こちらが聞けば答えるが、それ以上深くは話さない。家庭のことも、過去のことも、彼女のほうからは何も触れようとしなかった。なぜだろう。気にならないと言えば嘘になる。ただ、それを無理に聞き出すのは違う気がして、俺はあえて深追いしなかった。

そのまま何度かデートを重ねたが、やはり彼女は必要以上に自分を語らなかった。美しくて、聡明で、上品なのに、どこか一線を引いているような気がした。そして、それを決定的に感じたのは、ある日の食事の席だった。

落ち着いた雰囲気のレストラン。俺たちは静かに食事をしていた。食事も終盤に差し掛かり、ワインリストが差し出された。俺は何気なくそれを眺め、ふと彼女のほうを見る。

「万里子さん、お酒は?」尋ねると、彼女は小さく微笑んで、そっとメニューを閉じた。

「すみません、私は飲まないんです」その言葉に、違和感を覚えた。

「お酒、苦手なんですか?」思わず聞くと、彼女は少しの間、言葉を選ぶような表情をした。

「……飲まないようにしているんです」その言い方が、俺の中の違和感を強くした。

「飲むと……変わってしまうから」俺は、箸を置いた。

「変わる?」彼女は少し視線を落とし、静かに答えた。

「お酒を飲むと、自分を抑えられなくなってしまうんです。すぐにお酒に呑まれてしまうんです」彼女の声は落ち着いていたが、どこかに迷いがあった。

「それが原因で……離婚もしました」静かなレストランの空気が、一瞬重くなったような気がした。

「離婚……?」俺は、思わず聞き返した。彼女は、ゆっくりと頷いた。

「……酔うと、私……抑えが効かなくなるんです」抑えが効かなくなる。その言葉の意味を、すぐには理解できなかった。

「特定の誰かじゃなくても、体がそういうふうに反応してしまうんです」その言葉が、妙に現実味を帯びて聞こえた。

「元夫は、そういうことが得意な人じゃなくて……だから欲求不満なのかお酒を飲むと他の人を求めてしまうんです。それが夫にばれて離婚を切り出されました」

テーブルの上で、彼女の指がぎゅっと組まれる。

「だから、もう飲まないと決めました。お酒を飲んで、誰かを傷つけたり、自分が傷ついたりするのが怖いんです」彼女の横顔を見つめながら、俺は何も言えなかった。美しくて、気品があって、どこか儚げで――けれど、その奥に、彼女自身もどうしようもない衝動を抱えていたのか。ではそんな彼女が、俺とデートを重ねてくれていた理由は何だったのか。

ふと、彼女が俺をじっと見た。

「……こんな話をして、ごめんなさいね。気分、悪くさせましたか?」彼女は苦笑いを浮かべたが、それが余計に俺の胸を締め付けた。

「……じゃあ、一度俺と飲みませんか?」気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。彼女は、驚いたように目を見開いた。

「え……?」自分でも、なぜそんなことを言ったのかわからなかった。

彼女の本当の姿を知りたかったのか、それとも、彼女が本当にその衝動を乗り越えられないのか確かめたかったのか。ただ、彼女がどんなふうに変わるのかを見てみたかった。

彼女は、一瞬、迷うように目を伏せ、そしてゆっくりと俺を見つめ、静かに答えた。

「……少しだけなら」

 約束の日、俺たちは静かなバーにいた。薄暗い照明の下、心地よいジャズが流れている。高級すぎず、かといって庶民的でもない、程よく落ち着いた雰囲気の店だった。

「本当に、少しだけですよ」そう言いながら、万里子はグラスを手に取った。指先にわずかに力が入っているのがわかる。

「もちろんです」軽く微笑みながら、俺は彼女がワインを口に運ぶのをじっと見ていた。最初の一口は、慎重に、ゆっくりと。

彼女の喉が小さく動く。

「ん……美味しい」微かに息を吐きながら、彼女はグラスを置いた。たった一口。それだけなのに、何かが変わる予感がした。

二口、三口と飲み進めるうちに、彼女の表情が和らいでいく。頬が少し赤らみ、瞳が潤んできた。

「……お酒って、不思議ですよね」彼女は、くすっと笑った。

「どうしてですか?」

「なんかふわふわしてくるというか、自分を出せるというか……」彼女はワイングラスの縁を指でなぞるようにしながら、静かに言った。その仕草に、妙な色気があった。

「やっぱり、飲むべきじゃなかったかも」そう言いながらも、彼女の目はどこか楽しげで、俺を誘うような色を帯びていた。

ふと、彼女が俺の方へと身を寄せてきた。

「祐介さん……」囁くような声。

肩が触れ合う距離に近づき、彼女の体温が伝わる。指先が、俺の腕にそっと触れる。いつもの理性的な万里子とは違う。

「……もう、止めますか?」試すように問いかけると、彼女はふるふると首を振った。

「……もう、遅いです」彼女の指が俺の手を絡め取る。次の瞬間、彼女は俺を誘うような瞳で見つめ、そっと唇を開いた。

「……ねえ…」まるで、それが自然な流れであるかのように、彼女は俺の手を引いた。

ホテルの部屋に入ると、万里子は俺の腕を引き寄せるようにして、そっと背中に触れた。

「……祐介さん」彼女の声は甘く、かすかに震えていた。普段の理性的な彼女とは、まるで違っていた。

一度崩れた理性は、もう戻らなかった。俺の中ではもう何かが弾けていた。

我慢が出来なかった。生まれて初めての経験はむさぼるように彼女を求めてしまった。

乱れている彼女を見るのは興奮した。

そしてふと我に返ると彼女は放心したような表情で、天井を見つめていた。

慌てて声を掛ける。

「……大丈夫ですか?」声をかけると、彼女はゆっくりと俺を見た。

彼女は声にならないかすかな声を漏らし、しばらくしてから、薄く微笑んだ。

「……すごいですね」何がすごいのか、俺にはわからなかった。

彼女はふと起き上がり、ベッドの端に腰を下ろした。

「シャワー、浴びませんか?」俺が頷くと、彼女は立ち上がり、バスルームへと向かった。

俺も後に続こうとしたそのとき、ふいに彼女が振り返り、そっと微笑んだ。

「……一緒に入ってもいいですか?」その言葉に、俺は戸惑った。けれど、次の瞬間、彼女は静かに俺の腕を引いた。

シャワーの湯気の中で、万里子は俺にしがみついてきた。

「……もう、あなたなしじゃ生きられない」彼女の言葉が、胸に深く響いた。

俺が何かを言う前に、彼女はまた俺に身を預けた。そこでもどれだけ時間が経ったのか、よくわからなかった。

気がつけば、俺たちは湯船に浸かりながら、並んで肩を寄せ合っていた。

彼女は、疲れたように俺の肩に頭を預けた。

「……祐介さん、本当に初めてなんですか?」俺は少し考えてから、小さく頷いた。

「うん……うまく出来たかな…」彼女は、少しだけ体を起こして俺をじっと見つめた。

「……そんなレベルじゃないです」頬がかすかに紅潮しているのは、湯気のせいだけではないだろう。

「気を保つことができないくらい……」

「……祐介さん、ちょっとすごすぎるんです…」

どうやら俺はちょっと夜が強かったようだ。初めての経験だったので、人との差がわからなかった。

そして、彼女は急に真剣な眼差しで俺を見つめた。

「私と、結婚してください」彼女からの告白に驚いた。ましてや並んでお風呂に入っている時に。けれど、その言葉は、まるで最初から決まっていたことのように、自然に心に馴染んだ。

「もう、他の人なんて考えられないの。嫌だといっても離れません」彼女の瞳には、俺しか映っていなかった。俺は、一瞬だけ迷ったが、俺もまた、もう彼女なしでは生きられないのだと。

だから、俺は彼女の手を取り、そっと頷いた。

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