「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.295 ★ TikTokは中国政府のプロパガンダツール?米国で禁止法が成立した中で日本人が見落としている「本当の問題点」とは

2024年04月28日 | 日記

TikTokは中国政府のプロパガンダツール?米国で禁止法が成立した中で日本人が見落としている「本当の問題点」とは

MONEY VOICE (牧野武文:ITジャーナリスト)

2024年4月26日

 

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2024年4月25日に動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」を運営する字節跳動(バイトダンス)が、アメリカで「TikTok禁止法」が可決されたことに対し、違憲だとして法廷で争う姿勢を表明しました。これまでTikTokは全世界の若者を中心に人気を博してきたアプリで、アメリカでは「中国のプロパガンダツールなのではないか」という意見もありましたが、実際の公聴会を聞いてみると本来の問題点が見えてきました。(『 知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 』牧野武文)

なぜ、アメリカはTikTokを禁止しようとしているのか?

3月13日に「180日以内にTikTokを米国企業に売却をし、それができない場合はTikTokの配信を禁止する」法案が下院で可決されたニュースはご存知のことと思います(編集補足:4月23日に米上院でバイデン大統領が24日に署名し、同法が成立)。

なぜ、アメリカはTikTokを禁止しようとしているのか。日本のメディアは、「TikTokが米国市民の個人情報を収集して中国政府に渡す可能性があるから」という理由をあげていることが多いようです。

しかし、公聴会の議事録を読み、ビデオを見ると、議員たちが問題にしているのは、そこよりも「TikTokは中国政府の影響下にあるプロパガンダツールなのではないか」という疑念が強いことがわかります。アルゴリズムを操作し、中国政府に有利なコンテンツは意図的に拡散をし、中国政府に不都合なコンテンツは削除をしているのではないか。そういう疑問が相次ぎました。

また、これはTikTokに限りませんが、SNSが子どもに有害情報を伝えてしまい、命を落としたり、犯罪に巻き込まれることが増えているため、ここも問題にされています。

つまり、米国が問題にしているのは次の3点です。

  • TikTokは、中国政府の影響下にあり、中国に都合のいい操作を行なっているのではないか。
  • TikTokは、米国市民の個人情報を収集し、中国政府に渡しているのではないか。
  • TikTokなどのSNSは、子どもの命や犯罪に関わる有害コンテンツをなぜ適正化しないのか。

というものです。

公聴会は2回行われ、1回目は5時間以上、2回目は4時間以上にわたるもので、いずれも議事録とビデオが公開をされていて、誰でも見ることができます。しかし、実際に見ることはあまりお勧めできません。なぜなら、非常に長く、しかも退屈な質問が繰り返されるからです。

そこで、みなさんに代わって、私が視聴をし、問題点を拾い出してみました。今回は、米国でTikTokの何が問題にされているのかについてご紹介します。

PAFACA法案」でTikTokは米国で配信停止になる可能性が高い

3月13日に、米国下院で「The Protecting Americans from Foreign Adversary Controlled Applications Act」(通称:PAFACA、敵対勢力に制御されたアプリケーションからアメリカ市民を守る法律)が可決されました。180日以内に、米国企業に売却をし、運営を完全に手放すか、それができない場合は、TikTokの米国での配信・運営そのものが禁止をされます。

TikTokの何が問題なのか。多くの日本のメディアは、中国政府への個人情報流出の問題を挙げています。昨年から、バイデン政権がTikTokが収集した米国市民の個人情報が中国政府に渡っているのではないかという懸念から、連邦政府の機関での公用端末にTikTokをインストールすることを禁止しているからです。

もちろん、個人情報が中国政府に渡っているのではないかという疑念も問題のひとつです。しかし、PAFACAの立法趣旨は、TikTokは中国政府に有利な情報を拡散し、不利な情報を検閲することで、中国政府のプロパガンダツールになっている可能性があるのではないか。あるいはフェイク情報を拡散して米国社会を混乱させるツールになる可能性があるのではないか。だから米国企業が運営をするか、さもなくば配信停止にすべきだというものです。

議員の中で、中国政府がTikTokを通じて米国市民に対してプロパガンダ活動を今現在行なっていると考える人は少数派でしょう。しかし、中国政府がそれをやろうと思えばできてしまう構造になっていることを問題にしています。報道によると、若い世代から「Keep TikTok(TikTokをキープしよう)」という運動が起こり始め、多くの議員が若者票を失うことを恐れて反対に回り、成立しないのではないかとも言われています。

みなさんは、このPAFACAという法律をどうお感じになるでしょうか。「たかが面白映像の共有アプリにおおげさすぎ」と感じる方もいるでしょう。しかし、いざという時にプロパガンダツールになりかねないものを放置していくことはよろしくないと考える方もいらっしゃるかと思います。この論点は日本も考えなければならない問題です。日本は、すでに後者の「海外勢力のプロパガンダ活動は認めない」決断をしています。というのは新聞、テレビ、ラジオには外資の参入規制があるからです。テレビ、ラジオの場合、放送法により、外国人の持ち株比率は20%以下に制限されています。これは外国人がメディアの大株主となった場合、その国のプロパガンダを放送し、日本人の選択を歪ませることが可能になるからです。

つまり、保守的な米国人の視点からは、マスメディアと同じように、ネットサービスに関しても敵対勢力が関与できない体制をつくる必要があるというもので、そのような考え方が出てくるのはある意味自然なことなのです。このPAFACAについて、TikTokはあらゆる手段を使って、この法案の取り下げ訴訟を起こすことになるでしょう。TikTokの周受資(ショー・チュー)CEOも「あらゆる法的手段を使ってTikTokを守る」とコメントしています。しかし、それが成功しなかった場合、TikTokは米国では配信停止になる可能性が非常に高いと思います。

TikTokが配信停止になることで新たな問題点が浮き彫りに

と言うのは、「米国企業に売却」というのは簡単な話ではないからです。TikTokがすでに株式公開をしているのであれば、受け入れ企業に株式を売却することで米国企業に移管をすることができます。しかし、残念ながらTikTokは未上場なのです。そうなると、親会社のバイトダンスが保有するTikTok非公開株を売却することになりますが、中国企業であるバイトダンスが、大量の株式を外国人に売却する場合、中国政府の承認を取り付ける必要があります。中国政府が素直に売却に同意するとは思えません。結局、時間切れとなり、配信停止が実行されることになるでしょう。

すでに、VPN(Virtual Private Network)関連の企業が動き出しています。TikTokが配信停止になると、大量の人がスマートフォン用のVPNアプリを利用することになるからです。VPNは、企業などで、遠隔地にいる従業員も企業内ネットワークを利用できるようにする仕組みです。インターネット回線上に暗号化されたネットワークを仮想的に確立し、あたかも企業内ネットワークのように利用できるようにする技術で、利用することで海外にいてもインターネット経由で、社内ネットワークに安全にアクセスすることができるようになります。

米国のVPNサービスに加入をし、VPNからインターネットサービスにアクセスをすると、あたかも米国からアクセスしているかのように装うことができます。そのため、地域制限があるようなサービスを利用するために悪用される可能性があるのです。

例えば、映像配信「Netflix(ネットフリックス)」は、米国ではジブリ映画を配信していますが、日本では配信していません。そのため日本からVPNを使って、米国のNetflixに加入をしてジブリ映画を見るという裏技が知られている様子。ただし、法的にも問題のある行為ですし、サービスとの契約違反にあたります。TikTokが米国で配信停止になると、米国のティーンエージャーたちは、VPNを使って配信が停止されていないカナダやメキシコからTikTokにアクセスすることになるでしょう。

このPAFACAに至るまで、ショー・チューCEOは、米国の公聴会に2回出席しています。1回目は昨年2023年3月23日、下院エネルギー・商業委員会が主催した「TikTok: How Congress Can Safeguard American Data Privacy and Protect Children from Online Harms」(TikTok:アメリカ人のデータプライバシーと子どもたちのオンライン被害を、議会はどのように守ることができるか)で、5時間以上に及ぶ長時間のものです。

米国の行政が素晴らしいのは、その全記録をビデオとテキストで公開していること。あまりに長時間で、内容は同じ質問が延々繰り返され退屈であるため、ビデオ視聴することはあまりお勧めできませんが、それでも気になる人は細かく検証ができるようになっています。

もうひとつは2024年1月31日に開催された「Big Tech and the Online Child Sexual Exploitation Crisis」(ビッグテックとオンラインでの子どもの性的搾取危機)で、こちらはX(旧Twitter)、TikTok、Snapchat、Meta、Discordの5人のCEOが出席をしました。こちらもビデオが公開されていますが、やはり4時間あり、内容は同じ質問の繰り返しで退屈です。

そこで、読者のみなさんの時間を節約するために、代わりに私が視聴をして、重要な部分を抜き出し、まとめました。公聴会では様々な論点の議論が行われていますので、それを整理します。

トランプ政権時代から始まったTikTok禁止への動き

米国のTikTok禁止への動きは4年前のトランプ政権から始まっていました。公聴会で、TikTokに対して投げかけられた問題は3つにまとめることができます。

  • (1)米国人の個人情報データが中国政府に流れているのではないか。
  • (2)TikTokは中国政府の影響下にあり、米国に対するプロパガンダ活動が行われる可能性があるのではないか。
  • (3)TikTokで配信される有害情報により、子どもたちの安全が脅かされている。なぜTikTokは有害情報をモデレート(適正化)しないのか。

まず、(1)の個人情報が中国政府に流れているのではないか、という疑惑については、公聴会の中でも質問が集中をしましたが、問題としては解決済みと言ってもかまいません。TikTok側はプロジェクトテキサスと呼ばれる対策をすでに始め、これが2023年内にも完了する予定です。これがTikTok側の主張どおりに行われば問題は完全に解決をします。

これまでTikTokは、米国の利用者から収集したさまざまなデータを米国とシンガポールのサーバーに蓄積してきました。これをテキサス州にあるオラクル社のサーバーに統合をします。データの移管が完了した後、シンガポールに蓄積されたデータは削除をされます。データの管理は米国企業であるオラクル社も関わることになるのです。

それだけはありません。データだけでなく、アルゴリズム部分についても、オラクル社のエンジニアのレビューを受けます。つまり、データ、アルゴリズムに両方にオラクル社の監査を受けることになります。これにより、TikTokは、米国のデータを米国内にとどめ、なおかつアルゴリズムの透明性も確保しようとしています。

公聴会でこの問題に関する質問が多かったのは、プロジェクトテキサスが適正に進められているかどうかを確認することと、手柄を立てたい議員が、プロジェクトテキサス以前の状況と(おそらく意図的に)混同をして、追求をしたからです。

例えば、「米国のデータを中国バイトダンスの社員が閲覧可能だった」と報道がいくつもありますが、それが米国市民の個人情報であったかどうかははっきりしません。TikTokが保有する匿名化されたマーケティングデータや運用に関する実績データであれば、親会社であるバイトダンスの従業員が閲覧することに何の問題もありません。公聴会では、このような混同をした厳しい質問が多数ありましたが、チューCEOは明確に否定をしています(というのは私の感じ方ですので、気になる方は議事録を確認してみてください)。

中国共産党に支配されているSNSTikTokだけ?

次に(2)と(3)のプロパガンダと有害情報の問題は不可分なところがあります。それは、中国政府が意図的に有害情報を削除せず、米国社会を混乱させようと企てているという見方があるからです。

しかし、公聴会でもたびたび問題になったように、米国側の体制にも問題があります。それは通信品位法第230条の問題です。これは、UGC(User Generated Contents)を配信するSNSのようなサービスに対して、プラットフォームは、1.第三者が発信する情報について責任を負わない、2.有害な情報に対する削除などの対応について責任を負わないという2つの免責事項を定めたものです。

この通信品違法が成立をしたのは1996年で、当時はXやFacebookのようなSNSはまだありませんでした。UGCの仲介プラットフォームは掲示板が中心だったのです。ちょうどITバブルの時代であり、掲示板の社会的影響も小さかったため、新しいIT産業を成長させるために制定されました。

これは過剰な保護でした。例えば、新聞テレビなどのマスメディアが、UGCである読者投稿、視聴者制作のビデオを配信し、その内容が誰かを傷つけたとしたら、プラットフォーマーである新聞社やテレビ局も責任を問われます。内容を制作したのは新聞社やテレビ局ではなくても、それを配信するかどうかを判断したのは新聞社やテレビ局だからです。

しかし、SNSでは投稿した内容が自動的に配信され、しかも大量です。すべてをチェックするには膨大な人手が必要になり現実的でないことから、通信品位法第230条という免責条項が生まれました。当時としては必要な法律でしたが、現代では有害な情報が大量に増え、しかもそれを検出する技術も進化をしています。この法律を改正して、プラットフォーマーに一定の責任を負わせるべきではないかという議論が進んでいます。

有害情報が配信されることが問題視されているのはTikTokだけではありません。X、Snapchat、Facebook、Discordなど他のSNSでも同じです。そのため、1月31日の公聴会は、5つのSNSのCEOに対して行われました。しかし、TikTokには他のSNSにはない特徴があります。ダン・クレンショー下院議員が公聴会でこう語っています。

「公平を期すために言うと、すべてのソーシャルメディア企業がそれ(注:有害情報を配信すること)を行うことができます。しかし、ここに違いがあります。中国共産党に支配されているのはTikTokだけなのです」。

米国人にとって共産主義は、異なる考え方というだけではなく、資本主義を破壊する敵に見えています。1950年代にはマッカーシズムと呼ばれる社会主義者、共産主義者の社会的な摘発運動が起こりました。共産主義的な考え方を持っているだけで職を追われる事態となり、喜劇王のチャーリー・チャップリンも審査対象になりました。文化人や知識人の中には、資本主義とは異なる社会主義や共産主義に興味を持ち研究をする人が多かったのです。

この運動は、現在はアメリカの黒歴史のひとつになっていますが、本質的な傾向は大きく変わっていません。米国の保守派にとって、中国共産党というのは反社会集団に見えているのです。ここを理解していないで、公聴会の議事録を読むと、その異常ぶりに驚くことになります。

これにより、公聴会では、TikTokが中国共産党の支配を受けていないかどうかについて、何度もしつこく質問されています。

トランプ氏の個人的な報復だった?米政府を提訴したTikTok

米国とTikTokの軋轢が起きたのは、2020年のドナルド・トランプ政権の時代です。同年8月6日、トランプ大統領は大統領令13942を発行し、TikTokとその親会社であるバイトダンスと米国企業、米国人の間のすべての取引を禁止するように商務長官に指示をしました。

大統領令は、議会を通さずに、大統領の権限で実行することができますが、当然反対する市民から訴訟を起こされることがあります。そのため、大統領令と言っても、トランプ大統領の好き放題にできるわけではなく、後の訴訟に耐えられるようにじゅうぶんな法的根拠が必要です。

トランプ大統領が根拠にしたのは、国際緊急経済権限法(International Emergency Economic Powers Act、IEEPA)です。これは、安全保障、外交、経済に関する異例で重大な脅威に対し、非常事態を宣言し、米国企業と個人がその脅威と経済的な取引をすることを禁じ、経済制裁をすることを目的にしたものです。主にテロリストや反社会集団に適用されます。これをTikTokに対して適用するというかなり無茶なものでした。TikTokは米国での経済活動ができなくなりますから事実上運営ができません。唯一の生き残る道は、米国企業への売却です。米国企業は経済制裁の対象ではないので運営が続けられます。

TikTokは、この大統領令には問題があると、トランプ政権を訴えました。IEEPAで禁止ができるのは金銭を伴う取引であって、金銭が介在しない個人的な交流や情報の交換は制限できません。つまり、TikTokが企業として収益を得ることはできなくても、投稿主が動画を投稿したり、ユーザーが視聴することは問題がなく、TikTokを運営禁止にすることはできないという主張です。この主張は裁判所に認められ、9月には大統領令の執行を猶予する予備禁止令を獲得しました。

また、TIkTokのプロダクトマネージャーであった米国人のパトリック・ライアン氏はユニークな訴訟をトランプ政権に対して起しました。この大統領令が執行されると、TikTokは従業員に給料を支払うことができなくなります。なぜなら、米国の企業や個人との金銭を伴う取引が禁止をされるからです。これは憲法修正第5条(何人も適正な法的手続きなしに財産や生命、自由を奪われてはならない)に反すると主張しました。

また、トランプ大統領の大統領令は、国益を守るためのものではなく、単なる個人的な報復にすぎないとも主張しました。

煽りの天才トランプ氏に対抗したリベラル主義者たち

このトランプ大統領の個人的な報復=タルサの報復は中国でもかなり知られたエピソードです。2020年6月19日、2期目をねらう現職のトランプ大統領候補は、オクラホマ州タルサ市で大規模な支援者集会を計画していました。

トランプ氏は、敵対する人を苛立たせる煽りに関しては天才的な人です。2016年の大統領選では、ローリングストーンズの『ブラウンシュガー(Brown Sugar)』をテーマソングに使っていました。もちろん、権利関係はきちんと処理をしているので使用することには何の問題もありません。

しかし、歌詞の内容が問題でした。ブラウンシュガーとは女性黒人奴隷の比喩で、その女性を凌辱する内容の歌詞なのです。そんなひどい内容の曲をストーンズはなぜ歌えるのか。彼らは無名の頃から米国黒人のリズム&ブルースの世界に憧れ、有名になってからはR&Bのアーティストのレコーディングに手弁当で参加するなど大きな貢献をしてきました。歌詞は確かに耳を塞ぎたくなるようなひどい内容ですが、ストーンズは黒人奴隷の悲惨な歴史を伝えるために歌っています。それは米国の黒人ブルースマンたちも認めています。

しかし、アメリカファーストを唱え、外国人排斥を主張するトランプ大統領がこの曲をテーマにすると、曲の内容がまったく違って聞こえてきます。黒人のつらい歴史を伝えるというよりも、黒人に対する暴力を肯定しているかのように聞こえるのです。

ストーンズは、この曲の使用をやめてもらえるようにトランプ候補陣営に伝えましたが、無視をされました。法的にはきちんと処理をされているため、ストーンズにも自分たちの音楽が歪んだ使われ方をするのを止めることはできなかったのです。

タルサの集会もそのような煽りがたっぷりのものでした。なぜなら6月19日は奴隷解放記念日だからです。しかもタルサでは、1921年に黒人の大量虐殺事件が起きるという悲しい歴史があり、6月19日には大規模な追悼集会が開かれます。その日に、決して大きくない町であるタルサで、トランプは大規模集会を開き、トランプ支持者が100万人集結すると豪語しました。

当時盛り上がっていた「Black Lives Matter運動」に参加するグループと、トランプ支持者がタルサで鉢合わせをします。しかも、当時は新型コロナの感染が拡大をしていた時期ですが、トランプ支持者はマスクもしないことで有名でした。

「我々は新型コロナなんか恐れない。マスクを強制されたり、外出を制限されることは個人の自由の侵害だ」と主張する人々です。タルサ市長は、不測の事態が起こりかねないとして、市民に当日は疎開を呼びかける事態にまでなりました。

さすがにトランプ陣営も問題が大きくなりすぎたと感じたのか、トランプ候補の100万人集会は翌日の6月20日に延期になりました。入場チケットは、スマートフォンから1人1枚、無料で入手することができます。チケットも100万枚がダウンロードされ、会場となっていた「オクラホマ銀行センターアリーナ」は2万人しか収容できないため、急増で屋外に4万人収容の会場を設営したほどです。

しかし、6月20日に集会が始まってみると、来場者はたったの6,200人だったのです。トランプ候補は大恥をかくことになりました。この状況を生み出したのは、メアリー・ジョー・ラウップさんというあるTikTokユーザーでした。ラウップさんはトランプ候補の集会に反対をし、TikTokで「チケットを取得して会場にはいかない」行動を呼びかけました。トランプを観客ゼロのステージに立たせて赤恥をかかせてやりましょうと訴えたのです。

この呼びかけに、米国のK-POPファン=通称K-POPスタンと呼ばれる人たちが反応をしました。K-POPスタンたちは、ユーチューブのK-POPの動画をスクリプトなどで連続再生して、再生回数を水増しすることに慣れています。彼ら・彼女らはそのテクニックを駆使して、トランプ候補のサイトから集会チケットを大量に多重取得したようです。

これは、ネットでも語り草の面白い事件ですが、トランプ候補の視点で見ると、危うげな要素が見えてきます。トランプ候補の発言や行動はともかく、アメリカの国益を優先し、「Great America Again」をスローガンにしている保守主義者で、ご自身の主観では、自分ほどアメリカの国益を考えている人間はいないと思われているのだと思います。それが、中国生まれのSNSで、韓国音楽のファンや移民の権利を守ろうとするリベラル主義者たちが結託をして、偉大なアメリカ復活運動の妨害をしたのです。これは問題だと思ったのではないでしょうか。

しかも、トランプ大統領は、新型コロナウイルスのことを「チャイナ・バイラス」と呼び続け、中国政府に賠償金を支払わせると言い続けてきました。中国政府が裏にいて、選挙運動の妨害工作をしたのだとまで疑ったかもしれません。つまり、トランプ候補の視点では、敵対的外国勢力の政治介入なのです。この件に、中国政府が関わっていたとは思えませんが、関わろうと思えば関わることができる構造は確かに問題があります。

問題は米国内が中国によって歪められる危険性があること

トランプ大統領の大統領令は停止をされ、バイデン政権になって撤回をされましたが、TikTokはこのような懸念を払拭する説明をする必要があります。

バイデン政権は、そこまでTikTokを危険視はしていませんが、防御はしておくべきだと考え、2022年に連邦職員が政府支給のデバイスにTikTokを入れることを禁止する法律を執行しました。さらに39の州もこれに倣い、政府支給のデバイスでのTikTok使用を禁止しました。

最も積極的なモンタナ州では、年内にこの禁止令を連邦職員から市民にまで広げます。つまり、普通の市民もTikTokを使うことができなくなるのです。ただし、裁判所によって憲法が定める修正第1条=言論の自由に反する可能性を指摘され、実行は延期をされています。

しかし、すでにモンタナ州では異常なほどVPNが使われるようになっています。いつ禁止になっても、VPNを使って州外にいることに偽装してTikTokを使うためです。つまり、TikTokが問題にされているのは、個人情報が中国に渡る問題よりも、国内の言論が中国によって歪められる危険性に対するものの方が強いのです。

また、TikTokに好意的なリベラル派も、TikTokの有害情報を子どもたちが見て、危険な目に合っていることを問題視しています。有名なのはTikTokで流行したブラックアウトチャレンジで、これは自分の首を絞めて失神するところを撮影してアップするというものです。2021年から2022年にかけて、少なくとも15人以上のローティーンがこのチャレンジで死亡していると報道されています。

このような点が、2回の公聴会では追求をされました。2023年3月23日の公聴会は、5時間以上にも及ぶもので、複数回質問した人を含め述べ54人の議員が、1人5分の持ち時間で、チューCEOに質問をしていくというものです。途中、休憩は1回だけで、チューCEOも相当に疲労したのではないかと思います。

しかし、チューCEOにあぶら汗をかかせるような鋭い質問は見あたりません。議員というのはどこの国でも同じなのかもしれませんが、TikTokに何かを約束させるとか、新たな事実を引き出すという成果よりも、自分がいかにTikTokを攻めたてたかを、地元の有権者に印象付けることの方がはるかに重要なようです。そのため、姑息な攻撃をしている人が多いのです。

典型的なのは、説明をしなければ答えられない問いをして、「答えはイエスかノーか」と迫るものです。公聴会での虚偽の答弁は刑事責任を負うことになりますから、イエスと答えてもノーと答えても、厳密には誤りになるような質問をするというのは、基本的なテクニックになっているようです。

牧野武文

ITジャーナリスト。著書に「Googleの正体」「論語なう」「任天堂ノスタルジー横井軍平とその時代」など。
 
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