誤解です! 冷水浴法には医療資格者が必要なの?

雑感

※この雑感カテゴリーのページはP-PEC公式ページの管理人が日々の雑感を綴ったページです。
個人的な思いや私見が多分に含まれた雑感ブログページですので予めご了承下さい。

2024/4/27

近年、社会をあげて熱中症被害の軽減に取り組む中、熱中症の応急処置においては「冷水に全身を浸ける」事が最も体温低下率が高く救命効果があがる事が一般にも広く知られてきました。

アメリカのスポーツ科学研究所であるKSIの所長がNHKでその救命率は100%であると断言していますし、文部科学省スポーツ庁、日本スポーツ協会はじめ熱中症の被害を予防する情報告知の中では、例外なく「冷水浴法」が最も救命率が高く推奨されるとしています。

しかし、冷水浴法の原点であるCWI(コールドウォーターイマ-ジョン)が米国で提唱され、幾多の研究や論文が発表され日本でも注目されるようになってから15年以上も経ちますが、日本ではなかなか冷水浴法は広まりません。
かつては熱中症死亡事故が発生した学校の校長がWBGTの計測器等を設置していなかった事で、裁判を起こされ敗訴した事例もあります。冷水浴法が有効な救命手段である事が世間に熟知されてきている以上、今後はアイスバスなどの準備を怠たれば管理者責任を問われる事も考えられます。
そうならないよう正しい認識を確認しておいてください。

冷水浴法が普及しない原因は2つ

1.機材の準備が大変である事
2.日本では冷水浴法は医療行為であるという誤解です。

今回は2番目の誤解について解説してみたいと思います
  エビデンスについては文末に列記しますので必ず最後までご覧ください

まず最初に冷水浴法は医療行為ではありません・誰が行っても良いのです!
医療行為となるのは冷水浴法の効果を最大限にする為に、直腸温をモニターしながら行う場合、この直腸温測定が医療行為なのであって、水槽に浸水する事自体は問題ありません!
熱中症からの救命の為に全身を水槽に浸ける行為はなんら法律に触れる事でもないのです。
医師法第17条

元々熱中症の発生した現場に直腸温を測定する専用の温度計がある場合は皆無に近い訳ですし、熱中症が発生したら、すぐに全身を冷水に浸けて冷却すれば良いだけの事なのです。

ではなぜ、医療者が居ないと冷水浴法はダメだと誤解するのか?

前述の通り、冷水浴法は熱中症から命を救うために最も優れた手段である事は誰しもが認めるところで最も推奨されると紹介されます。そして冷水浴法が最も効果的に行えるのは水槽の準備があり医療者が直腸温をモニターしながら患者を冷水に浸けて深部体温が38℃台になったらすぐに水から引き上げる事が最大の冷水浴法の効果であるとの説明があり、その説明に続いて「もしそのような準備ができなければ水道水散布法が次に推奨される」という順番になっています。
ここで言う「そのような準備」とは?
水槽の準備が無い場合、医療者が居ない場合、深部体温計が無い場合、このどれか一つではなく、すべてが無い場合だと理解できない人が多いのです。
たとえ医療者が居なくても、水槽があれば冷水に患者を浸けるべきであり、その事は「深部体温を測る事が出来なくても冷却を躊躇すべきではなく、寒いというまで冷やす」などの様に但し書きされている事でも理解できます。
同様に考えると医療者が居て、直腸温が計測できる温度計が無い場合、水槽があればやはり浸水して冷却すべきなのです。
ところが、多くの人は冷水浴法は準備も大変そうだし、なんだか医療者が必要みたいなこと書いてるし、水道水散布ならできそうだからそれでいいや!と安易な判断をするわけです。
更には、直腸温の測定が医療行為である事を知ると、冷水浴法と直腸温測定はセットで行うものだと混同して決めつけ、「冷水浴法は医療行為だから医療者が居ないとできない」と
全くのデタラメ人に吹聴したりするわけです。
人の命がかかっているのに、どうしてもう少し前向きに正確に考える事が出来ないのでしょうか?

この傾向はある程度知識があって責任ある立場の人にも多いので更に困ってしまいます。
尊い命を無駄にしない為にも安易な理解で救命の可能性を低下させるような言動は避けて頂きたいものです。

ここでもう一度、冷水浴法の救命の為のステップについて考えてみます

1.水槽があり、医療者が居て、直腸温(深部体温)が測定できる場合
      全身を浸水して直腸温をモニターしながら冷水浴法による応急処置を行います
      深部体温が38℃台に達したところで冷却を中止します

2.水槽はあるが、医療者又は直腸温の測定の準備が無い場合
     躊躇なく浸水して冷水浴法による応急処置を行います
     寒いというまで冷やします
     同時に救急要請をして救急隊に引き継ぐ事を前提とします

3.水槽の準備が無く物理的に冷水浴法が出来ない場合
     水道水散布法により全身に水をかけます
     但し、直射日光の当たる場所は寝かせる路面が高温になっているので不可

冷水浴法が熱中症からの救命には最善であるが、その準備が無い場合には次に水道水散布法等が推奨されるという記述は上記の3番になってやっと生きてくるのであり、多くの人は折角救命率の高い冷水浴法を行えるケースの2番目の条件を飛ばしてしまっているのです。

以下に冷水浴法が熱中症の救命については最善の方法であると記述している信頼できる機関の告知URLをエビデンスとして記載しました。表記されている文面を熟読いただくと直腸温の測定ができなくても冷水浴法を行うべきという方向性に主張が変わって来ている事が理解できると思います。
また従来は太い血管の冷却が最も有効等という間違った情報もありましたが、そのような情報の訂正と共に冷水浴法には直腸温モニターが必ずセットであるという誤った認識にも触れない表現が大半となっています。

本投稿の参考文献と学術的エビデンスについて

日本スポーツ協会

まず最初に日本スポーツ協会が出している熱中症を防ごうという情報の11ページに「熱射病が疑われる場合の身体冷却法」という項目があります、その中では冷水浴法が最善の方法であり、下記に引用したように直腸温が測定できない場合は寒いというまで冷やすと明記されています。

日本スポーツ協会トップページ>スポーツ医・科学研究>熱中症を防ごう>熱射病が疑われる場合の身体冷却法
https://www.japan-sports.or.jp/Portals/0/data/supoken/doc/heatstroke/heatstroke_0531.pdf

現場での体温測定としては、「直腸温」が唯一信頼できる測定です。熱射病の診断(>40℃)にも、身体冷却中のモニタリングにも有用であり、直腸温が約39℃となるまで冷却します。ただし、直腸温の測定ができない場合でも、熱射病が疑われる場合には身体冷却を躊躇すべきではなく、その場合には「寒い」というまで冷却します。運動時の熱射病の救命は、いかに速く(約30分以内に)体温を40℃以下に下げることができるかにかかります。現場で可能な方法を組み合わせて冷却を開始し、救急隊の到着を待ってください。

文部科学

次に文科省の「学校における熱中症対策ガイドライン作成の手引き」の中では水道水散布法が推奨されるとの記述がありますが、続いて「詳しくは公益財団法人日本スポーツ協会の啓発動画をご覧下さい。」とリンクが張ってあります。
その日本スポーツ協会の動画の中では中京大学の松本教授がはっきりと、冷水浴法が最善であり直腸温が測定できない場合でも身体冷却を躊躇してはならないと仰っています。
つまり、さらっと見ただけでは学校では水道水散布法を採用すれば良いのだと錯覚してしまいます。松本教授の言葉は動画の終了間際ですので前半は飛ばしてご覧頂いても良いと思います。

文部科学省 「学校における熱中症対策ガイドライン作成の手引き」の作成について
学校における熱中症対策ガイドライン作成の手引き(概要版)
https://www.mext.go.jp/content/210528-mxt_kyousei01-000015427_01.pdf

9ページ目 第6章 熱中症発生時の対応 
意識障害が疑われる重症の場合、現場ですぐに体を冷やす必要があります。学校や一般のスポーツ現場では、水道につないだホースで全身に水をかけ続ける「水道水散布法」が推奨されています。詳しくは公益財団法人日本スポーツ協会の啓発動画をご覧下さい。
https://www.youtube.com/watch?v=g2FZVArhb48

環境省

次に環境省の熱中症予防情報サイトの中の冷水浴法に関する記述ですが下のマーカー部分ので冷水浴法は最も救命率が高いが「必ず医療者を配置して実施して下さい」と書いており、この一文を捉えて冷水浴法には法的に医療者が必要だと誤解した人が多いと思われます。この熱中症予防情報サイトは2022年版ですが、何年も前から少しづつ訂正されて使いまわされており、かなり古い認識の時に書かれたものだと思われます。実際には法的根拠も説得力も無く、現在では専門家の間でも直腸温が測定できなくとも冷水浴法を採用するとなっているコンセンサスからも外れるものです。
更にこの環境省の予防情報サイトには付録として環境省が専門家の意見を動画にして作成したものが添付されているのですが、引用文中の付録2の動画では横浜国立大学の田中教授が冷水浴法での救命が最も有効である旨を説明していますし、注意点として溺水には触れていますが直腸温をモニターしながら行うとは一切言及していません。

環境省
熱中症予防情報サイト
熱中症を疑ったときには何をするべきか [PDF 889KB] (3~4統合)
https://www.wbgt.env.go.jp/pdf/manual/heatillness_manual_2-3_2-4.pdf

<意識障害があるなど、Ⅲ度(重症(熱射病))の場合の対処>
【労作性の場合】
 ・スポーツや労働の場での労作性熱射病(何らかの意識障害)が疑われる場合は、全身を氷水(冷水)に浸ける「氷水浴/冷水浴法」が最も体温低下率が高く、救命につながることが知られていますが、必ず医療有資格者を事前に配置し、直腸温を継続的にモニターできる人的・物的環境が整った状況で実施して下さい。そのような準備がない場合には、水道につないだホースで全身に水をかけ続ける「水道水散布法」が推奨されます。
 ・冷却はできるだけ早く行う必要があります。重症者を救命できるかどうかは、いかに早く体温を下げることができるかにかかっています。
 ・救急車を要請する場合も、その到着前から冷却を開始することが必要です。

付録2.「部活動中の熱中症対策」:熱中症発生時・現場でできる対応例
https://www.youtube.com/watch?v=h0VXjmOL-Ew

スポーツ庁

文科省スポーツ庁の熱中症対策動画でも冷水浴法を最も有効と推奨し、直腸温の測定には触れていません。

出典:スポーツ庁YouTubeチャンネル

NHKの冷水浴法の推奨について

NHKでの熱中症特集でもアイスバスによる応急処置を紹介実演していますが、動画の中では直腸温は測定していませんし、コンテンツの文章の中でも本来なら直腸温を測定すべきとの表現にとどめています。


下段のリンクのNHKのコンテンツの中で以下に引用した文章があり、過冷却、つまりアフタードロップを懸念しています。しかし現時点での最先端の専門家のコンセンサスでは救急隊に引き継ぐ事を前提に冷水浴法を行うのがベストとなっています。
起こるかもしれないアフタードロップによる低体温症を心配するよりも、既に高体温になっている熱中症の体を冷やさないと命を落とすか、重い後遺障害が残る為です。
大幅に救命の確率が上がる事が分かっていながら、効率の悪い冷却方法を選択する理由はありません。
心肺停止時に行うCPR(胸骨圧迫)で肋骨が折れたらどうする?という問題と同じです。

また冷水浴法というと大量の氷の中に患者を氷漬けにするようなイメージを抱かれる方も多いでしょうが、冷水浴法は浸漬法とも言い、水の中に浸ける事で広い面積を冷やせる事が最大のメリットです。氷も水温を調整できる程度で十分ですので凍え死ぬのでは?というような怖いイメージ持つ必要はありません。
どうしても低体温症が気になる場合は、水温を20℃以上に調整する等してアフタードロップのリスクを大幅に減らしても、尚且つ水道水散布法よりも遥かに高い冷却効果を得る事ができる事を覚えて置いてください。

アイスバスは高い冷却効果がありますが、難しさもあります。
設備を整えるハードルに加え、体を冷やしすぎる“過冷却”のおそれもあるため、本来は「直腸温度計」を用いて深部体温を測りながら行うなど、専門性を持った人が行う必要があります。アメリカでは多くの高校でアイスバスの導入が進んでいますが、「アスレティックトレーナー」が学校に配置されていることも背景にあります。

この下に同じリンク画像が二つありますが、上のリンクは冷水浴法の動画を1分程度で紹介、下のリンクはNHKのコンテンツ記事全体です。

ここまで、なぜ冷水浴法に医療者が必要と誤解されるのかについて直腸温の測定が原因だと書きましたが、確かに冷水浴法による救命を最も確実にする為には、直腸温度のモニターが必要です。
最悪の事態に陥った患者の深部体温を一秒でも早く下げる為には2℃~5℃という極低温の水に浸けるのが効果的なのですが、この場合アフタードロップと言って体温が下がり続ける現象が起き低体温症になる危険があるため、これ以上の冷却は必要ないという部分を見極める事や患者の状態を把握する為に直腸温の測定が有効に働きます。
しかし、まだ起こっていないアフタードロップを危惧して既に高体温で生命の危機に晒されている患者の冷却を行わない事は本末転倒であり、例え直腸温が測定できなくても冷水浴法による冷却は躊躇されるべきではないというのが現在のコンセンサスです。
熱中症の発生現場においては直腸温を測定できる条件が整っている方が稀であり、大多数の現場では水槽のみがある状態です。
そこで、研究者たちは以下の論文のように冷水浴法による冷却の水温と浸漬時間を元に、安全に冷却する方法も探っています。

学術論文
コネチカット大学 ダグラス・J・カサ氏による論文
直腸温が利用できない場合の労作性熱中症の現場治療における推奨水浸漬時間
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37552243/


一般の人が応急処置を行う際の水温の考え方についてはP-PEC公式ページの以下の記事に明記していますのでご参考になさってください。