古代の七不思議「オリンピアのゼウス像」の謎とは?

古代の七不思議の1つに数えられる「オリンピアのゼウス像」をご存じでしょうか?「オリンピアのゼウス像」はかつゼウス神殿にあったとされる約12メートルもの巨像です。今回のミステリーは世界の七不思議の1つに数えられる「オリンピアのゼウス像」の謎について迫りたいと思います。「オリンピアのゼウス像」の製作者とは?絢爛豪華な「オリンピアのゼウス像」って!?そして長年解明されていない「オリンピアのゼウス像」の製作の謎や「オリンピアのゼウス像」の行方について迫ります!

オリンピアのゼウス像

「オリンピアのゼウス像」は、紀元前435年に彫刻家「ペイディアス」によって建造されました。紀元前5世紀頃に、オリンピアにゼウス神殿が建造され「ゼウス像」はこの神殿の収められていました。神殿の通路の幅とほぼ同じ程の全幅であったとされ、座像でありながら、全長は約12メートルもあったとされている巨像です。

地理学者ストラボンがこの「オリンピアのゼウス像」を見て「もし、ゼウス像が立ち上がったら、屋根を突き抜けてしまうだろう」という記述が残っています。天空神ゼウスの彫像で古代オリンピックで奉納競技の本尊であったと云われており、古代の世界七不思議の1つに数えられています。現在は「オリンピアのゼウス像」があったとされる台座部分の痕跡が残っているのみです。

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製作者

「オリンピアのゼウス像」の製作者について、当時ギリシャで天才彫刻家といわれた[フェイディアス]という人物が製作したとされ紀元前456年頃に、およそ10年という歳月をかけて制作されたと云われています。1958年に、「オリンピアのゼウス像」の製作工房が発見されています。

フェイディアス

「フェイディアス」は「オリンピアのゼウス像」を製作したとされる人物で、紀元前490年~紀元前430年頃にアテナイで生まれたとされる。古代ギリシャの彫刻家です。「フェイディアス」は当時ギリシャで天才彫刻家と呼ばれていました。また、紀元前477年に建設されたパルテノン神殿において総監督を務めたとされています。「アテナ・パルテノス立像」を製作し、神殿の装飾彫刻を指揮したとされています。しかしながら、当時は神殿建築の建造監督官も1年任期で交代していたので、総監督を務めたとされるのは史実と違うという説もある。そして総監督として絶大な権限を持つ者がいたかどうか疑問であると指摘されています。史料上でも碑文に「フェイディアス」の名前は記されていません。彼の製作した彫刻はこの他に「アテナ・プロマコス」「アテナ・レムニア」など「オリンピアのゼウス像」以外でも有名です。しかし、現存するのは「アテナ・レムニア」のレプリカのみとなっています。彼の生涯については諸説あります。「アテナ・パルテノス」の材料を着服し投獄され獄中死した説、紀元前438年アテネで死去した説、「オリンピアのゼウス像」を制作後に死去した説など諸説ありはっきりと分かっていません。

フェイディアスの伝説

天才彫刻家「フェイディアス」には伝説があります。それは、ゼウス像が完成した後、彼は神ゼウスにこの像で満足しているか?神自身が満足していればしるしが欲しいと願ったといいます。すると突如として、空から雷が落ち地面に穴が開きました。それがしるしであると共にゼウスは満足している事を意味する。穴が開いていたしるしの場所には青銅の壺が立っておりしるしの場所を覆っていました。

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絢爛豪華なオリンピアのゼウス像

「オリンピアのゼウス像」は絢爛豪華であったと云われています。美しさと素材の豪華さが古代とはおもえない程、クオリティーが高い。ローマの将軍「ルキウス・アエミリウス・パウルス・マケドニクス」が絢爛豪華な「オリンピアのゼウス像」見物し、あまりの神々しさに強い畏敬の念を感じたと云われています。約12メートルもの巨像を装飾された絢爛豪華な「オリンピアのゼウス像」ここで「オリンピアのゼウス像」がどれだけ絢爛豪華であったのかを紹介していきます。

オリンピアのゼウス像 本体

「オリンピアのゼウス像」の本体は杉で作られており、表面は象牙で覆われていました。玉座の前にはオリーブ油が入ったプールが保管されていました。このオリーブ油は湿気や乾燥を防ぐ為に、常に油が塗られた状態でした。

オリンピアのゼウス像 頭

「オリンピアのゼウス像」の頭にはオリーブの芽を模した花輪が装飾されていました。

オリンピアのゼウス像 台座

「オリンピアのゼウス像」が座っている座席には金、象牙、黒檀、宝石など飾られていました。

オリンピアのゼウス像の右手

「オリンピアのゼウス像」の右手には勝利の女神ニケの彫像を持っていました。

勝利の女神 ニケ

勝利の女神ニケとはギリシア神話に登場する女神です。 ギリシア語で「勝利」を意味しています。ゼロス(競争心)、クラトス(権力)、ビア(腕力)などの姉妹がいます。因みにナイキの名前の由来になっています。

オリンピアのゼウス像 左手

「オリンピアのゼウス像」の左手は、鷲が止まった錫杖を持っていました。

オリンピアのゼウス像 足

「オリンピアのゼウス像」の足は黄金のサンダルを履いていたと云われています。

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オリンピアのゼウス像の謎

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製作の謎

「オリンピアのゼウス像」の謎について、「オリンピアのゼウス像」の謎に製作の謎があります。「オリンピアのゼウス像」は製作工程が謎でありどうやって製作したのか謎のままでした。しかし、1958年に「オリンピアのゼウス像」が製作された工房跡が発見されました。これにより、製作工程の謎が解明されるかに思われたが、公開されることはなく現状は謎のままです。

オリンピアのゼウス像の行方

「オリンピアのゼウス像」の謎について、「オリンピアのゼウス像」の謎で最もミステリーなのは「オリンピアのゼウス像」の行方です。

「オリンピアのゼウス像」の建造からおよそ800年後の394年、キリスト教の信仰が拡大しギリシャ神話の信仰が異教と見なされていまい、信仰や崇拝が禁じられてしまいます。

そして、次々と神殿も焼かれてしまいました。そこで「オリンピアのゼウス像」はコンスタンティノプールに移送される事となります。しかしながら、移送したその後の「オリンピアのゼウス像」は行方が分からないまま謎となっています。

火災で焼失!?

「オリンピアのゼウス像」の行方について最も有力となっているのは火災によって焼失してしまったという説です。

全長12メートルもの巨像が戦乱に巻き込まれた場合、移送するのは不可能です。また火災の場合も同様であり何らかの理由で焼失した可能性は高いと考えられます。

実は存在していない!?

「オリンピアのゼウス像」の行方について「オリンピアのゼウス像」そのものが実は存在してなかったという説です。

全長12メートルもの巨像が10年の歳月をかけ完成させたと云われています。しかしながら、「オリンピアのゼウス像」の製作過程が謎となっていることや当時の資料が少ないという点から実は「オリンピアのゼウス像」は存在してなかったという説もあります。

個人的には「オリンピアのゼウス像」の事細かい記述が残っているので、存在してほしいと思います。

神の怒り!?

「オリンピアのゼウス像」の行方についての伝説があります。ローマの将軍ガイウス・シーザー、彼は「オリンピアのゼウス像」をローマに移送し、頭を自分の像と取り替えたいと考えていた。

しかし、移送する船は落雷で沈没、空から大きな笑い声が聞こえてきたという。「オリンピアのゼウス像」の撤去をしようとし神の怒りに触れたという伝説があります。

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古代の七不思議「オリンピアのゼウス像」の謎とは?

世界の七不思議とされる「オリンピアのゼウス像」全長12メートルにもなる巨大な像はいったい何処へいったのでしょうか?どうやって製作したのでしょうか?

科学が進歩していきいずれ「オリンピアのゼウス像」の謎は解明される日がくるといいですね。

歴史のミステリーは深い…。古代のロマンが詰まった「オリンピアのゼウス像」に想いを馳せてみてはいかかでしょうか?