アラフィフのまりもです*(^-^)


サラリーマン家庭に育ち、自営業の人とはご縁がないはずだった!?まりもは会社経営者と結婚し、想定外にダウン症児の母となりました。

そんなまりもの プロフィール をぜひお読みくださいキラキラ


と、その前に🎵

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前回は、逃亡劇にまで発展した!?

まりもの思い違いから経験した

だいぶ痛い過去をさらけ出しました。

モンスターに見えた当時の彼にも

深い傷があり、その傷を修復することは

出来ませんでした。

そのお話しはこちら です。


  逃亡の後、、

身の回りの大切な物だけを

詰め込んで実家にたどり着いた私。


弟たちに、それまでの私がどれだけおかしなことをやっていたかを問いただされ(正論です)

当たり前ですが、実家にも居場所はありませんでした。


それに、実家を知られていたので

茂原に住む祖父の家に身を置くことになったのです。


私は祖父にとって初孫でした。

祖父は住み込みの管理人をしていて

私の祖父母の家は管理人室だったのです。


現在SECOMの独身寮の片隅が祖父母の住まい。


たくさんの想い出がありましたが

今は取り壊されています。


祖父母は定年後

末娘(私の母の一番下の妹)にお婿さんを取り

千葉県の印旛郡というところに

家を買いました。


祖母が認知症になったことで

お婿さんと折り合いが悪くなり

茂原に小さなおうちを買い

祖母と二人暮らしをすることになったのです。


祖母は、既に亡くなり

一人住まいをしていました。


茂原には行ったこともなかったけど

祖父の小さなおうちは

時間が昭和にすっかり巻き戻ったような

そんな印象でした。


  初孫と35年を経た二人暮らし

祖父の家には

「小さいおじいちゃん」

と呼びたくなるような

ご近所の可愛らしいおじいちゃんが

毎日やって来て、野菜をくれたり

お茶をしたり、笑いあったりしていました。


私は、そんな二人の姿に癒されながら

ご飯を作ったり一緒に買い物に出かけたりしていました。


祖父は立派な「ツルっとした頭」でしたが

「まりも、後頭部のあたりを刈ってくれないか?」

と、バリカンを当てたりもしました。


祖父は、私の至らぬ東京での出来事や

なぜ結婚もせずに居ること

これからどうするんだ?


などの一切を聞きませんでした。


ただただ、二人で

朝ごはんを食べ

昼ごはんを食べ

夕飯を食べ


洗濯や掃除などは私がその時していましたが

それ以上の要望もなく。

本当にシンプルに「孫と暮らす」

そんな感じでした。


祖父は老人会のお友達が多かったし

私は休職中の身。

祖父はお出かけすることもあれば

庭で野菜を育てていたりする。


私はと言えば

某保険会社に事情を包み隠さず話していて

クビになるならそれも仕方ないと

思っていましたが

休職扱いにするから戻って来なさい

と言ってもらっていました。


祖父の身の回りのことを済ませると

やることがないw


日中はとにかくたくさん歩いていました。

これまでを振り返りながら。

何をどうこじらせたのか

一つ一つ

思い返しながら。


髪をばっさり切ったり

本を読んだり。


誰とも連絡することなく。


ひたすら自分を見つめ直した日々。


周りは田んぼに囲まれていて

夜、お風呂に入っていると

蛙の大合唱が聞こえます。


その大合唱は

リズムから旋律のようになり

私は音楽を聴いているような心地になりました。


一つ一つのわだかまりが

思い悩んだことが

後悔が

音楽と共に流されていくような

そんな日々を送りました。


時折、夢の中に祖母が現れ

「まりもちゃん」

と、祖母の声そのままに聞こえることもあり。


そうして

私は3ヵ月余り、祖父と二人暮らしをしながら

次第に元気と正常を取り戻していきました。


  まりも、復職する

休職してもいいから戻って来なさい

と言ってもらえた某保険会社に復帰する時が来ました。


もう残業を禁止する彼も居ません。

残業がよいんじゃないですけどてへぺろ


とにかく思う存分仕事をしよう!

そんな気持ちで会社に戻りましたが

住まいは生まれ育った千葉県船橋市に引っ越しをしました。


満員電車に乗っても

通勤に1時間少しかかってもいいやって思ったのです。


携帯も新しく変えて

連絡先は一切なくなってしまったので

実家で卒業アルバムを見ながら

同級生に連絡しました。

あの頃は個人情報とか厳しくなかったから

卒業アルバムにはみんなの連絡先が載ってた時代ですね✨


今も心変わらず付き合っている

仲間と再会出来たのです。


そのことは本当に嬉しかった。

例えようのない。

空白の時代を埋めて

再出発出来るだけの

まりも人生最大のきっかけだったと思います。


  こじらせOLまりもの再出発

千葉県は船橋市から新宿都庁前まで通う日々。

通勤時間などまったくもって苦にもなりませんでした。


それだけ私は

働くことへの希望を叶えたと思えたし

なんと言っても

旧友との再会、仕事仲間との再会。


控え目に言っても

人生で一番最高!!!

な気分でした。


その後、仕事では少し役職らしいものもいただき

時給も過去最高に上がったんです。


その後、現在の夫と出逢うことになります。


この時にはまだ半分くらいしか

気付いていませんでしたが

自分の人生の操縦ほど大切なものはありません。


誰かに預けちゃいけないんです!!


結局、自分ごとに責任を取るのは自分で。


選択権も自分にしかない。


私はそれまで

結婚狂奏曲のように

誰かに幸せにしてもらおう

これこそが間違いだったことを

思い知らされます。


次回は、現在の夫と出逢い

そこから学んだこと

あなたがもし迷うことがあれば

その迷いに対する答えは!?

どこにあるのか

お話ししたいと思います照れ


最後までお読みいただき

ありがとうございました💫


まりもが人生のリターンを迎えた

大切な出来事の一部をお伝えさせていただきました。

あなたにも必ずと言っていいほど

人生のリターンポイントってありませんか?


お読みいただいているあなたが

アラフィフなら

なおのことかな?と思います。


人と比べることでもなく

あなたの人生の主役は間違いなくあなたしか居ません。

あなたのリターンポイントもまた

あなたにしか体験出来ないものだと感じています。


そのことに気付いていただけたらと思いながら

物語を綴らせていただきました愛


次回もお楽しみに気づき



自分の人生

主導権握ってますか~?

あなたの人生です!

もし迷子になっているあなた

大丈夫です!

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特に!自分の人生の主導権を握るコツ!!

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