なぜBAKE(ベイク)は勝ち筋の戦略を捨てても、成長できるのか

なぜ「BAKE」は勝ち筋の戦略を捨てても、成長できるのか

コロナ禍で企業戦略の変更を余儀なくされた会社は多い。

チーズタルトやアップルパイ、バターサンドなどの商品を展開する株式会社BAKE(以下、BAKE)もその一つだ。

一時売上は9割減と大打撃を受けたものの、これまでの「勝ち筋」としてきた戦略を見直し、新たなマーケティング戦略をとることで、大幅な店舗数削減をせずに、売上をコロナ前の8割まで回復させてきた。

BAKEはなぜ危機的状況を打開できたのか。その要因は「ECサイト活用による複数ブランドの展開」と「コーポレートアイデンティティの再構築」にある。

BAKE創業時は、1ブランド1プロダクト、工房一体型店舗、ITスタートアップ的発想が成功の要因でした。


コロナ禍で1ブランド1プロダクトの戦略を転換させ、複数商品や複数ブランドを複合的に展開させるようになりました。大きな転換を組織として受容して実行できているのは、コーポレートアイデンティティを再構築したことが影響していると考えます。

本記事では、BAKEの沿革と創業時の勝ち筋、コロナ禍での転換についてレポートする。

外部環境や会社のフェーズが変わっても成長し続けるために必要なことは何か。そのヒントとなれば幸いだ。

1.BAKEとは

ー会社概要ー
名称:株式会社BAKE
創業:2013年4月16日
創業者:長沼真太郎
代表者:代表取締役社長CEO 山田純平
資本金:1億円
店舗数:88店舗(国内69店舗・海外19店舗)※2023年9月末時点
従業員数:967人(アルバイトスタッフ含む)※2023年9月末時点
事業内容:菓子の製造・販売、ECサイト運営、WEBメディア運営
本社(サポートセンター):東京都港区白金台3-19-1 興和白金台ビル
北海道工場:北海道札幌市白石区本通17丁目北3-10

BAKEは2013年に創業した、菓子の製造・販売を主に行っている会社である。

現在7ブランドを展開し、創業時から人気の「BAKE CHEESE TART(ベイク チーズタルト)」を中心に、駅ナカやショッピングセンターで店舗を拡大してきた。

また、「PRESS BUTTER SAND(プレスバターサンド)」は百貨店や駅・空港で販売され、年間1000万個以上も売れた大ヒット商品だ。

BAKEという会社名を知らなくても、こういった店舗の名前やロゴに見覚えがある方は多いのではないだろうか。

BAKEは、北海道・札幌の老舗洋菓子店「きのとや」の創業者である長沼昭夫氏の長男、長沼真太郎氏が、「きのとや」での経験を経て創業した会社だ。

創業当初は、「click on cake」という、デコレーションケーキをオンライン販売するサービスの運営を事業としていた。その後、写真がプリントされた「写真ケーキ」を簡単に注文できるアプリ「PICT CAKE」を開発し、これがヒットとなった。

ルミネエスト新宿に「BAKE by kinotoya」をオープンし、「きのとや」のチーズタルトをベースにした、「ベイク チーズタルト」の販売を始め、2014年には、シュークリーム専門店「CROQUANT CHOU ZAKUZAKU(クロッカンシュー ザクザク)」を、2016年にはアップルパイ専門店「RINGO(リンゴ)」をオープンさせた。

「ベイク チーズタルト」が、シンガポールや台湾といった海外も含め、25店舗まで拡大したことを機に、北海道に自社工場を建設。それまで「きのとや工場」で行っていた製品の一部を自社で行うようになった。

2017年にバターサンド専門店「プレスバターサンド」をスタートすると、発売開始から数年で年間1000万個を販売する人気ブランドに成長。

同年、投資ファンドのポラリス・キャピタル・グループが株式の大半を買収し、長沼氏は株式を売却。上場にむけた組織づくりとして、西尾氏へ社長を交代し、会長として経営に携わることになった。

2018年7月に西尾氏から門田氏へ社長が交代、8月には名誉会長職を務めていた長沼氏も経営を離れた。
そして、2020年に、現在も代表を務める山田氏が社長に就任した。

2. 創業時の成功要因

創業から4年足らずで40店舗まで拡大、従業員は1000人を超え、売上は百数十億円規模という急拡大を遂げた成功要因はなんだったのか。

主な成功要因は、3つある。それが、「1ブランド1プロダクト戦略」、「工房一体型店舗」、「ITスタートアップ的発想」である。

「1ブランド1プロダクト戦略」

「チーズタルト専門店ではチーズタルトしか売らない」というように、各ブランドを専門店としてきた。さらに扱う商品数も1種類~2種類と絞っている。

この戦略には3つの利点がある。

1つ目の利点は、コストを抑えながらも、高品質の商品が開発できることだ。

BAKEには「おいしさの3原則」がある。

  1. よい原材料を使い
  2. 手間をかけて
  3. 最良の状態で提供する

「おいしさの3原則」にこだわり、「8割の人においしいといわれる『8割主義』」を商品開発のキーワードにした。

商品数を絞ることで、少ないコストでも「おいしさの3原則」にこだわることができ、8割主義を目指すことで、誰からも好かれる商品になっている。

2点目は、ブランドらしさを表現できるデザイン性の高さにある。

BAKEは創業時より「おいしさの次に、デザインが大事」という社風がある。パッケージや店舗デザイン、ウェブサイトなどのすべてのデザインを内製のデザイナーが担当しているのだ。

1ブランド1プロダクトの専門店だからこそ、それぞれのブランドらしさを、とことんこだわって表現することが可能になる。

結果として、おいしいだけでなくその洗練されたデザイン性もBAKEの魅力となり、手土産としても人気になった。

3点目は、効率の良い店舗運営にある。

商品数が少ないことで、店舗運営のオペレーションがシンプルになり、効率がいい。また駅ナカのような敷地面積が狭い場所でも出店ができる。

このように、1ブランド1プロダクトはコストが抑えられ、利益率が高いビジネスモデルとして、BAKEの象徴的な戦略だった。

「工房一体型店舗」

BAKE創業前の2011年に、家業の「きのとや」で働いていた長沼氏は、シンガポールで開催された北海道物産展に「チーズタルト」を出店していた。

その時、梱包用の箱が不足し、やむを得ず焼きたてのチーズタルトをそのまま店頭に置いたところ、飛ぶように売れて売り切れになったのだ。

この経験から、BAKEでは、店舗に工房を作り、最終工程を店舗で完成させることで、焼きたてのチーズタルトやシュークリーム、アップルパイなどの商品を販売する方法が採用されている。

製造過程を見せることで視覚でも楽しめ、香ばしいにおいに鼻がくすぐられる。並んでいるときの楽しさと、出来たてのおいしさどちらも楽しめるのが特徴だ。

このような五感を刺激する販売方法が、駅利用者の「ついで買い」にもつながった。

「ITスタートアップ的発想」

長沼氏は、自社を「お菓子のスタートアップ」と位置づけ、「お菓子を、進化させる」ことをミッションとしていた。

2015年から今も続く自社メディア、『THE BAKE MAGAZINE』の最初の記事にはこのように書かれている。

製菓メーカーの経営者の95%がパティシエ出身。美味しいお菓子が生み出される一方で、流通・宣伝等の分野で他業種から大きく遅れを取っているのが、製菓業界の現状です。(中略)BAKE Inc.は、デザインやテクノロジーの力でお菓子をワクワクするものに変えていく「お菓子のスタートアップカンパニー」です。
“『THE BAKE MAGAZINE』について”the BAKE Magazine.2015.05.06.

この言葉の通り、BAKEではおいしさの次にデザインを重視するとともに、積極的にテクノロジーを導入し、A/Bテストを行いながらレシピの開発を行ってきた。

※A/Bテスト:Webマーケティングにおける手法の一つ。複数パターン用意し、どれがより良い成果を出せるのかを検証すること。

前述した自社メディアである『the BAKE Magazine』にも、ITスタートアップで行われるオープンイノベーションに着想があるという。

※オープンイノベーション:製品開発や技術改革、研究開発や組織改革において、自社以外の組織や機関などがもつ知識や技術を取り込んで、自前主義からの脱却を図ること。

例えば、自社だけでなく、他社の技術や情報、サービスなども積極的に紹介していることや、生産者へのインタビューを行い、原材料への知見を深めていること。自社のノウハウも積極的に紹介している点がオープンイノベーションを意識している点だろう。

自社メディア「the BAKE Magazine」には自社商品の情報だけでなく、他社製品についての紹介記事やインタビューも多く掲載されている。

the BAKE Magazine (https://bake-jp.com/magazine/)
他社商品の紹介やインタビューも多く掲載されている

最近流行のお菓子やカフェなどについて紹介を行っているウェブマガジン「CAKE.TOKYO」も、実はBAKEが運営を行っている。

こういった業界・市場全体を盛り上げようとする姿勢が、BAKEのブランド・商品への共感につながっているのだ。

3. コロナ禍での戦略転換

BAKEは2018年に創業者・長沼氏が経営を離れ、創業第二期といえるフェーズに入ってもなお、好調に成長をつづけていた。

しかし、2020年の新型コロナウイルス流行によって大打撃を受け、目前にあった株式上場を断念することになった。

駅ナカに多くあった店舗は、人流の減少により販売数が落ちた。人と会う機会も減少し、手土産用のお菓子としての販売数も落ち込んだ。売上は一時、9割減まで減少したという。

しかし、実はコロナ禍のなかでも、一世帯当たりのお菓子に対する年間支出額は下がっておらず、年々増加していることをご存知だろうか。

原料の高騰による値上げも影響している可能性はあるが、値段が多少上がっても、お菓子を食べたいという人は私も含め多いのだ。

一世帯当たりのケーキ・他の洋生菓子・ビスケット・チョコレート・チョコレート菓子の年間支出額。年々増加し、2023年は32,657円。
出典:総務省統計局 家計調査(家計収支編)時系列データ(二人以上の世帯)1.品目分類:支出金額・名目増減率・実質増減率(月・年)全品目支出金額

つまり、人流の減少により駅を利用する人が減ったり、人と会う機会が減ったりしても、自家需要としてお菓子を購入する消費者は多いということである。

そこから、BAKEは従来の実店舗を中心とした売り方を変えた。

BAKEが売上回復のために取った戦略は「ECサイト活用による複数ブランドの展開」、「コーポレートアイデンティティ(CI)の再構築」である。

「ECサイト活用による複数ブランドの展開」

2020年6月にBAKEはオンラインストアを開設し、「ベイク チーズタルト」や「プレスバターサンド」などBAKEの各ブランドの商品を横断し、まとめて購入できるようにした。

それまではブランドごとのイメージにこだわり、そのブランドを手掛ける「BAKE」という会社について表立って見せることはしてこなかった。

「ベイク チーズタルト」や「プレスバターサンド」は知っていても、この二つが同じ会社のお菓子だと知らない人も多かったのもそのためだ。

しかし、実店舗での売上が落ち込んでいる中で販売チャネルを増やすには、すでに知名度のある各ブランドを「BAKE」という一つの会社に紐づけて展開する必要があった。

実店舗でその「おいしさ」がすでに顧客に伝わっているからこそ、オンラインでも安心して購入ができること。「ベイク チーズタルト」がおいしいから、きっと「プレスバターサンド」もおいしいだろうと期待できること。

これまでの創業期のフェーズで「1ブランド1プロダクト」を丁寧に行ってきたからこそ、そういったブランドや商品への信頼が既にあることがBAKEのECサイトがもつ強みだ。

また、もともと九州限定で販売していた「プレスバターサンド あまおう苺」などの地域限定商品をオンラインで販売したほか、オンライン限定商品も発売した。

実店舗とオンラインの会員情報やポイントを統合することで、オフライン(実店舗)とオンラインの差を意識することなく、スムーズに購入できるようにしたことも功を奏した。

このようなオンラインとオフラインの融合をOMO(Online Merges with Offline)と呼ぶ。こういったECサイトを活用したOMO戦略は今後さらにBAKEの成長の柱となるだろう。

OMOを意識した取り組みにより、実店舗を利用してた顧客もオンラインストアを利用するようになり、オンラインストアを利用した顧客も実店舗に訪れるという好循環が生まれた。

2023年8月時点でアプリ会員は40万人を超え、ECでの売り上げは全体の約7%だという。これは下記に示した、2022年の市場平均、4.16%より高い水準になっている。

食品・飲料・酒類のEC市場規模は2022年で2兆7505億円、EC化率は4.16%経済産業省 電子商取引実態調査

「コーポレートアイデンティティ(CI)の再構築」

各商品のブランドが前に立つようなビジネスモデルから、会社というブランドを前に出すあり方変えるということは、「1ブランド1プロダクト戦略」からの転換ともいえる。

また、実際に各店舗で販売する商品数も季節に合わせて複数用意するようにもなった。

いままでのBAKEの在り方、勝ち筋の逆張りともいえる戦略をとって、コロナ禍を乗り越えつつあるBAKEだが、もう一つ変えたことがある。

それがミッション・ビジョン・バリュー(MVV)とビジュアルアイデンティティ(VI)といった会社のコーポレートアイデンティティ(CI)だ。

創業者が経営を離れ、経営体制も変わっていくなかで、コロナ禍という社会の大きな変化に直面したBAKE。

これからどうすればいいのか、どこに向かうのかという不安感が社内にはあったという。そういった中で、新しい戦略に全社で取り組むには、「私たちは何者なのか」を見つめなおす必要があったのだ。

そして、2021年7月、BAKEはミッション・ビジョン・バリューとビジュアルアイデンティティを始めとするコーポレートアイデンティティを新しくした。

その過程では、経営層だけなく全社員を対象にアンケートを行い、ヒアリングをもとに現状を知り、ワークショップやディスカッションを重ねていった。

製造も販売も一体となってBAKEの強みや課題、未来のありたい姿を固めていったのだ。そして新しいコーポレートアイデンティティが次のものに決まった。

BAKEのミッション「しあわせに、BAKE(バケ)る」

ミッション:しあわせに、BAKE(バケ)る

BAKEのビジョン:お菓子を、進化させる

ビジョン:お菓子を、進化させる

BAKEのバリュー:1・想うことから始める2・かっこよく、遊びをしくむ3・まず自分がやる

バリュー:想うことから始める・かっこよく、遊びをしくむ・まず自分がやる

長年ミッションとしてきた「お菓子を、進化させる」という言葉はビジョンとして掲げた。

何のための進化かという問いに「お菓子を通してしあわせをつくっていく」と答えたのが、新しいミッション「しあわせに、BAKE(バケ)る」だ。

同時にロゴやブランドカラーなどの、ビジュアルアイデンティティの変更もされた。

デザインに込められた意図が丁寧に説明されているウェブサイトをみると、おいしさの次にデザインを大切にしてきたBAKEのこだわりが、ここにも詰まっていると感じる。

新コーポレートカラー プライマリーカラー:ブラック+ベージュ 判読性を最重視し、骨太さとソリッドさをイメージ. セカンダリーカラー:レッド・グリーン・ブルー 光の三原色であるRGB(赤・緑・青)をベースとし、社員それぞれの個性をイメージ。それぞれの個性(三原色)が混ざり合うことで無限の色ができていく会社でありたいという想いが込められている。

コーポレートカラー

光の三原色であるRGB(赤・緑・青)をベースとし、社員それぞれの個性をイメージしている。それぞれの個性(三原色)が混ざり合うことで無限の色ができていく会社でありたいという想いを込められている。

セカンダリーカラー

BAKEが大切にしていく新しい3つのバリューを、三角形をベースに表現。三角形(3つのバリュー)が合わさり、強固な構造体となることで様々な形へと派生し、無限に展開が広がっていく「TRANSFORMする=BAKE(バケ)る」イメージを表している。

サポートエレメント:3つのバリューが合わさり、強固な構造体となって無限に展開が広がる
「トランスフォーム=化ける」をイメージ

オンラインストアで複数のブランドの商品が買えるようになったように、実店舗でも複数のブランドを通して、BAKEの魅力を発信しようとしている。

それが、「BAKE the SHOP」だ。

これは、BAKEの複数ブランドの商品を一度に楽しめる複合型の店舗業態として立ち上げたもので、2023年2月時点で全国に4店舗ある。

「BAKEとは何者か」を表現するような店舗づくりになっており、店全体をショーケースに見立てているという。

BAKEは、コーポレートアイデンティティを見つめなおし、ミッションに沿った戦略判断を行った。

だからこそ、「1ブランド1プロダクト」という勝ち筋の戦略を変えて、複数商品を扱うようになったり、BAKEというブランドを表にだしたりしても、「私たちは何者か」、「私たちの原点は何か」という点でぶれることなく、新しい戦略を実行できたのだ。

戦略は変わっても、根底にある「お菓子のスタートアップ」として、他社と共創(Co-Creation)する姿勢や、ベンチャーとして挑戦し続ける姿勢は創業時から変わらない。

だからこそ、OMO戦略や複数ブランド展開といった、新しい戦略でも成果をだせているのではないだろうか。

4. まとめ

社会や経営のフェーズが変わり、今までの勝ち筋が通用しなくなったとき、戦略を転換する必要があるとわかっていても、成功体験を捨てることは難しい。

新しい戦略が成功するとも限らない。そのなかで、全社が一体となって新しい戦略に取り組めるかどうかは、その戦略がミッションに沿っているかに鍵がある。

ミッションに沿った戦略であれば、今までと大きく異なる戦略であっても、社員に受容され会社として一体感をもって進めていくことができるからだ。

今までの勝ち筋が通用しなくなった時こそ、ミッション・ビジョン・バリューによって会社が進む方向性を示したうえで、新しい戦略をとっていくことが、成長をしつづけるための成功要因になる。

参考一覧