残業が多い会社の賃上げ方法について

残業が多い会社の賃上げ方法について

優秀な人材の採用のため、大企業も中小企業も賃上げを続けている。大企業では大卒初任給が30万円を超える企業も珍しくなくなってきた。

一方で、賃上げをためらう中小企業も多い。

特に、残業が常態化している中小企業では、賃上げによって収益悪化が想定されるため、なかなか思い切った賃上げができずにいるようだ。

残業が減れば賃上げも検討しやすいのだが、その残業削減がなかなか前に進まず、刻一刻と時間が過ぎていく。

そのような経営者に向けて、本記事では残業が多い会社の賃上げ方法について記載する。この賃上げ方法とは、シミュレーションをすることで、人件費への影響を可視化し、残業を減らしながら段階的に賃上げを行っていく方法だ。

1.賃上げの動向

連合(日本労働組合総連合会)によると、2024年春闘における平均賃上げ率は、大企業は5.30%、中小企業は4.42%となった(3月15日第1回集計時点)。企業規模別にみても、大企業・中小企業の双方で近年と比較しても高い賃上げ率となっている。

春闘における賃上げ率

各年第1回集計時点の値、大企業は組合員数300人以上、中小企業は組合員数300人未満
出所:連合「春季生活闘争 回答集計結果」より作成

また日本商工会議所の調査では、2024年度に「賃上げを実施予定」と回答した中小企業は、61.3%となっている。2022年と比較すると15.3%も上昇しており、賃上げに取り組む企業が増加傾向にあることがわかる。

賃上げ予定企業の割合

日本商工会議所「中小企業の人手不足、賃金・最低賃金に関する調査」より

2.人手確保と賃上げ

人手不足も賃上げの後押しをしている。人手不足による賃上げの影響について、説明する。

人材確保と賃上げ

人手不足が企業の経営課題になっている。帝国データバンクの調査によると2023年の「人手不足倒産」の件数は、前年比1.9倍の260件となった。これは過去最高の件数である。人手不足倒産とは、事業を運営するために、必要な人材を確保できないことが原因で倒産してしまうことだ。それほど、人手不足が深刻となっている。

現在、中小企業の65.6%が人手不足となっており、3社に2社が人手不足を感じている。この人手不足が賃上げを後押ししている。前述のデータが示している通り、36.9%の企業が「業績の改善がみられない中」での賃上げを実施する。

人手不足の割合

日本商工会議所「中小企業の人手不足、賃金・最低賃金に関する調査」より

 

その理由としては、「人材の確保・採用」(76.7%)、「物価上昇への対応」(61.0%)となっている。

つまり、賃上げをしなければ、人材の確保や採用は難しいのである。賃上げを行う企業も多いなかで、賃上げを行わない会社で働く社員は不満を抱くようになり、離職が増えるリスクが高まる。中途採用においても、転職希望者はより給与の高い企業を選ぼうとする。

人材確保と長時間労働の改善

人材確保のための施策は、賃上げだけではない。長時間労働の改善も人材確保につながる施策となる。超高齢化社会が進み、労働人口が減少し続ける。2025年には75歳以上の後期高齢者人口が2,180万人になり、約5人に1人が75歳以上となる。

育児や介護、病気などによってさまざまな人が働きやすい環境づくりのために、長時間労働の改善が必要になる。

3.賃上げ方法

賃上げ方法

賃上げの方法は、大きく2種類ある。

①ベースアップ

ベースアップ(以後、ベア)とは、基本給の水準を引き上げることだ。賃金テーブルそのものを改定する。「基本給が一律で2万円アップする」といったイメージだ。

②定期昇給

定期昇給は、ベアとは異なり賃金テーブルの改定はせず、年齢、勤続年数や評価に応じて昇給することである。「5千円の昇給をする」といったイメージだ。

採用・人材定着への影響

ベアは賃金水準があがるため、採用競争力や人材の定着に大きな効果がある。大企業が初任給を続々と上げているのは、優秀な人材の採用のためである。

新入社員にとっても、初任給が高い企業であれば、その後の給料も高いことを予想できるため、入社意欲が高まる。現社員も、恩恵を受けることができるため、定着効果にもつながる。

一方、定期昇給は採用競争力への効果はない。なぜならば、今後入社してくる社員に対しての施策ではなく現社員に対する施策であるからだ。定着効果については、一定の効果はあるが、賃金水準が上がるわけではないため、ベアほどの効果はない。

4.賃上げと残業

ここまで賃上げの必要性、方法について、記述してきた。ここからは、賃上げをするために残業とどう向き合っていくのかを記述する。

労働力と残業

残業を減らすことが難しい理由は、主に3つあると考える。

①人手不足

社員が業務時間内に対応できるキャパシティに対して、業務量が見合っていないということがある。単純に業務量が多いがために残業が発生してしまっているという状況である。

②残業を希望する社員

お金欲しさに残業を自ら望む社員も存在する。残業代をあてにして生活をしているというケースや「とにかく稼ぎたい」といった思いを持つ社員だ。

③顧客都合

顧客都合によりやむなく残業が発生してしまうケースがある。例えば建設業や運送業などは、顧客の都合により土日や深夜の作業が発生してしまうことがある。社内施策だけでは残業が減らない。

①~③の理由により、発生している残業を急激に減らすことは難しい。そのため、大幅な賃上げを一度に行うことも難しいのである。

シミュレーション

上記の通り、残業を急に減らすことは現実的ではない。経営者としては、残業が減らない中で大幅な賃上げすることは、人件費にどれくらい影響があるかわからないため、恐ろしいのである。ではどうすればいいのか。

シミュレーションを行いながら、賃上げ・残業削減どちらについても、段階的に行っていくのである。シミュレーションを行うには、現在の賃金、残業時間から算出し、残業時間の目標値も定める。

具体的には下記のようにシミュレーションを行う。今回は運送業を例にして、説明する。

前提

シミュレーションにあたり、下記を前提条件とする。
・1日あたりの所定労働時間:8時間
・1か月平均の所定労働時間:160時間
・時間単価の算出方法: 基礎賃金(基本給+各種手当※)÷1か月平均の所定労働時間

※①~⑦の手当は、労働と直接的な関係が薄く、個人的事情に基づいて支給されていることなどにより、「割増賃金の基礎となる賃金」から除外することができる。
①家族手当
②通勤手当
③別居手当
④子女教育手当
⑤住宅手当
⑥臨時に支払われた賃金
⑦1か月を超える期間ごとに支払われる賃金

現状

運送業に勤める、ドライバー経験10年の社員を賃金モデルとする。企業は、今後中途採用の強化を行う予定である。競合他社と比較した際に見劣りしない待遇改善を目的に賃上げを検討している。

・基本給:300,000円
・平均残業時間:45時間
・平均賞与支給額:基本給×5か月分

現状から年収を計算してみると以下の図のようになる。

目標値

企業の目標としては、「基本給5万円の賃上げ」と「平均残業時間30時間の削減」を目指している。

・基本給:350,000円
・平均残業時間:15時間(30時間削減)

目標値まで賃上げをし、残業時間を減らした場合は、以下のような年収となる。

賃上げ目標値

中間値

一足飛びに目標値まで到達することは難しい。そのため、まずは目標値の50%を目指していくのである。特に残業をすぐに減らしていくことが難しいという企業については、段階的な対応が必要である。

<目標値の50%>
・基本給:325,000円
・平均残業時間:30時間

計算の結果は、以下のようになる。

こうして計算を行ってみることで、具体的にどれほどの年収差が出てくるのかが、視覚的に理解できるようになる。

1年目は中間値、2年目に目標値を目指す、といったステップを刻めばよい。

年収に大きな乖離が生まれてしまうのであれば、調整給などの支給も検討する。

社員数が数十名であれば、個別にシミュレーションを行うことが可能だ。

しかし、社員が数百名、数千名になってくると、作業から膨大になってくる。社員が多い場合は、以下のような方法で計算することもある。

  1. 特に残業が多い人を抽出する(個別最適)
  2. 各等級における賃金レンジの中央値を用いる(概算)

残業削減、賃上げのステップを刻みつつ、顧客への値上げ交渉も忘れずに行いたい。

「当社では人材を確保するために●%のベアを行いましたので、半年後に■%の値上げを行います。」と予告しておくことで、ある程度の交渉はできるはずだ。

まとめ

「基本給2万円上げたいけど、残業も多いし、人件費がいくらになるのかわからない」と賃上げをできない経営者もいるだろう。現在の日本の経済状況や人手不足の状況を鑑みると企業規模問わず、賃上げの検討は必須だ。

賃上げにかかわらず何事も目標まで一気に到達できればいいが、なかなか上手くはいかない。段階を踏み、シミュレーションを行いながら、進めていくのである。

参考一覧