麦酒 | 水底の月

水底の月

恋の時は30年になりました 

「じゃ、後で」

 

もうすぐすれば来るのに

そのひとりの部屋、に落ち着かなくて 

ビールを開ける

 

「sanaは、どうしてそんなに冷静に全部を、細かいところまで覚えていられるの」

 

その冷静は

持ちたくて持っているんじゃなくて

たぶん、自分を手放す事ができないせいで

 

持ち重りのする自分を

聞こえてくる節制を促す声を

自分でも持て余すのに

 

「どっちにしても冷静すぎるよ。その説明だってそう。もっと我を忘れる瞬間て、無いの」

 

雅治はそんな私の有り様を、のめり込んでくれていない・・・かのように思うらしく

 

私は溺れてる 

だけど、もうひとりの私が、私のなかで私を見ているのと言えば・・・わかるだろうか

 

 

酔えば覚えてないくらいの振る舞いになるかと、グラスを空ける

でも、そんな為のアルコールは

フワリとも、クラリともさせてはくれない

 

 

抱かれる前に

肌が離れた明日を思ってしまう

ひとりになると焦るように感じる淋しさは

時を重ね逢えば逢うほどに、濃くなるようで

 

 

「昨日は随分ゆっくりだったから、今日はもう少し早くお部屋に帰ります?二日続けての睡眠不足は、帰るのにもしんどくなりません?」

 

さっき、食事をしながら

つい、思う事と真逆の事を言う私に、雅治は「ん・・そうだね」と相槌を打った

 

 

大丈夫、それでいい

3日も経てば、今の切なさは薄れる

 

次の約束が見えなくて、離れたとたんに気配も息遣いもわからなくなる

そんな時は、もう訪れない

月曜日には、いつものように電話が来るから

 

 

トクトク・・とひとりグラスを傾け、飲み干す

 

意識をふんわりとしておきたい

だけど、そこに慌てて逃げ込むようにグラスを空ける、そんな姿も見せたくない

 

 

ただ、今からの時に最大限に溺れたくて

 

雅治が来るまでの間に、流し込むように2杯・・・3杯・・・

抱かれて壊れ、朽ちるための準備。黄色い液体は喉をつたった

 

 

 

 

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