牛乳という世界商品を作り出した社会構造。 2024年4月11日

ミルクというのは、もう「世界商品」になりつつあるのか。いや、もうなっているのかもしれない。まだ勉強の途中だけど、そんな気がしてきた。

ミルクの世界史は、今までに取り扱った食材とは少し毛色が違う気がするのだ。植物じゃないし、伝播が早いし、保存もできない。砂糖や胡麻などと比べれば、その違いが少しは見えるだろうか。

ミルクはそれ自体が保存性がかなり低い。低温殺菌法が確立するまでは、搾乳したら必ずすぐに加工しなければならなかったから、ある意味ではミルク食文化でフォーカスされるのは「ミルクという食材」という視点と同時に「乳製品」という視点で見ることになる。このあたりは、料理の違いを見比べる試みに近いと感じる。料理は、ほぼ確実に環境の影響を受ける。その結果として、「似ているのに違う」食文化が多様化したのだろう。

環境依存。古い時代の食文化は、どんな食材を取り上げてみてもそうだ。乾燥地域は酪農に依存せざるを得なかった。だからミルク食文化が発達したし、それに呼応するようにして大人になって乳糖分解酵素を分泌し続けるヒトが登場した。一方で、日本などの湿潤地帯では農耕や、狩猟栽培で十分な食料を確保できたから家畜に依存する必要がなかった。そもそも、家畜という概念すらも薄かったかもしれない。

湿潤なのにミルク食文化が広く展開されたのがヨーロッパ。インドや東南アジア、日本、中国と比べれば農作物の生産量は少なかったようだから、補助的な意味で広がったのかもしれない。特に山岳部では一定の家畜依存社会が見られる。このあたり、環境依存的ではあるのだけど、一方では遊牧騎馬民族の流入による影響というのはありそうだ。

世の中にはファンクショナル産業とエモーショナル産業がある。直接的に「役に立つ」産業と、心に訴えかける「官能」の産業。このバランスは、白黒はっきりするようなものじゃなくて、グラデーション。ファンクション20%で、エモーション80%とか。インドのミルク食文化はエモーションの比率が高くて、ヨーロッパの場合はインドよりもちょっとファンクションの比率が高いかもしれない。

必要性。ビジネスを展開するときに、これに重点を置いて考えられることが多いのは、自然な流れ。必要なものと必要なものを互いに交換するのだから、遊牧民のチーズと農耕民の穀物は交易が成立しやすかった。ただ、これにはちょっとした弱点があって、市場が限定的なのだ。遊牧民から見た穀物、農耕民から見たチーズ。これは、必要性と楽しみのバランスが同じではないような気がする。農耕民にとっては、チーズは楽しみの比率が高いのじゃないだろうか。

こんなことを考えながら現代に至るまでの「ミルク産業の流れ」を見ていた。そうすると、「飲み物としてのミルクって一体なにものなのだろう」という気になってくる。歴史的にも動物的にもとても異質なものに見えるのだ。

環境依存的ではない地域で大きな市場を築いているのだけれど、それはほとんど「エモーショナル産業」だ。健康に良いというフレーズは、あたかも機能的なように聞こえるけれど、それは「必要」ではなくて、余剰の価値だ。ファンクショナル産業の顔をして、実はエモーションの比率が高い。特に日本のように歴史的にミルクを飲まなかった地域の人たちにとってはそうだ。

現在、世界中のあちこちで酪農が行われている。元々、そんな文化がなかった地域や、ヒツジ中心だった地域も、ウシを育ててはミルクを販売している。日本にいると気づきにくいのだけれど、ブルガリアやニュージーランドはそうやってウシのミルクに食文化を上書きされている。

日本のミルク文化と、かの国の産業としてのミルクは別物。外国資本や政治的圧力によって、牛乳の生産地に変化させられたからだ。販売して利益を得るために。環境依存的に必要なエリアへの販売だけでは利益は伸び悩んでしまうから、もっと広い市場を構築したかったのだろう。世界各地でミルクを売るための戦略が取られてきたのは、案外知られていない話かもしれない。日本だって、知ってか知らずか明治時代にはその対象になっていたのじゃないかと思う。

今日も読んでいただきありがとうございます。なんだか、食産業の闇っぽい話に見える展開になっちゃった。たぶん、そういう構造が生まれていったということなんだと思うのね。数百年の長い時間をかけて、そういう方向に流れていったと。そんな中で、ヨーロッパの牛乳産業が利益追求の過程で加速させたっていうのはあるだろうけれどね。

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