【ファッションスーパースター列伝③】フレッド・アステア

その他
これは、ファッション界に数多存在していた、または、しているスーパースター達を不定期で紹介していくものです。

 

第3回目に紹介するのは、ウィンザー公とともに、稀代の伊達男と言われた人物です。

 

【ファッションスーパースター列伝①】ウィンザー公(エドワード8世)

 

ダンサーかつファッションアイコンとしても名高いアメリカ人で、

ダンスの部分では、あのマイケルジャクソンが、そして

ファッションの部分では、あのラルフローレンアルマーニお洒落の師と仰ぐ人物で、

世界ファッション史の中で、最重要カテゴリーにいらっしゃる方であります!!!!!!

20世紀最高のファッションアイコンです!!!!!!!!

その名は、

 

 

フレッド・アステア

 

 

 

出典:ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A2

 

1899年生まれ、アメリカのネブラスカ州出身のダンサーで歌手です。

舞台や映画で活躍し、ハリウッドのミュージカル映画の全盛期を支えた人だそうです。

オードリーヘップバーンとのミュージカル映画「パリの恋人」とかは、聞いたこと

ありますね。

とにかく、アステアは、ダンスの神様で、歌も上手く、エレガントで、

一流のエンターティナーだったようです。

 

YOUTUBEで昔の映像とかみると、ダンスがうまいってのは分かりますが、とにかく、雰囲気が

ありますね。日本にも来た事もあるそうで、立川談志さんが、サインをもらったみたいな記事

を読みましたね!

 

この様に、トップスターであることは明白なんですが、アステア先生は、相当な

それはもう、相っ当おぅな,洒落男だったそうです。

 

稀代の伊達男です。

 

僕が初めてフレッド・アステアを知ったのは、1990年代で、雑誌のエスクワイア日本版

の中に、世界三大ファッション偉人的な扱いで、

【ウィンザー公】【ボーブランメル】【フレッドアステア】

(ボー・ブランメルについも、機会があれば書きたいと思います。)

 

の三人が記述してあったので、ファッション教養の知識として、

三大偉人となりぁ、こりゃ、知っておかないといけないっちゅうことで、調べました。

正確に言うと、調べようとしました。

 

というか、当時って、ネットもないので、調べるっていっても、調べようがないんですよ。

でも、ファッション関係の、ほんの少し、堅めの本とかになると、ウィンザー公の次に、

フレッド・アステアのファッションの事が書かれてましたね。

 

では、その詳細に迫っていきます!

 

英国調を好む

 

フレッド・アステアのスタイリングは、どの様なものだったかと言うと、

アステア自身が、ウィンザー公のスタイルに影響を強く受けており、トラッドベースのスタイルです。

ウィンザー公に、強い憧れを抱いていたそうです。また、アステアは、ダンサーなので、昔は、

フォーマルなスタイルで踊ることが多かったらしく、燕尾服とかの画像とかも多かったですね。

ですので、ジーンズでなんちゃら的な、カジュアルな感じではなく、ウィンザー公と

同じように、トラッディが基本の人ですね!

 

コンビシューズ

 

そのアステアのスタイルの中で、個人的に強く記憶に残っているのは、

コンビシューズを履いている姿が印象的です。

ソックスを見せる絶妙なパンツの丈にソックスをみせて、コンビシューズ

いま、ジーンズやカーゴパンツを短く履いて、ソックスをみせるようなスタイルがありますが、

その雰囲気と全くもって同じで、めちゃめちゃカッコよです!

(※パンツは、少し太めのストレート、裾はダブル仕上げでしたね。)

 

この手の短めのパンツ丈の事をアステアレングスっていうらしいです。

 

アステアは、ダンサーで、タップダンスを踊ったりもあることから、ソックスを含め足元には

相当、気を使っていたそうです。

ファッションリーダーであったアステアのお陰で、コンビシューズが流行したそうです。

 

ブルックスブラザーズ

 

ウインザー公推しの、アステア先生で、英国調だけをバリバリ

に愛していたかっていうと、案外そうじゃなかったみたいです。

意外なことに、シャツやネクタイは、アメリカンブランドの総大将!、

ブルックスブラザースを愛用していたそうす。

 

オードリー・ヘップバーンと共演した映画『パリの恋人』でも、アステアは、

ブルックス ブラザーズ製のブルーのボタンダウンシャツを着ていたそうです。

 

そして、アステアの逸話としてよく出てくる、パンツのベルトの代わりに

ネクタイを巻いたってやつのネクタイって、ブルックス ブラザーズの名品として

知られる畝織りの「レジメンタルタイ」って言われてます。

 

 

小物で粋を演出

 

その他にも、パンツのベルト替わりにスカーフを使ったとか

革のベルトをする時でも敢えて、バックルをずらしたりとか

蝶ネクタイを結ばずに、首から垂らして使ったりとか

ネクタイピンをブローチ替わりに使ったりとか

中尾彬さん「彬巻き」よろしく、「アステア巻き」と呼ばれる、

スカーフを首に巻いてネクタイピンで留めたりとか

小物遣いでは、枚挙に暇がありません!!!!!!

 

フレッド・アステアまとめ

 

いかがでしたでしょうか?稀代の伊達男、フレッド・アステア

ウィンザ―公と同じ流れというか、基本ベースにトラッドというものがあり、

そのトラッドを小粋に崩していたって感じですね。

小粋に、そして、誰も出来ないような大胆な気崩しをしていたんでしょうね。

ある種、着崩す勇気が、お洒落の象徴でもあると思います。

 

我々、現代を生きている者は、写真や字面でしか、フレッド・アステアのスタイリングの

カッコ良さを知ることが出来ませんが、人々が口々にアステアの事をお洒落人として

吹聴していたことを考えるとよっぽど凄かったんでしょうね。

あのラフルローレンやアルマーニでさえも吹聴してますもんね。

 

基本的に影響力が半端じゃなかったんでしょうね。

 

イメージ的に、今の日本に当てはめると、木村拓哉さんが、超絶お洒落だった

みたいな感じでしょうか。影響力が高い人が更にお洒落だったという感じ

ですかね。

 

今出てきているアステア画像だけをみると、かっこいいかっこいいけど、

世界の歴史に名を遺すようなかっこよさってのは、同じ時代に生きていない、

私達には、あんまりピンとこないですよね。

 

でも、なんだかわからないけど、超絶お洒落って人いますもんね。

なんだかわからないってことが肝なんでしょうね。

なんだかわからない、ってことを粒さに分析すると、それは、

服を自らの皮膚のように着こなす、ミリ単位での着こなしであったりもするわけで、、、、

 

なんだかわからないけど、超絶お洒落、理由はよくわからない、ってこと。

それこそが、本当にというか、アステアが、比類なきお洒落人だった

という事の証なんでしょうね。

 

アステアのベルトをネクタイとかは、絶対に出来ませんが、ステアレングスとか

コンビの靴とか、アステアの勇気とかをスタイリングにブチ込んでいきたいと思います!

最後までお付き合いありがとうございました。

 

※ここで書かれていることは、事実に基づいて記載していますが、情報が不確かなものも

ございますので何卒ご了承ください。

 

 

 

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