人は、リスク回避の傾向を持つが、損失を避けるためにリスクを取りにいくことがある(経営と生活に役だつ行動経済学、気質効果、後悔回避性)

人は、リスク回避の傾向を持つが、損失を避けるためにリスクを取りにいくことがある(経営と生活に役だつ行動経済学、気質効果、後悔回避性)

リスク回避が生み出す“気質効果”

読者の皆さんが、株式投資をしていると仮定しましょう。X株式会社の株式を100万円で買ったところ、わずか1カ月で120万円に上昇したとします。今後の経済や株価の先行きには、不透明感があると言われています。この場合、多くの人は、将来の値下がりリスクを回避するために、すぐに売却して20万円の利益(税金、手数料は考慮外とする、以下同様)を確保しようとするでしょう。

一方、1カ月で80万円にまで株価が下落したときには、売却すると20万円の損失が確定してしまうので、将来的に値上がりするかもしれないと考えて、多くの人は保有し続ける傾向があります。

このように、保有している株式の株価が上昇したときには早めに売却し、下落したときには保有し続けるという投資家の傾向のことを“気質効果”(Disposition Effect)“とよびます。

“プロスペクト理論”で説明できる“気質効果”

これは、以前にこのブログでも紹介した行動経済学の“プロスペクト理論”で説明することができます。人は基本的にリスクを回避したいと考えています。また、同じ20万円であっても、その利益を得たときの喜びとその損失を受けたときの悲しみでは、後者の方が大きく感じます。

このため、株で20万円の利益が出たときには、下落リスクを回避するために、すぐに株を売却するのですが、20万円の損失を受けたときには、さらに下落するリスクがあるにも関わらず、「株価が上昇するだろう」と期待して、下落リスクを取る傾向があるのです。損失を何とか回避しようと考えて、嫌いなはずのリスクを敢えて取りにいくということです。

ここで「傾向がある」と表現をしているのは、異なる行動を取る投資家もいるからです。一部の実験では、個人投資家の場合、株式投資の投資歴の浅い人の方が、投資のベテランよりも、上述した傾向が強いとされています。

“気質効果”に過度に影響されないためにはどうすべきか

株価の上下を見ながら、短期売買をするか否かは投資家の選択の問題ですしその成功事例もあります。一方で、株式投資は株価の上下に一喜一憂して売買するのではなく、中長期的な観点から投資した方がいいという意見もあるので、いずれにしても、過剰に“気質効果”に引きずられて売買しないように常に心がけることが大切でしょう。

投資のプロである銀行や保険会社、年金、ファンドなどの機関投資家では、運用担当者の感情に左右されて損失が含まらないよう、「損切りルール」(購入価格から2~3割下落すれば強制的に売却するルール)が定められているのが一般的です。

整理すると、人は基本的にはリスクを回避したがるのですが、損失が出ているときは、何とか損失を回避しようとして、自らリスクを取ろうとする傾向があるということです。株式投資において、“気質効果”が現れるのはそのような場合です。過度に“気質効果”に影響されると、冷静な投資判断ができなくなるので、その対応を常に心がけることが必要です。

リスクを回避したい気持ちは“後悔回避性”にもつながる。

株式投資における“気質効果”は、見方を変えれば、自分の判断で投資をしたものの、その失敗(損失)を受け入れたくないという、“後悔回避性”にもつながります。

投資とは違いますが、人が何かについて後悔するときには、「あのときに、あんなことをしなければ良かった」とか、逆に「あのときに、ああしておけば良かった」というように考えます。これは、何かしたことやしなかったことによって、その人に失敗(損失が発生)したことを後悔しているので、「経験後悔」と呼ばれます。

同様に、これからのことについても、「こうすれば後悔するかもしれない」とか、「こうしないと後悔するかもしれない」と思いめぐらします。これからの行動で、その人に失敗(損失が発生)して後悔することがないようにするにはどうしたらよいかと考えるので、「予期的後悔」といいます。

そのように整理すると、ここでいう“後悔回避性”の中の「予期的後悔」は、“プロスペクト理論”でいう“リスク回避性”と類似のものであることがわかります。ということは、無理しなくてもよい場合には、余計な行動をして後悔しないようにリスクを回避しようとしますが、行動しないと後から後悔することになりそうな場合は、リスクを自ら取りにいくこともあるということになります。

“後悔回避性”の事例

例えば、今の生活が豊かで安定している場合、サラリーマンを辞めて起業することは、「無理をしなくてもよい場合」ですから、あえてリスクを取ると、失敗したときの後悔が大きくなりそうです。

一方、今の生活が厳しい場合、とりあえずアルバイトで生活資金を稼ぐ選択肢もありますが、思い切って起業した方が、後から後悔しないとリスクを取りにいくことは大いにあり得る話です。

好きな女性に、誰か別の男性が猛烈にアプローチしているときに、後から後悔しないように、振られるリスクをとって、早めに告白しにいくこともあるでしょう。ただ、その女性がアプローチしてくる男性にまったく関心がなさそうな場合は、「無理をしなくてもよい場合」に該当しますから、敢えてリスクを取らないで少しずつ親しくなっていく方がよいかもしれませんね。