人は、進捗を感じると目標に到達しやすくなる(経営と生活に役だつ行動経済学、エンダウド・プログレス効果)

人は、進捗を感じると目標に到達しやすくなる(経営と生活に役だつ行動経済学、エンダウド・プログレス効果)

初めに進捗があると目標に到達したくなる“エンダウド・プログレス効果”

幼いころに、鉄棒で初めて逆上がりをしようとして、すぐにうまくできた人は少ないと思います。最初は、先生や友人に補助して体を支えてもらいながら、鉄棒のところまで腰を持ち上げてもらうことで、何とか逆上がりができた方も多いのではないでしょうか。

それでも、逆上がりの感触をつかむことができますし、何よりも「進歩した」という感じを抱くことができるます。それによって、「もっと練習して自分だけでできるようになろう」という意欲が湧いてきたことと思います。

これには“エンダウド・プログレス効果”(Endowed Progress Effect)が作用しています。エンダウドは「与えられた」、プログレスは「進捗」を意味します。両方を合わせて、「何らかの形で、初めに進捗が与えられると目標に到達したくなる」心理傾向のことを指します。

米国の行動経済学者であるジョセフ・ヌエスとザビエル・ドレーズによって2006年に提唱された理論です。

“エンダウド・プログレス効果”はビジネスから日常生活にまで及ぶ

人は何かをしようとする際には、多くの場合、自分なりに一定の目標を立てます。仕事や勉強をもっとしっかりとできるようになろうといった抽象的な目標から、このプロジェクトをあと3カ月で終えようとか、今度の期末試験の数学では80点以上を取ろうといった具体的な目標まで、内容的には様々なものが考えられます。

より日常生活に身近なものとしては、禁煙やダイエットなどもあります。いずれのケースでも、最初にうまくいくと、波に乗って成功する確率が高まります。

目標達成が近付くとモチベーションが上がる“目標勾配効果”が影響する

では、どうして“エンダウド・プログレス効果”は作用するのでしょうか? これには、いくつかの理由があるとされています。

一つ目の理由は“目標勾配効果”です。目標の達成が近付くにつれて、目標に向けたモチベーションの勾配(傾き)が上がることを意味します。

営業のノルマでも、試験勉強などでも、「あと一息で達成だ」という段階になると、「よし、もうひと踏ん張りしよう」と思うのではないでしょうか? 自分が目標達成に向けて着実に前進していることを実感できることが、モチベーションを向上させるのです。マラソンでも、ゴールが見えてくるとラストスパートをかけようとする心理が働くのと同様です。

目先の利得を優先する“近視眼効果”が作用する余地が小さくなる

二つ目の理由は“近視眼効果”が作用する余地が小さくなることです。人は、遠い将来に得られる大きな利得と、近い将来に得られる小さな利得では、後者の目先の利得を優先してしまう傾向があります。

たとえば、ある資格試験の合格という目標達成までに1年間勉強を続けなくてはならないとすると、それで得られる利得よりも、今、友人と遊ぶ方が大きな利得のように感じてしまうのです。要するに、遠い将来に期待できる利得(資格試験合格)よりも、目先の利得(友人と遊ぶ楽しさ)に負けてしまう傾向があるということです。これが“近視眼効果”です。

ですが、目標達成の可能性がかなり高いと思える場合には、話が違ってきます。着実に実力が向上しており、資格試験に通りそうだと感じる場合、今、友人と遊ぶ誘惑に負けることは少ないでしょう。

ダイエットでも、「今、美味しいものを食べたいという気持ち」と、「将来のスマートになった身体を手に入れること」と、どちらを選択するかで“近視眼効果”が作用しがちです。これが、多くの人々のダイエットがうまくいかない理由の一つです。ですが、ダイエットした結果、少しずつでも体重の減少という進歩が見られると、ダイエットを続けようというモチベーションがアップします。

これまでの努力を無駄にしたくない“損失回避効果”が作用する

三つ目の理由は、人は“損失回避”をしたがることです。以前に本コラムでも紹介した通り、人は基本的には損失を回避したがる傾向があります。100万円の利益を得たときの喜びと100万円の損失をしたときの悲しさの感じ方の程度を比べると、後者の方が大きくなります。

ですので、何かの目標に向けて努力して進歩をしているときに、それを途中で止めると、労力と時間を無駄にしてしまう損失を、かなり強く感じます。その損失を回避するには、それまでの進歩を活かして、目標達成に向かって努力を続けるしかありません。せめて、自分で納得がいくところまでは努力をしたいと考えるでしょう。

“エンダウド・プログレス効果”の活用例①:自分の目標達成に向けて

では、“エンダウド・プログレス効果”を、仕事や勉強、日常生活に活かすにはどのようにしたらいのでしょうか?

その一つの方法は、自分で達成したい目標がある場合、それを細分化して具体的な計画に落とし込むことです。そしてその計画ごとに小さな目標を設定し、努力を積み重ねて進歩を感じることができれば、最終的には大きな目標に近づくことができます。。

自己実現の研究で著名なナポレオン・ヒルはその著書「思考は現実化する」の中で、「体系的な行動計画を立てる」ことの重要性を語っています。興味深いことは、「もし、最初に立てた計画が失敗したら…、失敗を教訓にして練り直し、再び新たな計画を立てればよい。…うまくいくまで、それを繰り返せばよい。これは成功のための重要なポイントである」と言っていることです。見方を変えれば、自らの進歩を感じることができずに、“エンダウド・プログレス効果”が作用しない場合、目標や計画を見直すことも考えられるということでしょう。

“エンダウド・プログレス効果”の活用例②:ビジネスへの応用

マーケティングや顧客にモチベーションを上げてもらうためにビジネスに応用することも考えられます。

かつて事例としてよく紹介されたのが、来店客へのスタンプカードです。たとえば、美容院が来店ごとにカードにスタンプを押して、10個になったら1回無料にするようなシステムです。この場合、あらかじめ今回来店分に加えて、もう1回サービスとしてスタンプを押して顧客に渡すと、顧客は「あと8回で無料だ」と進歩を感じて、来店数が増えるそうです。現在はスタンプなしで、次回以降で8回スタンプを押すようになっているカードを顧客に渡すよりは効果的だということです。今では、スタンプカードそのものが減ってきてポイント制になっているところも多いと思いますが…

それ以外にも、塾の学習計画やダイエットのプログラムの作成などでも、プログラムの途中で自分の進歩を感じ、“エンダウド・プログレス効果”が作用するように、運営企業が工夫している場合が数多くあります。

考えてみると、ブログを書き続けるためにも、閲覧数の増加などを体感して、自分に“エンダウド・プログレス効果”が作用するようにすることが大切ですね。