本件訴訟の背景、前提及び争点について
本件訴訟の背景
本件訴訟は、分子式「C42H57N3O6」、分子量699.91848のUVA(紫外線吸収剤)を製造販売等行っていた被控訴人に対し、特許請求の範囲の一部に「分子量が700以上の紫外線吸収剤」の文言を含む特許権(特許第4974971号)を有する控訴人が特許権侵害を主張し、被控訴人製品の製造販売等の差止及び損害賠償を求めた事案である。
知財高裁令和6(ネ)10026
特許第4974971号の構成要件の分説
1A:ラクトン環構造、無水グルタル酸構造、グルタルイミド構造、N-置換マレイミド構造および無水マレイン酸構造から選ばれる少なくとも1種の環構造を主鎖に有する熱可塑性アクリル樹脂と、
1B:ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤と、
1C:を含み、
1D:110℃以上のガラス転移温度を有する
1E:熱可塑性樹脂組成物。
1F:ここで、前記ヒドロキシフェニルトリアジン骨格は、トリアジンと、トリアジンに結合した3つのヒドロキシフェニル基とからなる骨格((2-ヒドロキシフェニル)-1,3,5-トリアジン骨格)である。
6A:ラクトン環構造、無水グルタル酸構造、グルタルイミド構造、N-置換マレイミド構造および無水マレイン酸構造から選ばれる少なくとも15 種の環構造を主鎖に有する熱可塑性アクリル樹脂と、
6B:ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤と、
6C:を溶融混合して、
6D:110℃以上のガラス転移温度を有する熱可塑性樹脂組成物を得る、
6E:熱可塑性樹脂組成物の製造方法。
6F:ここで、前記ヒドロキシフェニルトリアジン骨格は、トリアジンと、トリアジンに結合した3つのヒドロキシフェニル基とからなる骨格((2-ヒドロキシフェニル)-1、3、5-トリアジン骨格)である。
大阪地裁の判断
原判決の大阪地裁令和4年(ワ)第9521号は、文言侵害の構成要件の充足性について『被告UVAは、分子量が699.91848であって、構成要件1B及び同6Bの「分子量が700以上」であるUVAではないから、被告製品及び被告方法は、構成要件1B・同6Bを充足しない。』と判断した。
また、均等侵害の成否について、『被告UVAの分子量が「700以上」ではないとの相違点は、本件各発明の本質的部分に係る差異であるというべきであるから、被告製品及び被告方法について、均等の第1要件が成立すると認めることはできず、均等侵害は成立しない。』と判断した。
原審は控訴人の請求を全部棄却する判決をしたところ、控訴人がこれを不服として、控訴を提起した。
本件訴訟の前提
被控訴人製品及び被控訴人方法が構成要件1B、6B以外の構成要件を全て充足することについて争いはない。
被控訴人製品及び被控訴人方法に用いられる被控訴人UVA(C42H57N3O6)の分子量は、699.91848である(原判決「事実及び理由」第4の1(2)で認定のとおり。当審では、当事者双方ともこの分子量を前提とする主張を展開している。)。
被控訴人製品及び被控訴人方法は、分子量の数値範囲に係る構成要件1B、6Bの充足性につき後述の争いがあるが、これ以外の本件発明1、6の構成要件を全て充足する。
本件訴訟の争点
技術的範囲の属否に関する争点
①構成要件1B、6Bの充足性と②均等侵害の成否が争点である。
技術的範囲の属否に関する争点
控訴人は、構成要件1B、6Bにいう「分子量700以上」の「700」は小数第1位の数字を四捨五入した数値と理解されるから、上記構成は「699.5以上」と解釈すべきであり、そうでないとしても「700程度以上」であれば本件各発明の本質的部分として十分であるなどと主張しており、①構成要件1B、6Bの充足
性(争点1-1)及び②均等侵害の成否(争点1-2)が、技術的範囲の属否に関し争われている。
特許の有効性に関する争点と損害論に関する争点は省略。
裁判所の判断
構成要件1B、6Bの充足性
第8-1
控訴人は、構成要件1B、6Bの「分子量が700以上」の「700」は小数第1位の数字を四捨五入した数値と理解されるから、上記構成は「699.5以上」と解釈すべき旨主張しており、その当否が問題となる。
控訴人は、「分子量が700以上」は「分子量が699.5以上」と解釈すべきであると主張し、当業者の技術常識を示すため、(1)JIS基準と(2)学者の意見書を援用した。
「(1)JIS基準」についての裁判所の判断
JIS基準についての裁判所の判断は以下のとおり。
以上のとおり、本件JIS基準は、「与えられた数値」を一定の「丸めの幅」に従って丸める場合の手法を示すものであるところ、ここでいう「与えられた数字」とは、処理(切上げ、切下げ等)する必要のある端数を持った所与の数値を想定していると解される。
これに対し、本件で問題となっている構成要件1B、6Bの「700以上」という数値限定は、権利者(出願人)が、権利範囲を画定するために自ら任意に定めた数値であり、いわば「創設された数値」とも呼ぶべきものである。上記数値限定のこのような性格は、当該数値が臨界的意義を有さない本件各発明において、一層明らかである。
以上のように自らが任意に定める数値であれば、本来の技術的範囲を画する数字として「端数のある数値」をまず決めた上で、当該数字を「丸める処理」をして、わざわざその「丸められた数値」を特許請求の範囲に掲げるなどという迂遠かつミスリーディングなことをする必要性も妥当性も見いだせない。本件特許の特許請求の範囲の記載に接した第三者の立場から考えても、「700以上」という数値範囲が示されているのに、当該数値の背後に「丸める前の数値」が別に存在しており、そのような背後の数値こそが技術的範囲を画する数値であるなどと理解するとは考え難い。
裁判所は、JIS基準に従った「数値の丸め方」については理解しつつ、構成要件1B、6Bの「700以上」の700という数字は出願人が任意に定めた「創設された数値」であるため、「700以上」が実は「699.5以上」を丸めた数値であるとの控訴人の主張は採用できないと示している。
「(2)学者の意見書」についての裁判所の判断
学者の意見書についての裁判所の判断は以下のとおり。
第8-3(1) 学者の意見書(甲21~25)には、
① 分子(化合物)の分子量(質量)は、教科書や辞書では整数値で示されるのが通常であり、特定の分子について精緻な正確さを必要とする場合には小数点以下1~2位程度、化合物の同定で用いる精密質量では小数点第4位~第5位までの数値が使われる、
② 分子量が整数値で示される場合、小数点以下は有効数字の範囲外と考えるのが通常であり、通常、小数第1位を四捨五入した数値として示される、
③ 科学的にみて700は700.0や700.0000とは異なり、桁数の異なる数値を比較すること自体が適切でない
等の記載がある。被控訴人提出の学者の意見書(乙6~9)は、上記の内容を覆すものとはいえず、上記①~④に示したとおりの技術常識が存在するものと認められる。ただし、上記②に関しては、技術文献等に「紫外線吸収剤の分子量700(以上)」という記載があった場合に、一般に、分子量が整数値で示されていることの意味を当業者がどのように理解するかという場面での技術常識にとどまることに留意が必要である。
控訴人が提出した学者の意見書①~④は、そのような技術常識があると裁判所も理解してるが、あくまで技術常識にすぎないと示している。
(1)、(2)を踏まえた検討
特許請求の範囲は、特許発明の技術的範囲を画するものであり(特許法70条1項)、第三者の予測可能性を保障する「権利の公示書」としての役割が求められるものである。したがって、その解釈は、特許法固有の観点を抜きに行うことはできない。このような観点から考えるに、本件で問題となっている(紫外線吸収剤の分子量)「700以上」という数値範囲は、権利者(出願人)が、権利範囲を画定するために自ら定めたものであり、特許発明の技術的範囲(独占の範囲)に属するものと属さないものを、一線をもって区分する線引きにほかならない。そうである以上、上記数値範囲の下限である「700」は、切り下げられた小数点以下の端数も、切り上げられた小数点以下の端数も持たない、本来的な意味での整数値と解釈するのが相当である。
裁判所は、学者の意見書に書かれているとおり分子量が整数値で示されている場合は小数第1位を四捨五入した数値と考えることが技術常識であるとしても、「700以上」の「700」という数値は出願人が自ら定めた数値であり、権利の公示書としては本来的な意味での整数値と解釈するのが相当であると示した。
最終的な判断
控訴人の主張するクレーム解釈(「分子量が700以上」の「700」は小数第1位を四捨五入した数値と理解されるから、上記構成は「699.5以上」と解釈すべき旨の主張)は採用できない。被控訴人UVAは、その分子量が700には満たない699.91848であるから、被控訴人製品は構成要件1Bを、被控訴人方法は構成要件6Bを充足しない。
裁判所は、被控訴人製品等は本件発明の構成要件を充足しないと判断した。
②均等侵害の成否
均等侵害とは
均等侵害の規範(最高裁平成6年(オ)第1083号)
文言侵害が成立しない場合であっても、以下の第1要件~第5要件を全て充足する場合は均等論に基づき侵害が肯定される。
特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、同部分が特許発明の本質的部分ではなく(第1要件)、同部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって(第2要件)、上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(第3要件)、対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく(第4要件)、かつ、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(第5要件)は、同対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解される。
本判決では、均等論の第1要件及び第5要件について判断が示された。
均等論の第1要件(非本質的部分)について
均等論第1要件の規範(知財高裁平成27年(ネ)第10014号)
均等論第1要件の規範は以下のとおりであり、特許権者側が主張立証責任を負う。
特許発明における本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。
本判決の判断
第1要件の判断は短いため、以下に全文を引用する。
第9-1 被控訴人UVAの分子量は699.91848であり、本件各発明の構成要件1B、6Bの「分子量が700以上」という数値範囲に含まれない。しかし、上記数値範囲は、臨界的意義を有するものではなく、本来、本件各発明の作用効果との関係で技術的意義を有する分子量は、ピンポイントの700ではなく、かなり広い幅にまたがる数字と考えられるところ、いわば「切りのよい数字」として「700以上」という数値限定を採用したものと理解される(上記第7-3)。そして、紫外線吸収剤としての性質が分子量699.91848の場合と700の場合とで実質的に異なるとは考え難いものと認められる(前記第8-3(1)の③)。
そうすると、上記分子量の相違は、本件各発明の本質的部分に関するものとはいえないと解される。本件で、均等論の第1要件は充足する。
地裁では均等論の第1要件の充足性は認められなかったが、高裁では第1要件は充足すると判断された。控訴人が提出した学者の意見書の内容が採用され、この点においては控訴人の主張が認められたといえる。
均等論の第5要件(意識的除外等の特段の事情)について
均等論第5要件の規範(最高裁平成28年(受)第1242号)
均等論第5要件の規範は以下のとおりであり、被疑侵害者側が主張立証責任を負う。
出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において、客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しな
がらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである。
本判決の判断
第5要件の判断について、以下に一部を引用する。
第9-2(2)
(省略)
本件において、分子量700という数値に臨界的意義も認められないから、当該数値は控訴人がいわば任意に選択して定めたものといえる。また、控訴人としては、その数値範囲を「699.5以上」とすることや、分子量の小数点以下の数値の取扱いについて定めることも容易にできたと解されるにもかかわらず、あえてそのような手当もしていない。これは、小数点以下の数値は、技術的に意味のある数字でないという理解に加え、法的にも特段の含意がない(特別な意味を持たせない)ことを前提とするものと解するべきである。
そうすると、控訴人が特許請求の範囲において分子量を「700以上」とする数値範囲を定めたということは、「700以上」か「700未満」かという線引きをもって特許発明の技術的範囲を画し、下限値「700」をわずかでも下回る分子量のものについては、技術的範囲から除外することを客観的、外形的に承認したと認めるのが相当である。
第9-2(4)
以上のとおり、紫外線吸収剤の分子量が699.91848(本来的には700未満であり、小数第1位を四捨五入することによって初めて「700以上」に含まれることになる数値)の被控訴人UVAを使用する被控訴人製品及び被控訴人方法は、本件特許の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるというべきである。したがって、本件においては、均等論の第5要件を充足せず、控訴人主張の均等侵害は成立しない。
均等論の第5要件は地裁においても認められなかったが、本判決(高裁)においても同様に控訴人の主張は認められなかった。均等論の第1要件~第5要件全てを充足してはじめて均等侵害とみなされるため、本件において控訴人の主張は理由がないとして本件控訴は棄却された。
本判決を受けたコメント
判決の妥当性(コメント)
本判決について批判的意見はあるものの、科学的には「分子量699.91848と分子量700で実質的な違いはない」と認めつつ、法律的には特許請求の範囲は第三者の予測可能性を保障する「権利の公示書」としての役割があるとした本判決は妥当だと思います。
数値限定発明の均等主張において、数値範囲を限定する構成要件は発明の本質的部分であるとみなされるため、均等の第1要件を充足しないと判断されることが多くあります。例えば、ピタバスタチンカルシウム塩の結晶事件(知財高裁 平成27年(ネ)第10036号)では第1要件非充足(×)、第5要件非充足(×)、酸素発生陽極事件(大阪地裁 平成14年(ワ)第10511号)では第1要件非充足(×)、熱膨張性マイクロカプセル事件(東京地裁 平成15年(ワ)第25968号)では第1要件非充足(×)と判断されています。
少なくとも均等の第1要件は充足する(〇)とした本判決は、その点においては珍しい判断が下されたとも言えます。
特許第4974971号の明細書の記載

特許第4974971号の明細書には、分子量958の実施例は効果あり、分子量676、659、315の比較例は効果なしとする実験結果が示されています。676~958の数値範囲のうち、なぜ「700以上」としたか(なぜ「699以上」、「699.5以上」、「677以上」等としなかったのか)の説明は明細書中には書かれていません。
以下は、明細書の実施例における「分子量700」以上の根拠となるデータです。
【表1】

※赤字は効果がない項目
【0203】
表1に示すように、実施例の樹脂組成物では、高いガラス転移温度、紫外線吸収能および可視光透過性を実現しながら、成形時におけるUVAの昇華性および飛散性を比較例に比べて抑制できた。また、実施例の樹脂組成物では、成形時の発泡の発生が抑制された。
【0204】
実施例の樹脂組成物から作製した樹脂フィルムの濁度変化量は、比較例(比較例1を除く)の樹脂組成物から作製した樹脂フィルムに比べて小さかった。実施例の樹脂組成物から作製した樹脂フィルムでは、比較例に比べて、フィルム成形後の熱によるUVAのブリードアウトが抑制されたと考えられる。
控訴人と被控訴人それぞれの主張
控訴人の主張
第5-1(1) 争点1-1:控訴人の主張
ア 「分子量が700以上」の意義
原判決は、「分子量が700以上」の要件について、数値限定発明であるから当然のようにこれを「700.0以上」と限定して解釈しているが、本件各発明の数値要件の意義を理解しておらず、失当である。本件各発明は、アクリル樹脂の一次構造やUVAの化学構造、それらの組合せが重要な発明なのであって、「分子量が700以上」との数値要件に臨界的意義はないから、本件各発明は、数値要件にのみ進歩性の根拠があるような狭義の数値限定発明ではない。
このような本件各発明につき、特段の理由も付さずに「分子量が700.0以上」と厳格に理解するのは、それ自体として不十分・不適切なものである。
控訴人は、「本件各発明は、アクリル樹脂の一次構造やUVAの化学構造、それらの組合せが重要な発明なのであって、「分子量が700以上」との数値要件に臨界的意義はない」と主張していますが、明細書の段落0061、0063、0066では「分子量が700以上であればよい」等の記載があり、分子量676以下で本発明の効果を示さない比較例もあることから、「分子量700以上」も本件発明の重要な構成要素であると考えられます。
以下は、明細書中のUVAの分子量に関する記載の抜粋です。
【0061】
[UVA(B)]
UVA(B)の分子量は700以上である。当該分子量は800以上が好ましく、900以上がより好ましい。一方、当該分子量が10000を超えると、樹脂(A)との相溶性が低下することで、最終的に得られる樹脂成形品の色相、濁度などの光学的特性が低下する。UVA(B)の分子量の上限は、8000以下が好ましく、5000以下がより好ましい。
【0063】
UVA(B)は2種以上の化合物の混合物であってもよく、この場合、主成分である化合物の分子量が700以上であればよい。なお、本明細書における主成分とは、最も含有量(含有率)が多い成分を意味し、その含有率は典型的には50%以上である。
【0066】
UVA(B)の構造は分子量が700以上である限り特に限定されないが、UVA(B)がヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有することが好ましい。ヒドロキシフェニルトリアジン骨格は、トリアジンと、トリアジンに結合した3つのヒドロキシフェニル基とからなる骨格((2-ヒドロキシフェニル)-1,3,5-トリアジン骨格)である。ヒドロキシフェニル基における水酸基の水素原子は、トリアジンの窒素原子とともに水素結合を形成し、形成された水素結合は、フェニルトリアジンの発色団としての作用を増大させる。UVA(B)では上記水素結合が3つ形成されるため、フェニルトリアジンが有する発色団としての作用をより増大でき、少ない添加量で高い紫外線吸収能を得ることができる。なお、UVA(B)が2種以上の化合物の混合物からなる場合、少なくとも主成分である化合物がヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有することが好ましい。
なお、控訴人の主張の「分子量が700以上」との数値要件に臨界的意義はないについては、裁判所の判断において、「分子量が700以上」という数値限定は、いわゆる臨界的な意義を有するものではないことを自認する主張として採用されています。
第7-3
以上によれば、本件各発明の構成要件1B、6Bの「(紫外線吸収剤の)分子量が700以上」という数値限定は、いわゆる臨界的な意義を有するものではない(控訴人もこれを自認している。)。
すなわち、本件各発明の作用効果との関係で技術的意義を有する分子量は、ピンポイントの700ではなく、かなり広い幅(実施例で用いられた「958」と最大分子量の比較例で用いられた「676」の間の領域)にまたがる数字と考えられるが、いわば「切りのよい数字」として「700以上」という数値限定を採用したものと理解される(甲21も同旨)。
被控訴人の主張
第5-2(2) 争点1-2:被控訴人の主張 ウ(イ)より抜粋
本件明細書には実施例におけるUVAの分子量として「958」が、また比較例における分子量として「676」が記載されているところ、出願人が適切であると考えれば、分子量の下限値は、上記二つの数値間のいかなる値でも任意に設定し得るのであり、このことは客観的、外形的にみて明らかである。その上、本件特許の出願当時(優先日当時)、当業者において、UVAの分子量は、その構成する各元素の原子量表記載の原子量に各元素の数を乗じた数値の和として認識されていたこと、原子量表記載の原子量に基づいて分子量を計算すれば小数点以下4桁又は5桁までの数値となることは、いずれも技術常識であった。しかも、本件においては、被控訴人製品に使用されているUVAと同じ分子式(C42H57N3O6)のUVAが本件特許の優先日前に既に知られており(乙11・10頁の化合物No.18)、かつ、その分子量を控訴人が主張する原子量表記載の原子量の数値の和として計算すれば、699.91848となる。仮に、出願人たる控訴人が、それを本件特許の技術的範囲に含ませたいと考えるのであれば、特許請求の範囲に「699以上」とか「699.5以上」と記載すれば簡単にできたのである。
被控訴人製品は本件特許の優先日前に知られた化合物であり、被控訴人製品を権利範囲に含めたければ特許請求の範囲に「699以上」とか「699.5以上」と記載すればよかったのでは?との被控訴人の主張は納得感があります。そしてこの主張は裁判所の判断においても以下のとおりそのまま採用されています。
本件において、分子量700という数値に臨界的意義も認められないから、当該数値は控訴人がいわば任意に選択して定めたものといえる。また、控訴人としては、その数値範囲を「699.5以上」とすることや、分子量の小数点以下の数値の取扱いについて定めることも容易にできたと解されるにもかかわらず、あえてそのような手当もしていない。
まとめ
- 本件は「分子量が700以上」という数値限定の解釈が争点となった特許侵害訴訟である。
- 第一審(大阪地裁)では、『被告UVAは、分子量が699.91848であって、構成要件1B及び同6Bの「分子量が700以上」であるUVAではないから、被告製品及び被告方法は、構成要件1B・同6Bを充足しない。また、均等侵害の成否について、『被告UVAの分子量が「700以上」ではないとの相違点は、本件各発明の本質的部分に係る差異であるというべきであるから、被告製品及び被告方法について、均等の第1要件が成立すると認めることはできず、均等侵害は成立しない』として控訴人(地裁の原告)の請求が棄却された(文言侵害×、均等侵害×)。
- 知財高裁では、数値「700」の解釈について「被控訴人UVAは、その分子量が700には満たない699.91848であるから、被控訴人製品は構成要件1Bを、被控訴人方法は構成要件6Bを充足しない」と判断された(文言侵害×)。
- 均等論第1要件について、「紫外線吸収剤としての性質が分子量が699.91848の場合と700の場合とで実質的に異なるとは考え難いもの」と判断された(均等論第1要件〇)
- 均等論第5要件について、「下限値「700」をわずかでも下回る分子量のものについては、技術的範囲から除外することを客観的、外形的に承認したと認めるのが相当である」と判断された(均等論第5要件×)
- 結果として、知財高裁は第一審の判断を維持し、控訴人の請求を棄却した。