カラ出張

最近では監視が厳しくなってあまり見られなくなったようだが、着任した頃には大学教員のカラ出張が容易だった。独法化以降に激減した気がする。カラ出張の最大の要因は予算に融通が利かなかったことだ。予算の費目が物品費、旅費などに分けられ、出張費が余っても物品で消費することはできない。予算は年度内に消費しなければならないため、年度末には無理に出張をしなければならなくなるが、業務で忙しい場合はカラ出張も止む無しというのが不正を行う者の言い訳になる。カラ出張ができるのは外部資金に限られた。校費(法人運営費)における旅費は4万円ほどだった。私のように外部資金を獲得できていない場合にはカラ出張はできない。独法化によって、単年度会計に変更は無いが、費目に拘束されなくなり、年度末に物品を購入することで予算を消費できるようになった。

上司だった響教授の事例を取り上げる。民間企業出身で外部資金は出身企業を中心にかなり潤沢に獲得していた。共同研究費と委任経理金という区分があり、共同研究費の方が使いやすいが、企業は委任経理金で出す傾向にあるという。会計上の理由らしい。外部資金を受け入れた時に、物品費や旅費などの費目を設定し、変更はできないという。響教授は旅費に比率を高く設定していた。計画通りなら消費できる金額ではあるが、学内業務に拘束されて計画通りには進まない。無謀とまでは言えないが、無理のある計画ではある。そして、年度末には旅費を消費しきれずにカラ出張を繰り返すということになる。毎年の事なので意図的としか思えない。本人は「単年度会計だから仕方がない。」と言っていた。自分自身への言い訳が必要なのだろう。そうでなければ年度末でなくてもカラ出張するだろう。カラ出張に限らず不正行為に対する締め付けが徐々に厳しくなってきた。ある日、事務から響教授に電話がかかってきた。「先生が出張された日は台風の影響で鉄道が止まっていたはずですが、どのように行かれましたか?」「その日は行けなかったので、別に日に改めて出張します。」響教授は「事務は暇だからこんなチェックばかりしやがって」と不満を漏らしていた。

響教授は旅費の別の使い方を見つけた。国際会議への参加と称して家族旅行に行き、自分の旅費分だけは予算から回収することにした。響教授が国際会議で発表した事実はないようだ。参加したかどうかも疑わしい。参加するなら参加費が必要になるが、わざわざ支払うとは想像し難い。ある年、うっかり卒論発表会と日程が重なってしまった。発表会直前も不在で学生は指導が受けられない。学科の教員は皆「前代未聞」と怒っていたが、ベテラン教授に対して何も言えない。響教授に言えないために、私に矛先を向けられることがこれまでも度々あったが、さすがに今回はなかった。指導教員は研究室の卒論発表で座長を務める義務がある。教員たちは国際会議で欠席したと思っているが、実際は家族旅行である。それを知ったらどうなっていただろうか。響教授は日本に帰ってうろたえていた。飛行機の搭乗チケットの半券を失くしてしまったのだ。これでは旅費が申請できない。奥さんの搭乗券の名前を名字だけを残して黒塗りで提出した。驚いたことに、これで申請が通ってしまった。旅費は民間企業からの外部資金であろう。法人運営費は以前に作った大赤字の返済で使えない。科研費も申請したことがない。果たしてこれは合法だったのだろうか。