The Lemon Twigs- 「A Dream Is All We Know」 : Review  ダダリオ兄弟が巻き起こすパワーポップ/ジャンクルポップの熱狂

The Lemon Twigs  『A Dream Is All We Know』 

 


 

Label: Captured Tracks

Release: 2024/05/03

 

 


Review    ダダリオ兄弟が巻き起こすパワーポップ/ジャンクルポップの熱狂

 

 

最近、よく思うのは、例えば、イギリスのロンドンやマンチェスターから登場する音楽はある程度事前に予測出来るが、アメリカから登場する音楽は予測することがほとんど不可能ということである。つまり、どこから何がやってくるのかさっぱり見当がつかないし、そして驚きに充ちているというのがアメリカの音楽の楽しさなのである。

 

ご多分に漏れず、ニューヨークのキャプチャード・トラックスに在籍するダダリオ兄弟による四人組のバンド、ザ・レモン・ツイッグスの音楽も驚きに充ちていて、2024年の時間軸から1970年代、いや、それよりも古い年代にわたしたちを誘う力があるのではないだろうか。


レモン・ツイッグスの音楽は、一般的にアメリカのメディアで比較対象に出されるように、ビートルズやビーチ・ボーイズに近い。ついで、ルビノーズのようなビートルズのフォロワーの時代に登場したロック・グループの音楽を現代に蘇らせている。70年代頃にイギリスやアメリカで盛んだったビートルズの音楽をモダンに解釈しようという動きは、Flaming Grooviesに代表される”マージービート”という名称で親しまれていたが、それが以降のThe WHOやThe Jamに象徴付けられる英国のモッズロックの形に繋がった。また、もうひとつの流れとしては、ビートルズは、オーケストラ音楽をポップスの中に組み込んだチェンバーポップ/バロックポップという形式を重要な特徴としていたが、このジャンルのフォロワーは以後の世代に無数に生み出され、パワーポップというマニアックなスタイルへと受け継がれていったのである。この流れのから、アメリカの最初のインディーロックスター、アレックス・チルトンも台頭し、その系譜は最終的にポール・ウェスターバーグに続いていったのである。パワーポップの有名なコンピレーションとして、「Shake Some Action」という伝説的なカタログが挙げられる。このコンピには、Shivversというマニアックでありながらアメリカの良質なバンドの曲が収録されていた。

 

 

ザ・レモン・ツイッグスの名を冠して活動するダダリオ兄弟は、上記のマージービートやチェンバーポップの要素を受け継ぎ、”アナログレコードの質感を現代的なレコーディングで再現する”というのをポイントに置いている。実際的にはアナログのサチュレーター等に録音した音源を落とし込むと、テープ音楽のようなビンテージな音の質感が得られることがあるが、レモンツイッグスの場合は、それらをライブセッションを通じて探求しようと試みる。彼らの音楽には、60、70年代のロックバンドの間の取り方があり、リアルなロックミュージックの魅力を留めている。

 

前作と同様、このアルバムの音楽に安心感があるのは、兄弟がクラシックなタイプのロックミュージックをじっくり聴き込んだ上で、それをどのように現代的に洗練されたサウンドとするのか、バンドセクションで試行錯誤しているからである。ただ、彼らが単に70年代のレコードだけを聞いていると見るのは早計で、実際の音楽に触れると分かる通り、他のヒップホップやローファイも結構聴くのかも知れない。そして、何より大切なのは、彼らはごくシンプルにロックの楽しさをわかりやすくリスナーに提供しようとしているということでだろうか。口ずさめるメロディー、そして乗りやすいリズム、複雑化した現代の音楽に一石を投じ、あらためてロックの真髄を彼らは叩きつける。選択肢が多いということは確かに長所であり、強みでもあるけれども、それを一点に絞ったほうが、その音楽の魅力がリスナーに伝わりやすくなる。シンプルな感覚を伝えようとすることは、複雑なものを伝えるよりも勇気を必要とするのである。

 

 

現時点のダダリオ兄妹の最大の長所は、傑出したコーラスのハーモニーにあり、これはビートルズ、ビーチボーイズ、あるいはチープトリックの全盛期にも匹敵するものである。 ときにメインボーカルはこぶしをきかせた力んだ感じの節回しになることがあるが、それは不思議と古びた印象を与えない。それは背後のバンドアンサンブルがボーカルを上手い具合に引き立てており、音の出処と引き際をうまく使い分け、レモンツイッグスしか生み出し得ないオリジナルのグルーブやメロディーを生みだすからである。


アルバムの冒頭に収録されている今年の年明けに発表された「Golden Years」は、このことを顕著に表している。シンプルな8ビートによるロックソング、そして、ビーチボーイズに比する美麗なコーラスのハーモニー、バンドアンサンブルを通じて曲の一連の流れのようなものを作り、サビの部分でクリアな響きを作り出す瞬間は、ほとんど圧巻とも言えるだろう。昨年のフルアルバムでは、ややノイジーなサウンドに陥ってしまうという難点もあったが、このオープナーはコーラスワークが洗練されたことに加え、バンドアンサンブルのグルーヴィーな音の運びが陶酔感のあるポップ/ロックの世界を生みり出す。「Golden Years」は米国の深夜番組、''ジミー・ファロン''のステージでも披露されたのを思い出すが、少なくとも、レモン・ツイッグスの代名詞のようなナンバーであるとともに、重要なライブレパートリーともなりそうな一曲である。


「They Don't Know Hot To Fall In Love」、「Sweet Vibration」を見るとわかるように、アルバムの序盤の収録曲には、ビートルズからの音楽的な影響を窺わせるナンバーが多い。そしてダダリオ兄妹は60年代頃のロックミュージックがそうであったように、青春時代をおもわせる爽やかさを織り込んだシンプルなラブソングに昇華させている。演奏の部分ではリバプールの四人組のスタイルを受け継いで、ドラムを中心にしなやかなアンサンブルを組み上げている。そして、例えば、ビートルズがチェンバロを使用した楽曲を、彼らはシンセのエレクトリックピアノの音色を織り交ぜて、ややクランチな質感を持つロックソングに変化させている。その他、クラシカルなロックに対するツイッグスの興味は、アルバムの中盤の重要なハイライトとなる「If You And I Are Not Wise」にも見出せるはずである。ここではCSN&Yのアルバムに見出せるようなフォーク・ミュージックを絡めてロックソングをアレックス・チルトンのBig Starのようなスタイルで解釈している。ここにはアメリカのインディーロック音楽の真髄を見ることが出来る。歌詞に関しても、少しウィットに富んだ内容を書いているのは珍しいことと言える。



アルバムの中のもうひとつの注目曲としては、先行シングルとして公開された「How Can I Love Her More?」が挙げられる。イントロでは、金管楽器に加えてギタープレイがフィーチャーされている。この曲で、ダダリオ兄弟は甘酸っぱいというか、青臭い感じのあるラブソングを書いている。また、曲の背景には、ビーチ・ボーイズの「Pet Sounds」の時代を思わせる爽やかなコーラスワークが散りばめられている。そしてツイッグスの甘酸っぱいサウンドを引き立てているのは金管楽器とストリングス、メロトロン、チェンバロの代用となるシンセベースである。

 

下記にご紹介する注目曲「How Can I Love Her More?」のミュージックビデオでは、ダダリオ兄弟がまるで録音の中でチェロを実演しているかのようなシーンが映像に収録されているが、多分このレコーディングでは、生楽器ではなくシンセが使用されている。レコーディングとしては、シンセストリングスを使う場合、安っぽくならないように細心の注意を払う必要があるが、バンドの喜び溢れるエネルギーに満ちた演奏がそのポイントをやすやすと乗り越えている。

 

曲の親しみやすさ、時代を越えても色褪せることのないロック性、さらに淡麗なメロディーの運びは、バロックポップ/チェンバーポップの最終形態とも言えるかも知れない。リフレインが続いた後、アウトロにかけてのダダリオ兄弟のボーカルは感動的なものがある。この曲には、Sladeの「Com On The Feel the Noize」に比するロックの普遍的な魅力がある。そう、最も理想的なロックソングとは、難しいことを考えず、叫びたいように叫べばよい、ということなのだろう。


今回の5作目のアルバムは、前作「Everythig Harmony」とは明らかに異なり、単なる懐古主義の作品とは決めつけがたい。いくつか新鮮な試みが見いだせることも、リスニングの際のひそかな楽しみになるに違いない。レモン・ツイッグスは、チルウェイブやローファイ、ヨットロック、ジャズの要素を他の収録曲で織り交ぜていて、これらが今後どんな形になっていくか楽しみである。例えば、「I Dream is All I Know」では、チルウェイブ風のロックソングを制作し、「Ember days」ではヨットロックをフォークやジャズと絡めて、安らぎと癒やしに満ちたナンバーを制作している。しかしながら、こういった多角的な音楽のアプローチも見受けられる中、アルバムのクローズを飾る「Rock On」では、やはりクラシックなロックに回帰している。そして、ブルースの基本的なスケールを基にして、Sweet、マーク・ボラン擁するT-Rexを思わせるかなり渋いグリッターロックを書いているのも、いかにもレモン・ツイッグスらしいといえるでしょうか。




90/100

 


Best Track-「How Can I Love Her More?」