わしには,センス・オブ・ワンダーがないのか?

翻訳もののSF短編を主に,あらすじや感想など、気ままにぼちぼちと書き連ねています。

エシア~クリスティン・キャスリン・ラッシュ②

2024-05-04 22:34:12 | 海外SF短編

 「まぶたをとじると、はじめて出会ったときの彼女の姿が目に浮かんでくる。小さくて、きゃしゃで、異様なまでに血の気のない肌と、目じりのつりあがったチョコレート色の目をしていて。髪は、雲のない晩に見る月のように白かった。」

 月に建造されたコロニー同士の激しい抗争により、コロニーは破壊され、地球からの支援物資を奪い合う荒廃したありさまとなってしまっています。

 取り残され悲惨な生活を送る居留者たちに、地球から救いの手が差し伸べられ、孤児となったエシアは、語り手の女性とその夫、そして3人の娘のいる家庭へと引き取られます。

 この夫妻は、裕福な一族で、ウィスコンシン州の風光明媚で広大なエリアに住んで、満ち足りた暮らしをおくっています。

 エシアは、コロニーでの凄絶な体験による不安と猜疑により、素直には打ち解けない様子を見せますが、語り手や末娘アンの理解と愛情により、少しづつ新しい生活になじんでいきます。

 この時代、コミュニケーションの効率化やデータ処理の利便性を図るため、各人にインターフェイス機器を埋め込むことが当たり前となっており、ようやく暮らしが落ち着き始めたエシアもこの「リンク」処置を受けることとなりますが、担当するロナルド医師が驚くべきことを発見します。

 エシアは、コロニー戦争の「武器」として、敵方を不利な状況へと追い込むために、誤った情報を敵にリアルに放射する装置をすでに脳内に附けられており、これを除去すると、エシアのこれまでの経験や記憶がすべて白紙になってしまうとロナルド医師は告げます。

 リンクをせず、社会不適合者となるも、今のエシアを選択するのか、装置を除去し、全く違うエシアを選択するのか、語り手は二択を迫られます。

 

 アイデンティティとは何かを考察する、SF頻出のテーマを扱う作品の一つです。

 コロニーの孤児という設定は、「エイリアン2」と似ており、私は、リプリーに助けられる女の子「ニュート」とエシアとを被らせて読んでいましたが、もちろんストーリーは全然違います。

 養子縁組に関わる社会的背景をベースに、ガジェットを巧みに絡ませて、SF的リアル感を出しながら読ませる手際の良さは上手いものですが、主題としては、当人のアイデンティティの問題というよりは、そのことに対する周りの人の価値観を問う作品となっています。

 語り手の夫は、寛大でやさしく、夫として申し分のない存在です。ただ、エシアを引き取ったのは、寛容さを示すことが、虚栄心を満足させ、世間にも見栄えするものと計算していることが透けて見えます。

 この夫は、エシアに施されていたひどい処置を知っても、そもそも「欠陥」のある子どもは、引き取り契約に不適合と言い放つなど、語り手との間に大きなギャップがあり、この夫婦の関係性の微妙さが感じられます。

 夫の名前が最後まで出てこないこと、ロナウド医師が語り手に「サラ」と呼びかける場面が出てくることなど、名前のあることに、血の通ったしるしを示しているようにも見えます。

 語り手とロナウド医師は、かつて恋人であったことも含めて、エシアを巡る、心の動きの描き方の巧みさは、作者の得意とするところでしょう。

 驚いた?とわたしは送信した。

  彼は首をふった。きみたち一家はいつもこういう選択をする。

 ストーリー構成、人物造形や配置が優れ、情感をたたえた静かな筆致ながらも、心をえぐるところも押さえてあり、私も好きな作品です。

 欲を言えば、綺麗にまとまり過ぎていて、意外性や、作者の異様なパッションというようなものが、あんまり見えないのが、優等生的というか、少し物足りなく感じるのは、ないものねだりかな。

 思えば、大森望氏のいう「バカSF」は、それだからこそのSFの醍醐味であって、「エシア」がバカSFかというと、そうではないということなのかなあと。

 

 

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