銀行の元職員が、勤務していた支店の貸金庫から、顧客の現金や金塊を盗んでいたという事件が報じられている。ギャンブルやFX取引を繰り返し、借金も抱えていたという。
窃盗は犯罪であり、けっして許されることではないし、まして人のお金を預かる立場にある者の行為として、同情の余地はない。
けれども、金にまつわる犯罪が、昔も今もあることも、また事実だ。
角田光代が書いた「紙の月」は、宮沢りえが主人公を演じた映画にもなったが、銀行でパートタイマーとして働き出した主婦が、いつのまにか巨額の横領に手を染めていく姿が描かれている。
もともと生真面目な性格だった彼女が、どのようにして犯罪に手を染め、最後は、今回の事件と同様、犯罪の発覚を避けるために、さらに犯罪を繰り返す状況に堕ちていくことになるのか。
人が持っている願望は人それぞれだ。
ちょっとした虚栄心を満足させたり、自己肯定感を得るために金を使う人もいれば、
寂しさや不安をいっとき紛らわせるために金を使う人もいる。
人との繋がりを続けるために金を使う人もいるだろう。
そうこうしているうちに、自分では支払いきれない額の金を使ってしまい、借金を抱え、生活のバランスを崩していく。
心の自由を与えてくれていたはずの金に、いつのまにか自由を奪われ、がんじがらめの状態に陥っていく。
「紙の月」の主人公や、彼女と関わりをもつ人物たち、それぞれが心に小さな綻び、ひび割れを抱えている。
その小さなひび割れが、ささいなことをきっかけに、どのように広がっていくのかを追っていくと、背筋がうすら寒くなってくる。
「金は怖い」というけれど、もちろん、金が人間を襲うわけではない。
本当に怖いのは人間の心であって、金は、人間が自分自身を傷つける道具にすぎない。
どんな人間も、自らの願望や欲求のために、わが身を滅ぼしてしまう可能性があるということだ。
著者による登場人物の心理描写が細やかであるせいで、余計に怖さが際立つ小説になっている。
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ちなみに、「紙の月」 という題名が由来していると思われる、英語の「ペーパー・ムーン」の意味は、作り物、張りぼての月。
はかない、みせかけだけの幸せには、気をつけたいものである。
今日もお読みいただき、ありがとうございました。
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