Microsoftが2月に発表した「世界初のトポロジカル量子ビット」実現の主張に対し、複数の物理学者から「信頼できない」「本質的に詐欺的」との厳しい批判が寄せられている。同社は3月中旬の物理学会で追加データを発表する予定だが、科学界は依然として懐疑的な見方を示している。
Microsoftが「世界初」のトポロジカル量子ビットを発表
Microsoftは先日、トポロジカル量子コンピュータの実現に向けた重要な一歩として、新開発の量子チップ「Majorana 1」を発表した。同社は、「Majorana 1」がトポロジカルコアアーキテクチャに基づいており、100万量子ビット規模の将来の量子コンピュータへの道を開くと主張していた。
現在の量子コンピュータ技術は「量子エラー」と呼ばれる問題に悩まされており、これが大規模実用化の主な障壁となっている。従来の量子ビットは環境からのノイズに非常に敏感で、計算精度を保つためには複雑なエラー訂正技術が必要だ。
だが、トポロジカル量子ビットは、量子計算におけるエラー耐性を飛躍的に向上させると期待されているものだ。発表資料の中でMicrosoftは、「世界初のトポロジカル量子ビット」であると大胆にアピールした。
しかし、この発表に対し、科学コミュニティからは慎重な見方が広がっている。その背景には、Microsoftが過去にも同様の発表を行ったものの、後に論文を撤回した経緯がある。また、今回発表された論文には、技術的な詳細が不足しているとの指摘もあり、専門家たちはMicrosoftの主張を鵜呑みにするには疑問が残ると考えているようだ。
「基本物理学が確立されていない」—科学者らの批判
この発表に対し、科学コミュニティからは強い懐疑の声が上がっている。
ピッツバーグ大学の物理学・天文学教授Sergey Frolov氏は、The Registerの取材に「これは基本的な物理学が確立されていない技術であり、非常に大きな問題だ」と指摘。さらに「発表があまりにも劇的だったため、本質的に詐欺的なプロジェクトという印象を与えた」と厳しく批判している。
特に問題視されているのは、Nature誌に掲載されたMicrosoftの論文自体には「トポロジカル量子ビットを実現した」という直接的な証拠が含まれておらず、プレスリリースのみでその主張がなされている点だ。Nature誌の編集チームは、論文に添付された査読ファイルで「本稿の結果は報告されたデバイスにおけるマヨラナゼロモード[MZM]の存在の証拠を示すものではない」と明記している。
英国サセックス大学の物理学者で、 イオントラップ型量子コンピューティングを研究しているWinfried Hensinger氏は物理学専門誌Physics Magazineに対し、「この査読付き出版物は、トポロジカル量子ビットの証明を含んでいないことを明言しています。しかし、プレスリリースは違うことを言っています。学術の世界では、これは大きな禁忌です。査読のある出版物によって裏付けられていない主張をするべきではないのです」と批判している。
過去の論文撤回と方法論への疑問
Microsoftの主張に対する懐疑的な見方は、過去の経緯とも関連している。同社の研究者たちは2018年、マヨラナ粒子を検出したという論文を発表したが、他の研究者からデータに問題があると指摘され、2021年にその論文を撤回した。
英国セントアンドリュース大学の理論物理学講師Henry Leggは、Microsoftの「トポロジカルギャッププロトコル」には多くの問題があり、「信頼できず、再検討される必要がある」と主張するプレプリント論文を発表した。
Leggによれば、Microsoftは「トポロジカル」の定義を時間とともに調整し、「ほとんど無意味な、特にトポロジカルqubitを構築する上では確実に無意味な」ものに希薄化したという。また、同社が以前の論文と最新の研究で異なる測定範囲を使用している理由が説明されていないことも問題視している。
「彼らが直面している問題は、2018年の論文撤回を引き起こした問題と同様だ」とLeggは指摘。「彼らが調べているシステムは依然として同じように無秩序であり、デバイスの品質に明らかな改善はない。唯一改善されたのはPRキャンペーンの質、あるいは少なくとも彼らが主張しているレベルだ」と述べている。
ドイツの国立研究機関Forschungszentrum Jülichの実験物理学者Vincent Mourikと、ピッツバーグ大学のFrolov教授は共同でYouTubeビデオを公開し、「Microsoft Quantumからの信頼できない科学的主張による混乱」について批判している。
Microsoftの反論と今後の展開
これらの批判に対し、Microsoft Azure QuantumのリーダーであるChetan Nayak氏は、論文が2024年3月に提出され、2025年2月に発表されるまでの間に大きな進展があったと主張している。
Nayak氏は、3月16日からカリフォルニアで開催される米国物理学会(APS)のグローバル物理サミットで、トポロジカル量子ビットの証拠を発表する予定だとしている。
The Registerに送られたMicrosoftのコメントによれば、「論文提出後の1年間で途方もない進歩があった」とし、「2024年3月5日の提出以降、2面のテトロンを製作し、両方のナノワイヤーがトポロジカルギャッププロトコルによってトポロジカル相に調整されました。これがトポロジカル量子ビット構成です」と具体的な進展を挙げている。
同社の広報担当者は、「量子コンピューティングに関して説明すべき科学は多く、今後数週間および数ヶ月の間に結果を共有することを楽しみにしています」と述べ、「当社の20年以上にわたる量子コンピューティングのビジョンを実現可能な現実に変えつつある科学の背後にある追加データ」を提供する意向を示している。
一方でFrolov教授は、Microsoftが最近、一部の科学者と非公開でデータを共有したが、「人々は感銘を受けておらず、多くの批判があった」と述べている。Frolov教授はさらに、「物理学者として、彼らが主張している量子ビットは、マヨラナなしには絶対に機能しない。マヨラナに関するすべての結果が精査され批判されている状況では、これがトポロジカル量子ビットである可能性はまったくない」と断言している。
科学界とMicrosoftの対立は、3月16日からのAPS会議で新たな展開を見せる可能性があるが、批判派の研究者たちはこの会議でも疑問が解消されることはないとの見方を示している。
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