心の健康

テーマ:

心の健康(精神的健康)

①正しい生き甲斐を持っている。

  入院時

  (自己中心的考えを改めて、断酒し健全な生活       を目標にします。)

②勤勉に生きている。

  入院時

   (1日断酒を続け、毎日、コツコツと生活します。)

③自己客観視が出来ている。

  入院時

   (他人の心になって、自己批判をします。) 

④自己抑制が出来る。

  入院時

   (自分のわがまま飲酒欲求を抑えることが出来ます。) 

⑤他愛精神を持っている。

  入院時

   (家族は何をして欲しいか考え償いをします。)

⑥努力・向上・謙遜の心を持っている。

  入院時

   (自分の行動を反省し、人間向上に努めるが、傲慢にならないようにします。)

⑦精神的成長がなされている。

  入院時

   (他人の失敗を許してあげ、自分の失敗は、特に再飲酒などには厳しく反省します。)

⑧自分の与えられた愛に感謝している。

  入院時

   (数多くの友人・家族の愛情に深く感謝をしています。) 

⑨自分の過去や境遇を乗り越えて、幸せを求めている。

  入院時

   (酒で失敗した生活環境を改め、断酒成功を目指し幸せを追求します。)


今から二十五年程前に、札幌のアルコール依存症の専門がある精神科病院に入院して、朝、勉強会で始めに暗唱でしました。その後、病院の結構厚い教本を順番を決めて、入院患者に割り当てを読んで貰い、学習会の先生の教えの話を聞きました。アルコール依存症の学習会の先生は、その方も昔はアルコール依存症患者で断酒を続けて、酒害カウンセラーでした。数年前に亡くなったと聞いております。当時でも私の父より上だったので、多分、高齢で断酒を全うしたかなと思います。学習会では、リーダー1人、サブリーダーが二人で司会進行やき準備などをしました。


私は、その病院に3ヶ月、3回入院しました。3回共、リーダーをしました。入院でも、病衣などで入院生活をしている人はほとんどいなかったかな。病衣を借りるとその代金、定期的にクリーニングしなければならないので、病院代金の節約を兼ねてみたいな感じでした。寝る時は、パジャマに着替え、起きたら普段着で入院生活を送るような感じです。曜日により、入院生活の中で、するプログラムがありました。1部、選択でしたが、学校生活みたいなものでした。書道、手工芸、ヨガ、室内スポーツ、音楽療法などだったかな。病室でのテレビは確か許可されていなかった。食事は病室でなく、デイルームで患者のみんなが揃って食べるような感じです。日中はそのプログラムをするので、病室にいる時間はプログラムの合間くらいでした。夕食後は、デイルームの丸いテーブルでテレビを観るか、親しい仲間内で、ジュースを飲みながら、お菓子を持ち合いで、雑談でした。私はその集まりの前か途中で、パソコンでアルコール依存のことを発信している方のホームページを観たり、時に掲示板に書き込みしたり、二回目・三回目の入院の時は、自分のホームページを作成・開設していたので、掲示板に思いを書いたり、書き込んでくれる仲間に返信したりしていました。携帯電話は持ち込みは禁止されていました。


寝る前に、内観日記を書かなくてはなりませんでした。内観日記は、起床後、提出します。内観はここで以前に触れています。毎朝、朝食後、院内カンファレンスとして、看護師・カウンセラーなど数人で各病室を回り患者の様子を聞きに回ります。その時に、朝に提出した内観日記が返されます。医師・看護師などの印鑑が押され、時にはコメントを書いてくれます。患者には、担当医、担当看護師がいますが、多分、1週間単位で受け持ち看護師がいて、その受け持ち看護師が中心に看護指導や見守りをするような感じでした。


私は札幌太田病院と言うところでお世話になりました。本当は、本州の方で、よくテレビなどで目にする方もいると思いますが、久里浜病院を紹介されましたが、家族の面会などのこともあり、そこを紹介されました。人により賛否はありますが、そこでアルコール依存症のことを学べたことは、自分の人生の中で大きな分岐点だったと思っています。いずれ、ここでのことは、体験談で詳しく書きますね。


当時の日記や資料などを懐かしく読んでしまい、今日のブログに書きたいことが、時間が無くなってしまいました(^-^;(笑)


心の健康は、当時の思いのものです。自分自身の心が健康でないときは、ほとんどそれが当てはまらないことがあると思います。参考になればといいなと思っています。



一日断酒継続しましょうね(*^^*)

正義ってなんだろう

テーマ:

今年の冬は極端です。寒さは例年より厳しくないと、天気予報や自分の体感でそうかな。暖かい日が続いたと思えば、1週間単位位でずっと寒かったり。幸い風邪などは引いてませんが、足元の悪さや自分の歩き方とせいか、転びそうになることが多々。今日は、横断歩道のコンクリートとアスファルトと境い目で、危うく滑って後ろ向きに仰け反り転びそうになり、ひんやりしましたガーン


少し前から、なんか今の日本人の風潮に嫌な感じを覚えます。正義・正論をかざし、一斉に叩いたり、マスコミや動画などの誘導で、左向けみたいな感じに極論にいく傾向があるような感じがするのは、私だけでしょうか?日本人って、判官贔屓みたいなところがあったような気がしますが、間違いに不寛容に成りすぎたり、人を許さないようなところが多いようなことに、本当に生きにくい世の中だなと感じています。全てではないと思うのですが、正論・正義?を振りかざし、自分が思うような答えや方向性でなければ、全否定みたいなところもあったり。


自分自身、間違ったことは嫌いで、子供の頃から、学校の通知表でも、「正義感が強い」みたいな項目では◎とか、先生から家庭での連絡項目でも、そのようなところが触れられていました。でも、正論・正義感も、自分の中にある価値観から、それを人に押し付けたり、かざしたりしたようなことは、ほとんどなかったかなと思います。人にとやかく言われるのは嫌なので、自分の行動は律するだったかな。


若い頃は、労働組合で、初めの方から、青年婦人部長をして、書記長もしました。当時、社会党そして、民主党の国会議員と話すこと機会も多かったり。まあ、今で言えば左側でした。でも、自分の思想的には、真ん中よりちょっと右的、今で言えば保守の思想で今でもそうです。教育委員会に異動になり、その時は、職員組合では、書記長、でも、職場では学校の管理などや校長会などの指導もするような職責なので、日教組「北教組」と対時しなければなりませんでした。日教組の支持は共産党なので、連合的繋りで、現場の先生と話せるような関係がある人はいましたが、自分の思想的には相容れない感じは今も昔もそうかな。


ジャーナリストで、活動家的な人が目につきます。知る権利、報道の自由とか言うけれど、取材してる?みたいに思う、週刊誌情報が自分の思想的あえば、それが正しいか間違いと関係なく、しつこく聞いて、切り取りや誘導尋問的に自分の答えにあうような言葉の言質をみたいな。取材じゃないだろう、活動家だろうな私は感じて嫌気がさします。国会でも、立憲民主党の一部や山本太郎さんのいる党なども同様かな。


日本はこれからどうなっていくんだろう。大きな変化は風土的にそんなに望んではいないかなと思います。時代的に直さなきゃならないところや改めなくてはいけないところは、一度に全てではなく、少しずつしていくのが、ベターなような感じはします。守るべきところやいい日本的なところは残して。産業的には、スピード感は足りていなく、遅れをとってるところは否めないけど。


陰謀論みたいに聞こえるけど、マスコミや与党も野党も、財務省に言いように操られ、政治家として、自分の軸がない方ばかりかなと感じます。選挙で負けても、責任取らない、それをマスコミも言わない。おかしいなと私は感じています。増税を隠しながら、それが出来るなら、選択的夫婦別姓など、急がなくてもいい問題へとエサを巻き、誘導しているみたいに思うし、労働力不足を上げつつ、外国人問題はあまり触れなかったり。摩訶不思議なことが何故か当たり前のようなことが続いてるような感じがします。


今日は読んでいて、不快に思うこともある方も多いかもしれません。ご了承下さいm(_ _)m


先週末は、久々に暮れはだいたい忘年会的にカラオケ🎤🎶をしに行ってましたが、やれていなかったので、遅れた新年会的に、スナックで🎤🎶たくさん歌って来ました。酒を飲んでた頃は、あんましバカみたいな歌い方はしませんでした。今はシラフなのに、ちょっとバカな歌い方や振り付けしなから、笑わせながら、楽しく歌います。酔ってるんじゃないって、言われることもあります。総理の楽しい日本は政治的には大クエスチョンですが、世の中的には楽しくが回りには一番かなと私は思うので、ピエロにはなれるかな。本当の酔っ払いもたくさんいましたが(笑)微塵も羨ましく見えないみっともないまた、哀れにも見えたかな。


改めて、私は断酒一択、生涯断酒でいいなと。酒を飲んで忘れて逃げることは出来ません。飲んで残るのは、後悔や自己嫌悪です。未練を持たず、断酒の道を歩んで行きましょうね。



一日断酒継続しましょうね(*^^*)






今年も1ヶ月が過ぎました。本当に年々、月日が早く過ぎていくように感じます。1月は、例年より、寒くなかったかな。雪も思ったより少ない。一年で一番寒いのが、2月みたいですが、今年は例年より寒くないような予報みたいです。でも、春までに1~2回はどか雪はあるみたいです。中学生の時、担任で科学の教師である恩師が「1年で昼間の時間が最も短い時より、2月が一番寒くなるのは、家で例えるとストーブを消してから、時間がたった時のようなものだ。」と教えられ、しっくりきたと今でも覚えています。厳しい恩師でさしたが、好きな先生で、一度、呼び間違えて「父さん」と言って、クラスメートに笑われたこともありました。最後に会ったのが、私が結婚する時期に、披露宴に出席出来ないからと、わざわざ役所の私が勤務している所にご祝儀を持ってきてくれました。父と同年代なので、今も元気で過ごしているだろうかと思いました。


歴史・過去から学ぶことは、たくさんあり、昔のことでも、今の時代でも活かせる考え方があると思います。アルコール依存症では、有効性があるとされる自助グループ活動、AAなどがあります。昔、酒でいろんな問題を抱え、悩んでいた今でいう酒害者二人が、話し合い1週間後、酒を飲まないで再会しようと約束を交わし、シラフで1週間後、会い語り合ったのが、AAの始まりだったと言われています。それを日本式にしたのが、断酒会です。酒害で自分の異様な行動などで、一人で悩み抱えてしまう。人に言えない恥ずかしいことと思い、酔った頭で考え、自分がずれている思考を狭い視野で考え、結局、どうでも良くなったり、逃げる意味で酒を飲む。飲めば飲むほど、悪化し酒害の底なし沼にはまっていきます。


私は入院して、院内断酒会で自分のことを話したり、人の体験談を聞いたりで、おかしな行動や考え方が自分だけではなかったと、少し安堵したことを覚えています。退院して、一日断酒しながら、1週間に一度、断酒会に通いました。私は何度もスリップしたり、再入院をしました。酒害で病んだ心、ずれておかしな行動、考え方はすぐに回復しないものです。一日断酒を積み重ねていくことで、一歩ずつ少しずつですが、回復していきます。断酒してから奇数月には気を付けろと教えられました。これは先人達が自らの体験で出来たものです。断酒1ヶ月、3ヶ月、半年、1年。この節目前後に再飲酒してしまう方が多かったりします。断酒3年を過ぎるとだいぶ回復し、そのまま断酒が続いていくと私なりに思っています。


自分の過去から学ぶ。断酒してても、精神的にまだ、不安定な断酒初期の頃、自分は断酒頑張ってるのに、家族にわかってもらえない、認めて貰えないとかありました。酒を飲まなくても普通の生活が出来たり、酒は飲むけれど、正常な生活をする。病気でない場合、当たり前の普通なことだから、断酒頑張ってるって、自分に言い聞かせることはいいとしても、回りの評価や見てて貰いたいって、断酒は自分のためなので、これがずれている思考なのを解らなかったりします。私は飲んでいないのに、飲んでいると疑われると、それならえーい飲んでしまえって飲んでしまうことは多々ありました。自分の断酒の軌道にのって、だいぶ回復するのも3年くらいですが、信頼を回復するのも、同じくらいだったりします。自分にも家族にも人にも嘘をついて、飲み続けた日々、年数が多いほど、自分の回りから人が離れていき、行き着くところは一人ぼっち、最悪死に繋がります。


誰にも信用されない期待されないとか辛く苦しいことです。酒を止めて欲しい頑張って欲しいと願われることはあるけれど、期待しているという思いはないと思います。たまに期待を裏切ってしまったと、思う方はいると思いますが、期待は誰もしてはいないということです。回復も中々、実感しにくいことですが、回復していけば、自分の回りにいなくなった人が、少しずつ戻ってきたりします。


酒を止めるなんて考えられないと思うことや、飲酒欲求がしんどいも、断酒を積み重ねていけば、酒止めて良かったと必ず言える思えるようになります。


今日は、タイトルで、今の世情やマスコミなどでのこと、政治のことなどでも触れようかなと思いましたが、簡単に片寄った考え方はいけない。左の思考を右の思考や過去や歴史てきにも、良いこと悪いことは、今だけを見ていてもダメだろうなと思います。憶測で決めつけることの危うさを、情報が溢れている今の時代、幅が広い視野視点が大事で、便利になった今の世の中だけれど、昔より生きにくいだろうなと思ったりしますね。


これから、朝風呂に入って、疲れをとりさっぱりしてから、お馬さんの勉強します(笑)昨日は、自分の今までにない遅い初パチンコをしましたが、年なのか、あちこち痛いです。



一日断酒継続しましょうね(*^^*)

出来ることから実行する

テーマ:

私が断酒継続を続けられたのは、自分の力や思いだけでは、絶対に出来なかった。アルコール専門病院へ結びついて、家族や医療関係者の協力があり、また、断酒会へ結びついたり、また、自分のホームページで断酒について書いて、そこでアルコール依存で悩む本人また、その家族といろいろ語り合いをしたり、また、先行く断酒の先輩から、アドバイスをして貰ったり、アルコール依存症について、学びそれを活かして、今の断酒継続に繋がりました。


家族の協力は、1番始め専門病院に結びついて、退院後、今、思い返せば、私の入院している間に、家族が出来ることを病院から、指導を受けたり、私には言わないことも家族なりにしたんじゃないかなと思うところが多々ありました。アルコールに結びつくものは、家から一切なくなっていました。酒もちろん、みりん、料理などもそうだったりします。妻とスーパーに買い物へ退院後、始めて行った時に、例えば、お湯などで温めて食べるハンバーグは裏面にアルコールを調味料に含んだ物は買わない、サラミもアルコールが含んでる物はダメ徹底していました。母と妻は酒は飲めるんですが、離婚するまで酒を一切口にしませんでした。また、断酒が軌道に乗るまでは、断酒会へ毎週行くのですが、妻、父母誰か一人は一緒に行ってくれたりしました。


私自身がしてきたことで、簡単に出来ることのひとつは、酒に近寄らないこと、買い物の時は酒があるところを通らない、通ったにしてもそれを見ないように一定期間していました。地域のお祭りにも、行かない時期もありました。行くようになった時は、酒を勧められる時は「酒止めたんだ」とはっきり断れるようになっていました。社会復帰してから、歓送迎会や忘年会などの酒の席では、さすがにアルコール依存症とは公言しませんでしたが、「医師から酒を止められているから」と言えば、無理に勧められることはありませんでした。家族と一緒に行動している時は、トイレ以外は、一人にならないようにしたり。酒を飲んでいないのに、疑われることが1番嫌で、辛いので自分で徹底していました。


私は、人にはほとんど言われませんが、頑固です。多分、大丈夫だと思いますが、一度もノンアルコール飲料を口にしたことがありません。それがきっかけで、本物が飲みたくなる可能性はあるかなと思っているからです。アルコール依存症は否認の病気でもあります。私自身、自分がアルコール依存症だと認めるまで、時間がかかりました。頑固だから、酒を諦めるまで、時間もかかりましたが、回り道をしたかなと思われても仕方ないけど、しなくても良かった道の中でも、無駄にはなっていないかな。心から病気を認めることが出来たら、中々、飲酒欲求が消えない苦しいしんどい思いが、薄れたりなくなっていくと思います。まだ大丈夫はなかったりもするのが、この病気です。断酒は人のためでなく、自分のためです。いずれ家族のためになったり、心配や迷惑をかけたりした人のためになり、同じ病気の仲間への力になれることに繋がるかな。


私には珍しい笑えるようなことがあります。まだ、今年は初姫、初パチンコをしていません(笑)今年も競馬、金杯は乾杯ではなく、またまた、完敗((T_T))競馬歴が長いですが、金杯、儲かった記憶がありません。私はギャンブラーですが、飲酒欲求がなくなってから、ギャンブルに負けても悔しくなかったりします。まあ、儲かれば、それはまた、ギャンブルに使うのが勿体ないから、必ず、食事をちょっと贅沢したり、好きな漫画本を買ったり、友人に奢ったりします。あっもうひとつ、今年は魚の刺身を口にしていないので、競馬当てたら、食べようと思います。狸のなんとかだから、いつになることやら笑い泣き



1日断酒継続しましょうね(*^^*)

ルーティン

テーマ:

今日は1日、ゆっくりしました。久々に朝風呂に入り、私はゆっくり出来る時も、ほとんど昼寝をしないのですが、寝た寝た爆笑朝風呂は、貧乏な私にとって、優雅だなと幸せに感じる時間でもあります。働き始めてから、家族があった時は、毎日、湯船に当たり前のように入っていましたが、今、住んでいる所は浴室はプロパンガスを使うので、毎日、湯船に浸かっていたら、莫大な料金になるので、仕方ないですね。


ブログの投稿を今日は早めにしようかなと思っていたのですが、歌番組を観ていたら、つい遅くなりました。音楽が好きな私ですが、アルコール依存症が酷かったりの年は、一年間、殆ど流行ってた歌を知らない年があります。また、精神科病棟で、3ヶ月の入院が三回、酒による肝臓障害、膵炎で、総合病院の消火器科で3ヶ月、二回ありますが、そんな年も一年間まるまるでは、ありませんが、覚えてる歌が少なかったりします。自分の体験談を書く時に、その年にあった出来事や流行ってた歌を調べてから掘り起こせば、深掘り出来るかなと思いました。体験談は以前、自分で書いてた時も、今、時々、ブログで書くときも下書きとかせずに、書いているので、今度、書く時は調べて簡単にノートに要点をまとめてからにしようと思いました。


前回、1日断酒のことを触れましたが、断酒継続のことで、私がしてきたことで、有効かなと思うことを書いてみます。

今の断酒継続している前に、七年半断酒継続していた時、朝起きたら、神棚の前で抗酒剤を飲み、水を一杯飲み、今日も飲まないと誓いをたて、ラジオ体操して、だいたい十分から15分、ウォーキング、それから朝ご飯を食べました。その前は、社会復帰を急いで、半年も断酒継続が出来なかったので、医師や家族との話し合いの元、社会復帰に一年かけました。社会復帰してから、通勤に一時間かかるので、ラジオ体操とウォーキングは止めましたが、前段の神棚での誓いは、三年間はしました。三年間過ぎたら、家族の信頼信用が出来て、医師共、相談して抗酒剤の服用を止めました。寝る前には、毎日、自分のホームページに1日の出来事や断酒の思いを書いて、ネットの断酒仲間からのコメントにレスして、就寝でした。これは、離婚・再飲酒するまで欠かさなかったルーティンでしたね。


一人暮らしになってから、その前に通っていた病院が閉院により、今も通っている病院ですが、医師が抗酒剤に頼らずに指導だったので、退院時に自分の心の保険のために、抗酒剤を一回処方して貰いましたが、服用を必要なピンチもなく、二年後、廃棄しました。朝、起きて、水を一杯飲み誓いをたて、ラジオ体操して、ウォーキングは半年間はしました。


このルーティンをしたのは、入院していた時に、自分で考えて、担当看護師に相談して入院していた時から、退院してからが勝負と思ったので、続けていました。


そうそう、この担当だった看護師さんとは、数年前に、私の誕生日の時に、ラインにスタンプがあり、一年に一度、年賀も兼ねて、近況を報告させて頂いております。今年も心が暖まる返信を貰いましたよ✨


ちょっと付け加えたいところもあるのですが、寝る時間がオーバーなので、この辺で。



1日断酒継続しましょうね(*^^*)