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母は妹ともに旅立っていった。
いつものように買い物に出かけて行く。
仁はこれからの出来事を知らないでいる。
酒浸りの父親が暴れる。
優しかった頃の父親を仁は思い返す。
機材の下敷きになった父親は不自由になった足を所構わず振り上げ転ぶ。
再就職もままならない現実が貧困を生む。
「行ってくるからね」
どんな時もにこやかな母親が買い物にでかけた。
数時間後、高層マンションから飛び降りた連絡を警察から受けた父親はしばらく放心状態だった。
「仁」
失望に満ちた瞳から涙が零れ落ちていった。
仁は意味も分からず泣き崩れた父親の背中を黙ってみていた。
「お母さんが死んだ」
長い沈黙が流れた。
「美幸は? 大丈夫なの?」
項垂れる父親が一升瓶を壁に叩きつけた。
*
人間の汚いところを見て育った悠真《ゆうま》。
ひとの優しさが怖い。
金切り声を張り上げた母親を悠真は膝を抱え黙っていた。
財布のなかから母親は現金を取り出すと父親に投げつける。
満足に仕事もせずパチンコで生計を立てる。
パチンコに勝つと食卓に刺身が並んだ。
菓子はパチンコのあまり玉の菓子しかない。
ノミ行為のたまり場と化した自宅で大人らが金の悶着を繰り返す。
「坊主、いい目をしてるな」
ときに任客を思わせるひとが顔を出すこともあった。
しかしあまりに集まる連中が底辺であっさりと切り捨てられる。
警察から出頭を命じられると口裏をあわせ実刑を免れる。
昭和の時代は犯罪の取り締まりに温い。誰も彼もがバブルに踊っていた。
最下層の底辺。
親戚連中は華やかだというのにこの違いに悠真はくちびるを噛みしめる。
生活保護の不正受給。
父親の代から崩れてしまったが血筋は議員を多く輩出していた。
姪っ子は悠真と違い勉学に励んでいた。年齢が一つしか違わない二人を割くのは家庭環境。
毎日、金の話でもめ事が起こる。
悠真はうんざりであった。
「お兄ちゃんだから我慢しなさい!」
なんで、どうして。
弟は父親の一字が使われている。しかし悠真には使われていないでいた。
なにを聞いてもバカバカしい答えしか返ってこない。