5年前の今日のサトラジの

文字起こしをしています。

 

(DJ栗原さん)

大野くんの最後のフリートーク。

今日は一人でお話をしているそうです。

何分ぐらいの尺になりますですかねぇ?

5、5分40秒の最後のトークです。

 

*********

 

おはようございます。

嵐の大野智です。

 

今日の一言、カモン。

 

感謝カンゲキ雨嵐

(BGMブルー音符感謝カンゲキ雨嵐ブルー音符

 

これは、ワタクシが言いました。

 

これはですね、

我々嵐がですね、

2000年11月、え〜8日にリリースした

4枚目のシングルのタイトルですね。

 

いや〜ですねぇ、

もう、今日は3月30日ですけど、

2002年10月1日から今まで聞いて頂き、

ホントにですね、

ありがとうございました。

長い間、お付き合い頂いて。

 

も、14年半、経ちましたけどもねぇ。

すごいことです。2002年。

 

2002年生まれのお子さんたちはですね、

もう中学生になってるという・・

まぁ〜、ちょっとねぇ、

や、やっぱ

長い月日が流れたんだなと思いますね。

ええ。

 

まぁ、ホント、当時はねぇ、

やっぱ文章読むのがねぇ、

苦手だったよね。

 

漢字が読めないからさぁ、

毎回ふりがな振って、

で、話す内容も・・なんか、

 

いろんな自分の思い出とかも

思い出しつつ・・

 

そんでやっぱりね、

当時ね、もっとね、

あの〜三択でもそのあとの解説のねぇ、

文章を読むのがねぇ、

結構、五、六行あったんだよね。

 

正直、それをね、

やっぱりゆっくり喋んないと噛むし、

でもゆっくり喋ってると

それだけで終わってしまい・・

っていうバランスも含め、

 

 

うわっ!

なんでこんなに

スラスラ喋れねえんだろうって。

へへ

読めないんだろう・・ってね。

 

で、何回か、あの〜

行き詰まった日とかあったよね。

ふふ

俺、なんか覚えてんだよな。

うん。なんか、ダメだな〜今日とかね。

読みとか、まぁフリートークも含め、

もうなんか、

何も頭がうまく

浮かばない日とかもあったしね。

うん。

 

徐々に変わってったね。

 

最初の頃はね、

自分の過去の経験とか

話していってたけども

徐々に慣れてきたときはやっぱり、

自分の今の状況、気持ちとか、

僕のプライベートっつーか、

いろんなことを

このラジオを通じて話さしてもらったかな?

うん。

 

ホントに僕、あのソファっていうか、

クッションに、もうほぼ仰向け状態で、

これね、昔からこのスタイルなの。

 

ラジオ始めたとき、

最初の一年弱ぐらいじゃない?

ちゃんと座ってやってたの。

 

いつの日からか、

椅子を並べて横になりながら

いう方が楽だったんだよね。

声も出ていいとかなんか言って。

 

だからね、ホントなんだろ?

独り言のような感じ・・かな?

家のソファでゴロゴロしながら、

なんかやってる感覚。

まぁでもそれがいいなっと思ったんですよ。

 

まぁ、その楽な感じで

ずっとやっていけたらいいなと思って、

ずっとやってましたね。

ええ。

 

まぁ、ある意味、

この14年は・・14年半は、

貴重な空間でしたね。

うん。

 

だからこそ、なんか正直、

この14年半を・・

の全部の音声を欲しいぐらいですね。

ふふ

 

そしたら、

それも振り返れるしね、全部ね。

思い出せるからいいなと思いますけどね。

ええ。

 

 

あ、ホント?

じゃ、毎日、

いちんちずつ送ってくれるって、

今、言われたんで。

ええ、ふふ。

そしたら14年半、掛かんのか。

ふふふふふ

すごいね、それも。

 

逆にさ、これから

14年半分を

ごっちゃ混ぜにして流したらどう?

それも面白いけどね。

まぁでもね、

ホント貴重な時間、

感謝カンゲキ雨嵐です。

ホントに、これ。

 

楽しかったですよ。

うん。

いや〜だから、ホントにね14年半、

ホントに濃厚でしたよ・・うん。

こんなに自分のこと話すこと、

僕、あんまりないんでね。

うん。

 

だから、14年半も続けさせて頂いた

このFMヨコハマの皆さんにもね、

ホント感謝ですね。

ええ。

 

いっぱいTシャツも貰いましたし。

FMヨコハマTシャツもね、

いっぱい貰いましたしね。

ええ。感謝してますよ。

 

そして何よりもね、

あの〜リスナーの皆さん、

こんな朝早くから

この僕のダラダラ喋って、

たま〜にマジでどーでもいい話も

聞いてくれて、

ええ、それで皆さん、

仕事頑張ってくれて、へへ

感謝してますよ、ホントに。

ええ。

 

いや〜ホントに。

ま、こういう形ではありますが、

えー、約14年半、

大変皆さん、お世話になりました。

ありがとうございました。

 

ということでね、

ホントに最後、数えきれないほどの

メールを頂いたんでね、

まぁ、全員は紹介できませんが、

一部ではございますが、

お名前を紹介させて頂きます。

 

やよいさん、ゆうか、え〜、ひなの、ゆうもも、ぴょんぴょんた、京都ひろこ、ゆきやん、ゆうか、みか、智くん大好きA 、のんたん、みんちゃん、嵐大好きせいちゃん、紫のギョサン、ゆみこ、さくち、ともっち、ちなこ、べるぴ、智のほっぺ、

え〜、その他たくさんの皆さん、

ありがとうございました。

 

栗原さんも、え〜、

ホントにありがとうございました。

モーニングステップス約16年間ですか。

ええ。

栗原さん、ホントに長い間、

お疲れ様でございました。

 

以上、大野智でした。

 

 

(DJ栗原さん)

はい。大野くんありがとうございました。

先ほどもお伝えしましたが、先週のうちの大野さんには直接お会いしてお礼を申し上げたところです。大野さんも私なんかに、記念品をわざわざご用意くださって、ホントに心の優しい方なんだ〜っていう風に思いました。ちょっと今、硬く、「方なんだな〜」なんて言いましたけど、ホントにいい、いい大ちゃんでした。思い出はつきませんが、もうたくさん、ここ、特に数週間は心境を話させて頂いたので、割愛させて頂きます。

改めまして、大野くん、ありがとうございました。そして、14年半、出続けて頂いた、私の無茶振りに全部答えて頂いた、毎回の出演者の皆さん、ラジオの前の皆さんのことですよ。あと出れなかった、悔しかった皆さんも含めて、ありがとうございました。

(後略)

 

*******


 栗原さんも、愛がありましたねぇ。ありがとうございました。


そして、智くん。


こんなに自分のこと話すこと、

僕、あんまりないんでね。

とか

非常にね、キツい時期もありましたね。

とか

最初の頃はね、

自分の過去の経験とか

話していってたけども

徐々に慣れてきたときはやっぱり、

自分の今の状況、気持ちとか、

僕のプライベートっつーか、

いろんなことを

このラジオを通じて話さしてもらったかな?

とか

 

最初の頃は、元気にテンション高く、

最後の方はゆる〜く話す中でも

リスナーが感じる以上に、大変なことだったと思います。

2週間分の収録に挑むには、時間も必要だし、ネタだけでなく精神的な体力、覚悟もいる仕事だったと思います。それを微塵も感じさせないところが、仕事人ですね。

 

そうは見せなくても、常に真面目で手を抜けない性格だし、そのファンへ自分を「届けよう」とする姿勢は無防備だと感じることもあるくらいでした。


そういう、智くんの人柄ゆえの魅力的な「OSAD」でしたし、ファンの子を大事に思ってくれたのだと私は解釈しています。

 

どうでもいいことですが、これを文字起こししながら、「感謝カンゲキ雨嵐」って、元はどんな言葉だったか思い出せなくなっていました(笑)


元は「感謝感激雨あられ」でしたね😅💦

調べたら、この「感謝感激雨あられ」すら、日露戦争時、ロシア側から沢山の砲撃を受けた船「常陸丸」の凄まじさを表す琵琶歌「乱射乱撃雨あられ」が元になってできた言葉だそうで。

 

私にとって、もはや大きな感謝を表す言葉は「感謝カンゲキ雨嵐」がスタンダードになってしまっています。そのうち辞書も変わって行ったりして・・・?

 

感謝カンゲキ雨なら、なおいいですけど・・・。

 

明日はいよいよラストです。

 

本日もつたないひとりごとにお付き合いくださり

ありがとうございました。

智くんと嵐さんと皆様が今日も笑顔でありますように!

 


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