私は

あの日のあの音を

今も忘れることが出来ない。

 

きっと一生

忘れることはないだろう。

 

 

 

 

その日は

お盆休みが明けた翌日だった。

 

休み中

私は結城美佐子弁護士事務所に

留守電を入れており

弁護士からの連絡を

待っているところだった。

 

お昼前

その音は突然我が家にやって来た。

 

子供たちは学校で

しんと静まり返る我が家。

 

私はリビングで

子供の制服のワイシャツに

アイロンをかけていた。

 

すると「ことん」

という音がした。

 

ともすれば聞き逃すほどの

小さな音なのに

妙にしっかりと私の耳に

それは届いた。

 

私が玄関に行ってみると

郵便受けに

手紙が一通入っていたのだ。

 

それは

会社などでよく使う茶色い

A4サイズの封筒だった。

 

どこにでもあるその封筒には

宛名に手書きの私の名があった。

 

夫の字ではない。

 

裏を返すと

そこには差出人の名前がない。

 

差出人がないなんて

おかしな手紙だが

ただの書き忘れということもある。

 

そう思った私は手紙の封を切った。

 

そして出てきたものは

裁判所からの調停呼出状だった。

 

私は

夫から離婚調停を起こされたのだ。

 

いつか

こんなことが起こるのでは。

 

そう思ってはいたけれど

現実になるとやっぱり震えた。

 

いよいよ

私と夫の戦いが法の場で始まる。

 

封筒の中には

調停期日通知書

調停申立書の写し

照会書

調停についての説明書

が入っていた。

 

調停期日通知書が

一般的によく言われる「調停呼出状」。

 

その上部には

「平成〇〇年(家△)第1234号」

と「事件番号」が打たれていた。

 

事件名は

「夫婦関係調整調停事件」

 

事件、なんだ。

 

私はなにも事件など起こしていない。

 

手続き上の名称とは思うが

事件という言葉が胸に突き刺さる。

 

申立人は「浅見健太郎」

相手方は「浅見麗子」

 

「頭書の事件について期日が下記の

とおり定められましたので、同期日に

当裁判所へおいでください。

期日 平成〇〇年〇月〇日午前9時半

場所 〇〇家庭裁判所4階家事書記官室」

 

すでに

全てが勝手に決まっていた。

 

私の知らないところで

私の知らない人たちが

私の夫の申し立てを受理し期日を決め

私を裁判所へ呼び出したのだ。

 

「調停とは

裁判とは違いただの話合いの場である」

となにかどこかで聞いたことがあるが

 

一般人にとって

裁判所という場所に

呼び出されるということは

一大事だ。

 

同封の書類を

何度も何度も読み返したが

ショックすぎて

なにも頭に入ってこない。

 

そんなとき私の携帯が鳴った。

 

弁護士の結城美佐子先生だった。

 

「もしもし、ご連絡遅くなりまして。

弁護士の結城ですが。

留守電入れて頂いたみたいで」

 

その落ち着いた声を聞いた瞬間

私は取り乱しした。

 

「先生、先生…」

 

「麗子さん?

どうかしましたか?麗子さん?」

 

「大変です…どうしたら、先生」

 

私は調停期日通知書が

裁判所から届いたことを告げた。

 

「落ち着いて。

麗子さん、大丈夫だから落ち着いて。

打ち合わせしないといけないから

明日こちらに来れますか?

夕方だとゆっくり話が出来ますが」

 

「はい。行きます。明日、行きます」

 

とにかく早く先生に会いたかった。

 

調停なんて

なんの知識も無い私が

頼れるのは結城弁護士だけだ。

 

出来ることならもう

この世から消えたい。

 

そうすればもう

辛い思いをしなくてすむ。

 

だけど

私には子供達がいる。

 

だから私は

今消えるわけにはいかない。

諦めるわけにはいかない。

 

傷付いても傷付いても

立ち上がるしかない。

 

 

 

私は

自分の意思とは全く関係なく

法の場へと誘われて行く。

 

私の法廷での長い戦が

こうして始まった。

 

 

 


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