夫は相変わらず

不倫相手の美加の家で

美加、その母親、その息子と

家族同然に暮らしている。

 

私は吊し上げの一件以来

設計事務所には行っていない。

 

不倫問題は小康状態で

解決していないものの

取り敢えず

悠真の大学の進学費用のめどが付いて

私は少し安堵していた。

 

父親が不倫をし

家を出て行ったせいで

希望していた大学に行けなくなった

という最悪の事態だけは

避けられそうだ。

 

もちろん

元々家にお金がないのなら

進学を断念するのもしかたがない。

 

けれど

本人も奨学金も借り

進学後バイトをすると言っていて

 

なにより家族の通帳には

進学に必要とする資金が

ちゃんと入っているのだ。

 

それは夫と私がこの20年

コツコツと貯めたお金。

 

それに

家族の預金から

悠真の大学資金を出させれば

美織や健斗の時も

出してくれと主張しやすい。

 

言うなれば

悠真は続く2人のための

道を拓いたとも言える。

 

夫が不倫などしなければ

普通に叶ったであろう進学が

今後希望通りに行くという

小さな希望の光が私には見えていた。

 

そのことが

私の心を穏やかにした。

 

 

 

 

夫が話し合いに来てから

一週間が過ぎた日の夕方。

 

夕食のカレーを作っていた私は

玄関関先に置いてある沈丁花の鉢に

水をやるのを忘れたことを思い出し

サンダルを履いた。

 

そして

私は郵便受けに

一通の手紙を見つけたのだ。

 

それは白い小さな封筒。

 

なんだろう。

 

宛名は「浅見麗子様」

 

裏を返すとそこには

「浅見健太郎」

と夫の名があった。

 

いやな予感が

私の脳裏を駆け抜けた。

 

「健斗

ちょっとお母さん

お醤油ないから

買ってくるからね」

 

私はその手紙を

エプロンのポケットに押し込み

財布だけを手に慌てて家を出た。

 

子供達のいる家の中で

その手紙の封を切る勇気は

私にはなかった。

 

心臓がバクバクと鳴る。

 

車を走らせると

近くの本屋の駐車場で

私は車を停めた。

 

オレンジ色の夕日が

バックミラーに反射してやけに眩しい。

 

私はエプロンのポッケットから

手紙を取り出し急いで封を切る。

 

見覚えのある夫の字。

 

「悠真の進学の件ですが

いろいろ考えた結果

大学の入学金だけは私が出します。

それ以外はそちらで賄ってもらいます。

ではよろしく。

さようなら」

 

体中の血が逆流した。

 

なに?

いったいなに?

いったいどういう意味?

 

言うまでもないが

入学金ばかりでなく

授業料、アパート代、食費等生活費

東京での大学生活には

たくさんのお金がかかる。

 

もちろん本人も

奨学金を借りバイトもすると

言っているがそれだけで

全てを払えるわけがない。

 

「そちらで賄ってもらう」

 

賄う?

今、私と子供達の生活費は

休職届を出した私に振り込まれる

少しの給料で賄っている。

 

夫は

入学金以外

大学生活にかかるお金は

一切出しませんと言っているのだ。

 

家族の預金の通帳は

夫が持っているのに。

 

この前の子供たちとの話合いで

言ったことはなに?

 

子供達に約束したことはなに?

 

夫は

そのなにもかもを

この短い手紙一本で

無かったことにするつもりか。

 

夫はあの後家に帰り

女に悠真の進学費用のことを話し

なんでこっちが全部出さなくちゃ

いけないのとでも言われたのだろうか。

 

なんでこっちが全部出さなくちゃ?

 

その答えは簡単です。

 

悠真はあなたの子供だからです。

 

そして家のお金を

あなたが全部持って行ったからです。

 

我が息子になんてことを…。

 

私の目から涙が

ぼろぼろとこぼれる。

 

悠真はもう

希望の大学に行けるものと

思って頑張っている。

 

それを今更。

 

どうしよう…

どうしよう…

 

私は

いったいどうしたらいいのだろう。

 

こんなこと

子供達に言えるはずない。

 

私がなんとかしなければ。

なんとかしなければ。

 

 

 

センター試験まであと5か月。

 

 

 

 


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