今回は，目を引くタイトルで話題の新著，三宅香帆著「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」をオーディブルで読み聞いた感想を備忘録的にまとめてみました。本書の結論である”読書は意図しない情報（＝ノイズ）が多く現代人から敬遠されてきていること”，”読書をしやすくする生き方として著者が提唱する「半身の働き方」”について感想・意見をまとめるとともに，本書のタイトルと関連して感じたオーディブルの存在価値についも思うところがあったのでまとめてみました。
本のあらすじ
あらすじは以下である。
本書は，「現代人は仕事が忙しくて本を読む時間がない，でも昔の日本人はもっと労働環境は悪くて忙しかったはずなのに，なぜ？」という疑問からスタート。この理由を紐解くために，読書文化の歴史を振り返る。読書はひと昔前は一部エリートに限られた営みであったが，戦前，戦後には，大衆に開かれた立身出世のための教養として，高度成長期には大衆の娯楽と変遷していった。そして，この頃が読書文化の最盛期であった。
しかし，1990年代のインターネットなどの情報革命や，バブル崩壊による働き方の意識改革により，読書が自己啓発本の流行に見られるような，仕事に今すぐ役立つ情報を得る手段に変わっていった。その結果，従来の教養本のような自分の意図しない不必要な知識（＝ノイズ）が入る読書は躊躇されるようになった。今力を注いでいる本業に直接役に立たない情報（＝ノイズ）が入ることによる非効率性から読書が敬遠されること，それが「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」の答えとして書かれている。
そこからは著者の主観に近い主張が中心に展開される。本業に一点集中する働き方が本を読めなくしている原因であるからとして，本業以外にも注力する「半身の働き方」なるものを提唱し，半身であることで読書の過程で遭遇する不必要な知識もノイズとしてでなく，本業以外に広くいかされるため，読書に躊躇しなくなる，する必要がなくなると説く。
さらに，１つの仕事に全身全霊コミットメントする働き方は，潰しの効かない息苦しい生き方だとして，読書についてメリットだけでなく人生全般に「半身を生き方」というものを提唱し，本書は完結する。
本の感想
本の感想①：共感した点
共感できた点として，本書が「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」の原因として挙げている，読書は知りたい情報以外の「ノイズ」を含むから，知りたい情報が直ぐ手に入る現代社会では敬遠されるということ。これは確かに，自分自身に当てはめて考えてみても，読書，特に教養本は，自身のスキル上げること以外に時間を使っている生産性の低い時間のような感覚を持つことがある。
また，本書が推奨する「半身の働き方」というような目標を分散した緩い働き方，生活ができれば，確かに本を読む余裕が生まれそうな感覚はある。
一方でその論理展開にはイマイチで感じるところが多々あった。
本の感想②：なかなか本筋に辿り着かない構成がイマイチ
先に書いたように本書は，「現代人は仕事が忙しくて本を読む時間がない，でも昔の日本人はもっと労働環境は悪くて忙しかったはずなのに，なぜ？」という興味深い疑問からスタートするのだが，そこから本題である著者が専門とする？好きな？日本の文学の歴史が永遠と語られる。「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を歴史から紐解いていこうというのは分かるんだが，脱線の程度はかなりのもので，全体の2/3を占める1~6章は「日本の読書史」と言える内容で，本題に立ち返って語られることは殆どない。
オーディブルで聴いたせいもあるとは思うが，明治時代の文学界から話がいろんなところに飛び火しながら永遠と続き，女性のカルチャーセンターの件とか，途中で「一体何を聞かされているんだろう？」と疑問に感じながら聞いている箇所も多々あった。
「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を知りたくでこの本を手に取った人も多いと思う。本書では，「本を読まなくなる」は読書がノイズになるからとしているが，本書自体がノイズの多い本を実践してしまっていて，途中で読むのをやめようかと思ったくらい脱線に過ぎる構成となっている。
結局，「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」の主題に応えてくれるのは7章から読めばわかるし，なんなら最終章でこれまでの総括もするので，主題の答えと著者の訴えたい「半身の働き方」を理解するだけなら，問題提起のための序章と最終章だけ読めば十分である。
本の感想③：日本の歴史に紐づけて説明し過ぎで，世界的な視点がない
本書では「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を戦前・戦後の読書ブーム，1990年代のバブル崩壊とそれによる働き方に対する意識の変容を要因とした自己啓発書ブーム，2020年代の情報化社会の到来と，全て日本の文脈で語っており，その全てを日本の歴史，日本の文学界での出来事で説明している。
しかし，「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」はガーディアンの下記の記事にあるように，日本だけでなく世界的なトレンドです。
この後述べることも関係するが，世界的なトレンドである以上，この原因を著者の好きな日本の読書史の文脈だけで説明することは無理があるし，真因がどこにあるのか分かりにくくなる。
本の感想④：本を読まなくなった根本原因はとても単純
本書では，「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」の理由として「バブル崩壊」「自己啓発ブーム」「情報化社会」「仕事で自己実現の風潮」いろいろと登場させているが，結局のところ真因が何なのか？どれなのか？の焦点がぼやけている。
（「バブル」崩壊は日本だけの現象のため除外するとして）真因，主要因が何で，世界的に本が読まれなくなっていることから透けて見えるその影響範囲を考えれば，大元の原因は「情報化社会」によって社会が効率化され，オールドメディアである本が駆逐された，という単純な話だと分かります。
インターネットにより必要な情報を簡単に入手でき，仕事・プライベートに役立つノウハウを蓄積，かつ伝達し易くなった。（さらに今ならノウハウ集なら生成ＡＩで一瞬で作れてしまう）。Youtubeでも分かり易い，短時間で概要がまるっと理解できる解説動画がたくさんある。すると，人々はより必要な情報を効率よく得られる方法を選ぶようになるから，よけいな情報（＝ノイズ）がインプットされる従来の教養本は敬遠されるようになる。
そのため，出版業界はオールドメディアで本という媒体でインターネットに対抗するために，ネットの情報より付加価値のある専門家やインフルエンサーなどによるノウハウ集を新しい自己啓発本として売りだすようになりブームになった，という順番（因果関係）であろう。
ちなみに本書では，自己啓発本の流行の原因を1990年代のバブル崩壊とそれによる働き方の社会変化に求めていますが，バブル崩壊よりはるか以前の昔，それこそ戦前・戦後からカーネギー著「人を動かす」のような自己啓発の名著は山のようにあります（1936年初版、1981年改訂版）。
つまり自己啓発書自体は1990年代以前からもあったが，1990年代後半に始まったインターネットはじめとする情報革命により，従来型の自己啓発書（カーネギーや脳内革命のような）に加えて，インフルエンサーによるノウハウ集的な新しい自己啓発書が出て来て，これが自己啓発書ブームの中心になったと考えるのが自然である。
自己啓発本と言えば「脳内革命」でその内容はあれこれ，情報化社会に関する書籍といえば「電車男」でその内容はあれこれとうんちく，働き方に関する本はこれと，日本の読書界でのあれやこれやの話は，それこそがノイズであり，「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」の真因を見えなくしている。それらの事象は真因に端を葉する些末な「結果」でしかなく，それを「原因」であるかのように錯覚するような論法はいかがなものかと思った。
ともかく，「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」はワールドワイドで起きている現象であり，それを狭い日本というローカルな文脈だけで説明し切ろうしているところに違和感を感じるのである。
本に関連して思ったこと：オーディブルの存在価値
いろいろと書いてきたが，本書が提示する「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」の理由として挙げられている，「読書は知りたい情報以外の「ノイズ」を含むから，知りたい情報を直ぐに手に入れたい，実際に手に入る現代社会では敬遠される」ということ。これは100%賛成する。
そしてノイズを受け入れられるように「半身の働き方」が提案されています。つまり，働きを変えることで読書ができるようになる（可能性が高まる）ということです。
しかし，今回本書を読む手段として使った「オーディブル」が奇しくも，働き方を変えなくても，読書を可能とするテクノロジーではないかと，ふと思ったということ話をして最後にします。
活字メディアであり自己啓発や教育的要素の少ない本書のような本は、他のメディアと比較したときに，その非効率性にストレスを感じがちである。そこで，そのストレスを感じさせずに聞き流して本を読み切ってしまえることがオーディブルが広まっている理由ではないかと考えられる。
オーディブルは，一見，動画コンテンツから映像が抜けた情報量の少ないメディアです。動画からテクノロジー的には後退した，軽量な単なる音声メディアコンテンツと思ってしまいまいがちですが，実ではそうではないのではないか？という話です。
オーディブルについてはそのテクノロジーに意味があるのではなく，むしろ本が読めない現代だから，よけいな情報（＝ノイズ）を聞き流すことでストレスを低減してなんとか一冊通読させてしまう（した気にさせてくる），正に次世代の読書のスタイルとしての価値があるということなのだと思う。であるから，オーディブル専用のタイトルというのはあまり存在する価値がなく，読みたいのに読めない「あの本」を聞き流して通読させてしまうコンテンツとしてオーディブルは価値を持っていると言える。
その証左として，「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を知りたいと思って本書を手に取ったものの脇道にそれることの多いノイズだからけの本書でも，オーディブルだからこそ挫折せずに最後まで聞くことできたと思う。
まとめ
今回は，三宅香帆著『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』をオーディブルで読み聴いた感想をまとめてみました。本としては，脱線が多く序章と最終章だけで読めば本の主張は８割以上は理解できます（十分）。あとは，日本の読書史に興味があれば，通読してみても良いのではないかと。少なくとも，『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』に正しく答えてくれる本ではあると思います，このお題に興味のある方は読んでみてはいかがでしょうか。
