あなたの神、主を愛しなさい

一人でも多くの方に福音をとどける思いで、ブログを書かせていただいております。

みな憤りに満ち、立ち上がってイエスを町の外へ追い出し、その町が建っている丘のがけまでひっぱって行って、突き落そうとした(ルカ4:25~30)

(今回は、イエスの話に怒りをおぼえ、殺そうとするナザレの人々、についてふれたいと思います)

 

ルカによる福音書・4章の25~30節より(以下はキリストのおことばです)

『よく聞いておきなさい。エリヤ(=旧約聖書にでてくる神からの使者)の時代に、三年六か月にわたって天が閉じ(=雨が降らず)、イスラエル全土に大ききんがあった際、そこには多くのやもめ(=夫のいない女、また夫を失った女)がいたのに、エリヤはそのうちのだれにもつかわされないで(=神に民イスラエルであるのに、信仰がなかったためにつかわされず)、ただシドンのサレプタ(=イスラエルの地のさらに北。現在のレバノン南部)にいるひとりのやもめ(=イスラエルの民ではない異邦人の女。ただし信仰があった)にだけつかわされた(=飢えから救って養われた(列王紀上17:14~16))。また預言者エリシャ(=エリヤの弟子)の時代に、イスラエルには多くのらい病人(=重いひふ病の人)がいたのに、そのうちのひとりもきよめられないで(=だれも信仰がなくいやされずに)、ただシリヤ(=イスラエルの地のさらに北東)のナアマン(=異邦人の将軍)だけがきよめられた(=彼はいやされるのを信じて、わざわざエリシャのもとに足をはこびました(列王紀下5:9~14))」。会堂(=ユダヤ教徒の集まり、シナゴーグ)にいた者たちはこれを聞いて、みな憤(いきどお)りに満ち(=ユダヤ人には、自分たちが神の民だというプライドがあり、自分たちではなく異邦人が救われたという話にがまんがならず、それもかつての信仰がなかった話を、いまの自分たちに重ねて話されたと感じて)、立ち上がってイエスを町の外へ追い出し、その町が建っている丘のがけまでひっぱって行って、突き落そうとした(=殺そうとした)。しかし、イエスは彼らのまん中を通り抜けて、去って行かれた』

 

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(このようにイエスは、故郷のナザレではうけいれられませんでした。ですが上記のできごとは、今後のイエスに対する、多くのユダヤ人の反応を集約しています。イエスが神を証しする一方で、ユダヤ人は敵意をふくらませ、最後は十字架による処刑にまでいきつくのです。どうか一人でも多くの方が、キリストを救い主だとうけいれますように。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします)