「あなた」になった日

わたしは美容師の見習いとして働いていた
美容師を夢見て地元の高校卒業して地元の美容室に就職
華やかな世界に憧れて就職するも現実は厳しい
見習いとして雑用や補助の毎日
やっとシャンプーを担当させてくれるようになったが、肌の弱いわたしは荒れた手の痛みに耐える日々
給料は安いし閉店後のカラーやカットの練習で帰るのはいつも11時過ぎ
でも綺麗になって帰るお客さんの笑顔を見るとやりがいを感じてた
でもある日いつも通りシャンプーを担当していた時、年配の女性のお客さんからわたしの荒れた手を見て
「店長!担当を変えて。あんな手の子は嫌だから。」
ゴム手袋をはめているものの荒れて皮膚がただれて少し出血していたわたしの手
しょうがなく担当を代わりわたしはバックヤードへ
バックヤードで泣いてしまった
次々と同僚が慰めてくれたけどやるせない気持ちは無くならない
5分くらい泣いてたら店長が来て
「指名が入ったよ!」
うん?わたしみたいな見習いに指名なんか入るわけがない
「どういうことですか?」
泣いて腫れた目で店長に聞くわたし
「シャンプーの指名」
まだ状況は呑み込めない
そもそもシャンプーに指名なんてない
よくわからない状況で泣いていたと悟られないように笑顔でシャンプー台に
そのシャンプー台には常連客の男性が
わたしより少し年上で真面目な感じでシャンプーを担当することが多くて話やすいAさん
「おまたせしました。よろしくお願いします。」と言うわたし
「こちらこそヨロシク!」というAさん
なぜ指名してくれたのか聞きたかったがシャンプーの仕事に集中しなきゃともくもくと髪を洗うわたし
いつもはわたしがシャンプー中に世間話をするけど今日はAさんが話しかけてくれる
いつもの楽しい会話が続いて落ち込んでいたことなんて忘れてしまってた
そしてシャンプーが終わりマッサージを鏡台に移動してAさんにマッサージ
話が盛り上がって笑い過ぎて涙が
マッサージが終わりわたしの役目は終了
またバックヤードに戻る前にやっぱり指名してくれた理由を聞きたくてAさんに尋ねた
「あの・・なぜ指名というかなんというか・・わたしにシャンプーを担当させてくれたんですか?」
鏡越しのAさんは笑顔で
「あなたにシャンプーをしてもらいたいと思っただけ」
「まだまだ経験は浅いかもしれないけど一生懸命シャンプーしてくれるし話してて楽しいし」
「手が荒れてるのは一生懸命頑張ってる証拠。だからさっきのおばさんみたいな人なんか気にしなくていいよ!」
「あのおばさんはあなたのシャンプーと会話ができなかったから損してるのよ」
「美容室は確かに髪を綺麗にしてもらいたいから来るものだけど、非現実的空間でリラックスして楽しい時間を過ごしたいって人が多いんだよ。技術は時間と努力でどうにでもなるけどあなたのお客を癒すシャンプーや会話は魅力だよ!」
「ね!店長!」
大きく頷く店長。
涙を見せないようにバックヤードに逃げるように隠れるわたしをAさんと店長は笑ってた
バカ!でもありがとう!なんて優しい人なんだろうと思った
その日からAさんとは今まで以上に仲よく話すことができた
あくまでも美容師見習いとお客様
月に一度10~15分の楽しい時間
そんな関係が変わったのはわたしが美容師を諦め美容室を辞めた日
手荒が酷くなり痛み止めを飲みながら仕事をしてたけどシャンプーや染毛剤・パーマ液に耐えれる肌体質ではなく泣く泣く美容師を諦めた
そして勤めてる美容室を辞める日
色々な思いを巡らせて最後の仕事をしてたらAさんが来店
よかった・・あの時の優しい言葉も含めてお礼が言いたかったから
わたしが辞めることなんて知らないだろうから、いつも通りにシャンプーをして会計が終わって店を出る時に辞めることを伝えようと思った
Aさんに最後のシャンプー
今までの感謝を込めて入念に
いつも通り楽しい会話
この楽しい時間が最後だと思ったら自然と涙が出てきた
でもなんとか我慢して無事終了
そして会計が終わりAさんを見送るため店の外へ
わたしはお別れと感謝を伝えようと「Aさん」と呼ぶとAさんが持ってる大きなバックからゴソゴソと何かを取り出してる
うん?何?
するとバックの中から花束が・・
え!ウソ!
「お疲れ様でした!辞めるのを店長から聞いて来たんだよ!」と花束をわたしに・・
「あ・・あの今までありがとうございました・・あの・・Aさんには本当に・・」
突然のことでシドロモドロのわたし
にこにこ笑うAさんとオロオロするわたし
そしてAさんは急に真面目顔な顔になって深呼吸をして話始めた
「もしよかったら付き合ってくれないかな?毎月美容室で頑張ってる姿を目で追ってる自分がいて・・シャンプーの時の会話が自分を本当に癒してくれることに辞めるって店長から聞いて気付かされた。好きなんだって。だからもう会えないなんて・・側で応援し続けたいんだ。」
嬉しさと驚きが入り混じって涙が止まらない
うずくまって泣くわたし
「大丈夫?」と不安そうに聞くAさん
なかなか戻ってこない店長が心配して見に来た
Aさんと一諸にオロオロ
そんな重い空気の中わたしはポツリと一言
「お願いします」
察した店長がAさんに抱き着く
店長「よかった」
Aさん「ありがとうございます」
そうして退職の日はあなたとの始まりの日となった
Aさんから「あなた」になった日


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