フォレスタの散歩道(パート4へ) 東日本大震災の20日前、2011年2月にスタートしたこのブログも1000回を超えた

概ね2~3日毎の更新、1回に3題の記事をめどとして来たが、以後間隔や記事の数などに捉われずに更新することとしたい。

【投稿漏れ記事の再投稿#33】コースを外れた我が「バックカントリー・スキー」の恐怖(2023.02.01)

2024-05-07 20:09:26 | 日記

    昨日は長野県小谷村の名前を思い出して、大学1年の時に同村でスキー合宿したことを私のスキー体験として書いたが、今日はスキーの遭難に関する体験談である。
スキー合宿の9ケ月前のことになろうか、大学の入学が決まった3月のこと。大学合格の報告方々谷川岳の麓の温泉町に住む祖父母の家に行って、受験でブランクになっていたスキーを楽しんだ。
主戦場は谷川岳天神平スキー場。祖父の家の斜め前の停留場からバスに乗って30分、そこから全長2.4kmのロープウェイでゲレンデへ。ゲレンデの最高点標高は1500mで上越沿線のスキー場としては標高、積雪量、雪質ともに最高なのだ。
おまけに大叔父がロープウェイ会社に勤めているので、私が訪ねて行くと事務所を通って搭乗客が並んでいるのを尻目に先頭で無料搭乗、ゲレンデに着けばもう一人の大叔父がスキー場のパトロール隊員で、リフトの回数券1枚を買うとその裏に「この人をよろしく」と書いてくれて、一日中リフトに乗れたのである。(因みに当時一日券というのはなかった)
話の前触れが長くなったが、天気が余り良くなかった2日目だったか3日目のこと。いつものように最高高度へのリフトに乗って滑り降り始めたのだが、吹雪に近い雪模様となって足元も見えないホワイトアウト(雪で視界が真っ白となり何も見えなくなる)状態となり、馬の背のようになっている尾根の分かれ道を見誤ってしまった。少し雪が小降りになって気付くと見たこともない光景が・・・深い新雪で人が通った形跡は全くない。まさに「バックカントリー」(人の手の入っていない天然のコース)である。
   やばい!と思ったが引き返すにはとてもそこまで体力が持ちそうもない。このままでは完全に方向が違う。胸の中では「疲労の果て凍死、やっと大学に合格したのに、ここでおしまいか」という気持ちが湧いて来た。
そんな時、何ともう一人迷って下りて来た人がいた。40歳近い女性だったが、ホッとした半面お互いに不安に突き落とされていた。そこで二手に分かれ、女性は引き返し、私は真横にトラバーユすることとし、どちらかがゲレンデに出たら相方の捜索を願うこととした。私はそれから10分か20分くらいでリフトの滑車の音が聞こえるようになり「助かった!!」と思い、さらにしばらくして滑降している人影がぼんやり見え出した。
かくして双方助かったのだが、その後社会人となって九州に赴任するまでの間、懲りずに毎年ここを中心にスキーを楽しんだ。

(写真はゲレンデの最高点附近で、今回の話しのスタート地点はこの近く。これはその翌年くらいの写真で、背後の頂上が谷川岳である)
   



 

 

 

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