はじめに/能登半島地震で被災された皆様へ

日ごとに拡大していく被災地。

元日早々、私たちの視点は

未曾有の災害に釘付けになりました。

阪神淡路地震で父を亡くした私も

辛くも悲しい現実に心がシンクロし、

どう手助けをすればと考える毎日。

皆様、日々心身共に

憔悴されている事と察します。

どうか、どうかご自身を大切に。

そして前を向いて、

進まれる事を切望します。

今日の為に、明日の為に。


🔹




還暦を超えてからの毎日は

やたらと早く過ぎて行く気がしてならない。

特に、風の無い穏やかな昼下がりや

鮮やかな黄金色の夕陽に包まれると

行き場のない無常感が私を締め付ける。




三十代後半、練馬の上石神井という街で

一人暮らしをしていた。

最寄りの駅を下車する。

ちひろ美術館の前を通り新青梅街道へ出ると

道路は見事な夕陽に包まれ

両手に買い物袋を下げた私の影は

東に長く、その身を伸ばしていた。

街路樹のムク鳥の群れを避け家路に向かうと

散歩途中の飼い犬が勢いよくリードを伸ばして

媚びを売る様に私に近寄った。

パンツの裾をペロっと舐めると

塞がった両手では何もしてやれず

飼い犬はそれを悟ると

そそくさと道を後にした。


ハンバーガーショップの排気口から出る

ポテトの香りが近づくと我が家はもうすぐ。

バンズに挟まれたピクルスと

焼きたてのパテを思い浮かべると

自炊を忘れ財布を開きそうになる。

いやいやいや。

母が送ってくれた食材と今月分の買い出しで

あと数日を乗り越えねばならず

欲望の楔を何度も心に打った。

足音を響かせエントランスに入る。

郵便受けの投函物を鷲づかみにして

部屋に入ると、

ひんやりとした空気が私を囲んだ。

生臭い息を吐くエアコンを点けると

なかなか暖かくならなかったが

"帰って来たな"と心を落ち着かせる

私のルーティンでもあった。

おもむろにチラシや郵便物を見ると

1通のハガキに目が止まった。

専門学校時代の同窓会の案内だった。

よく見ると笑ってしまう位、

下手くそな宛名書き。

それが誰の字なのかはすぐわかったが

すでに第一線で活躍する彼の字には

チカラ強ささえ感じる位だった。

当時、大阪で一人暮らしをしていた彼とは

アートや映画・音楽などの話が合い

彼の家で酒を飲みながら、

たびたび夜更かししたものだった。


同窓会には参加しなかった。

"仕事が忙しい"を理由に、

第一線の彼とは会いたく無かった。

嫉妬と引け目。

ただそれだけ。


グラフィックデザインを生業として

今も活躍している彼。

彼は私の中のヒーローである。

"憧れるのはやめましょう"など微塵も無い。

あの同窓会を辞退したあの時から

歳を重ねる度に後悔のカサブタが

大きくなっていくのである。

今年私は67歳。

同窓会は再びあるのだろうか。