ぷらっと箱根 | 小田原暮らし

小田原暮らし

海と山の近い小田原から日々の暮らし綴り。

4月10日。

本日目覚めて浴びた太陽が強烈で、

子ども達を送り出した後、

「箱根」という言葉が

急に浮かび上がってきました。

 

いやいやいや、娘、

今日は給食なしで早く帰ってくるし。

今から行ってもゆっくりできないし。

 

なんて言い訳をしているうちに、

箱根が遠のきましたが、

やはり最初に湧き上がってきたものに

のってみるしかない。

 

ということで行ってきました。

 

いつもは会釈するだけの曽我社なのですが、

なんか気になって寄ってみました。

 

ご本殿。

平日だからか、ゆっくりお参りできそう。

 

この場所に立ったらお太鼓の音が聞こえてきて、

まるで護摩焚きみたいなリズムに

「おっと!」と

思わず足が止まりました。

聞くというより、リズムや振動を

体に合わせる意識で太鼓を感じてみました。

心地よかったです。

 

こんな場所もできていました。

硫黄の香りの漂うお湯(熱湯ではない)が

ちょろちょろ出ていました。

 

脇山道を通って恵比寿社の前で。

お参りはしなかったけれど、

山桜がきれいでした。

 

ちょっと思い立って九頭龍に行きたいなと

いう気持ちがやってきたので、

もう一度参道をのぼろうとしましたが、

どうも本社に行きたい気持ちに引きずられ、

本宮まで移動です。

20分くらい歩きますが、芦ノ湖が見えて

ハイキングも楽しめます。

(アスファルトだけど。。。)

完全ハイキングモード。

木々をながめたり、

鳥のさえずりに耳を澄ませたり。

ここちよいお散歩タイムでした。

 

九頭龍の森に到着しました。

入り口のこちらにごあいさつをしましたが、

なんだか混みあっていました。

誰かが「今日はタツの日だから」的な

ことを言っているのが耳に入ってきたのですが

だからなのかな?(あまり気にしてない)

ボートで到着する人たちも多くて、

何やらサークルを作って

お祈りをささげる団体もいて、

そしてとにかく外国人が多くて

なんだか箱根も様変わりしたなぁと思いました。

 

うまい具合で人混みがはけていくので

本社参りの本懐を遂げ(って、おおげさ)

人のいない湖面でしばしぼんやり。

キラキラと輝く水面を眺め、

パシャパシャと波打つ真水の音を聞き

新緑の緑と空の青を感じていました。

 

こちらの場所も人がいなくなったので、

下に降りて鳥居を眺め、思わず手を合わせました

人の気配を感じたのですぐに立ち去りましたが、

外国の方でした。

そのあとふと振り返ると、

その外国人がわたしがしたのと

同じような場所で

同じ姿勢で手を合わせていました。

なぜだかわかりませんが、

内側からほんわかと温かくなり、

「この世界が平和でありますように」

思ってしまいました。

 

実は最近、日本の土地が外国に買われたり

日本へガンガン外国人が入ってくることや、

外国人のマナーの悪さや犯罪の話も耳にして

ちょっと嫌な感覚を持っていたのですね。

 

でも、この人の佇まいを見た時に、

ハッと気づかされました。

 

リスペクトなんだなって。

自分とは違うものに出会った時

それに敬意を払うとか、

受け入れようとする気持ちとか。

(わかる、わからないや、

 受け入れる、受け入れないは別として)


そういうものを、私は、

私の真似をして手を合わせる外国人に

感じたんだと思います。

 

私はキリスト教徒ではないけれど、

仮にヨーロッパに行って

教会に入ったなら、

そこで祈る人と同じポーズを

とってみようとし、

その人が感じるものを感じてみようと

するだろうけれど、

(その方々が長い歴史の中で培ってきた

 祈りはできなくても)

それと同じかなと思いました。


逆に、日本人でも日本の伝統や文化、

大切にされてきた風習を全く無視する

人だっていますしね。


国の線引き、関係ないね。

どんなあり方をするかという、

人間としての問題だなと思った瞬間でした。

 

 

そろそろ本当に娘が帰ってきちゃうので

お名残惜しいですが、帰路につきます。

 

美しいです。

 

富士山が見えるスポットがあったので

しばしぼーっと。

焦ってる割には

満喫しちゃいました。


そして旦那さんと一緒に食べる

おやつを買って帰りました↓

(子ども達のはないのか~い。ないのだー笑)


 

追記


お土産のバターサンドですが、

旦那さん曰く

「重すぎて一人で1個はムリ〜」


わたしも同じく〜笑


わたくしどもも、年を重ねましたね。


ということで、バターサンドは

半分にして子どもに分けました。