嫌悪感と一緒に超えて行け。【中編】 | 不思議発見!ナース輝美の天国創世記

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横浜鶴見で花 of Lifeの名前でオーラソーマと石よみやってます♪
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日常でも病床でもナース輝美が闇(病み)も光(可能性)も大事にお手当てします。
ケアを受ける人もケアする人も循環しお互いが助け合う天国を創造中!


 

今回は前回の続きです!

 

 

 

 

 

私が存在する

 

 誰にもある『存在』のニーズ。

 

私がここにいていいと赦すこと…と認識していたのですが私がそのニーズを体感したのは

 

そんな平面での理解ではなかったのですびっくり

 

 

1本目のボトルにグッとはいっていくワークで

 

自分の内側に少しずつじわじわと染み入るように感覚がフォーカスしていきました。

 

内側には、どうしても居たくない嫌だな…と感じる場所がありました。

 

内側のいろんな場所を転々として居心地の良い場所を見つけようとしました。

 

でも、みつからない。

 

最後に残ったのは嫌だと感じている場所。

 

もう行くところがないので、しかたなく嫌だと感じる場所に居てみる。

 

すると嫌な感覚に居ることで、じわっとものすごい勢いで安心感が広がっていくのがわかりました。

 

今までに感じたことがない安心感。

 

自分の身体に自分が隅々まで入っていく、そして同時に、皮膚が肉がとろけてふみゃふみゃになってしまうような至福ともいえる感覚。

 

 

 

これが安心感、これが ある という感覚なのだと私は知りました。

 

 

やはり、言葉での理解ってあてになりませんねタラー

 

 

 

 

 

ぐちゃぐちゃの嫌悪感

 

 嫌だと感じるところが一番、 ある という存在することへのエクスタシーを教えてくれました。

 

 

頭で考えるとわけがわかりません(笑)

 

1本目のオレンジを見つめていると、何かが浮かんできます。

 

 

 

浮かんできたものを言葉に変換していくと

 

「和や和や和や和や…!!」

「和にゃわにゃわny和…!」

 

と口々に騒いでいる小さいサイズの私がたっくさん出てきました!(笑)

 

 

そう、これはクレーマーの私でした…チーン

 

 

とにかく気いらないこと、不快なことを口々に騒いで訴えてくる。

(訴えてくるだけで自分は何もしない)

 

 

実はこれ、あまりみたくない自分の一面でもあり小さいころ嫌いだった母親の姿、そして旦那の嫌いなところでもありました…ツ、ツライゲロー

 

 

 

つまり私の中にある『嫌悪の感覚』

 

 

これがあると私は仲良くできない、平和なんて望めない…と抑えていた感覚でした。

 

 

 

 

 

嫌悪と拒絶

 

嫌悪感だけでも感じていて嫌なものはない…チーン

 

だから感じないように頭で前向きにとらえるか別のものを与えて自分を紛らわす。

 

 

もう条件反射のように自分に刷り込まれたパターン。

 

これがオーラソーマボトル115番とワークしてパカッと空いてしまった(笑)

 

 

どんな時に嫌悪感が発生したか。

 

 

①アップデートの帰りがけに、大物ティーチャーを囲んでいる人たちがいました。

 

そのうちの一人が突然、「キャーーーーッ」と女の人特有の金切り声で悲鳴をあげたのです。

 

 

ボトルの余韻が広がる静けさが残る会場の空気がいきなり悲鳴で真っ二つに両断された…

 

嫌悪感を通り越してイラッとしました(笑)

 

 

②帰りがけに、男性のティーチャーさんとハグの空気になったときもう体が1,2歩後ろに後ずさりました(笑)それも相手の反応をみないように顔を下に向いたまま…

 

 

いつもの私なら、拒否をしたら相手が傷つくだろうと自然とグッと力をいれてソツなく対応しているはずなんです…傷つく反応みるとさらに傷つくから滝汗

 

 

でもね、①の時は嫌悪感が顔にでちゃってたし②の時は体にでた真顔

 

 

もう抑えられない、無視できない私の嫌悪感…。

 

 

 

 

 

拒絶があるから守られる私

 

アップデートの会場を後にして、一体今起きたことはなんだったのだとボーと振り返ってみる。

 

 

反射のように頭では届かない領域で顔面の筋肉と身体が動いた…

 

ちょっとびっくり…みたいなショック状態(笑)

 

 

ごく自然に拒絶しちゃったぜ…

 

大丈夫だっただろうか。

 

 

相手を傷つけていないかをつい先に考えてしまう。

 

 

でも、1本目の115番が訴えてくる。

 

まずは自分を感じてみろと。

 

ぐるぐる考える思考は置いといて、まずは自分に戻る。

 

すると起こった出来事にはショックを受けているものの

 

自分を守ることができた…という自分への謎の信頼、頼もしさがありました。

 

 

最初の起こった出来事にショックは受けたものの反射的に距離をとったことで守られた感覚があった。

 

 

 

これは、嫌悪感を感じないようにしていたら距離が取れなくてもっと傷ついていただろうな…

 

自分の領域という土台が崩れて不安だっただろうな…と思ったのです。

 

 

 

 

 

 

嫌悪感もクレーマーも大事な私の一部

 

嫌だと思っていた場所に居たら、安心感と ある 感覚に満たされた。

 

 

それは私が生きて存在するために必要な嫌悪感と一緒にいるということだったんじゃないかと思っています。

 

小さなクレーマーはずっと

 

私は嫌なのよ!

 

気持ち悪いのよ!

 

不快なのよ!

 

ってずーと訴えていました。

 

 

私を守るために。

 

その嫌悪感に敏感になっていると本能が戻ってくる感じがします。

 

生命力が戻ってくる。

 

 

私は拒絶をされるのもするのも怖かったけれど

 

拒絶を認められることは、お互いの安全を守ることでもあるなと今はそう感じています。

 

 

拒絶があると平和はない…じゃなく

 

拒絶はお互いにあるね、を認めると平和があった…みたいな。

 

 

 

これは古きとさよならするための大事な気づきだったと思っていますお願い

 

 

 

 

続くよ!

 

 

 

 

 

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