ホトトギスの声を週末に訪ねた三重県伊賀市の山里で聞く。この地ではまだウグイスも盛んに鳴いており、「春告鳥」と田植えの季節を告げる「時鳥」の掛け合いがのどかである▼無粋者には「ケキョケキョ」としか聞こえぬが、ホトトギスの鋭い鳴き声にはその声を言葉にうつす「聞きなし」が豊富にある。「テッペンカケタカ」「ホンゾンカケタカ」「トッキョキョカキョク」「トモニチヨニ」…▼<信濃なる須賀の荒野(あらの)にほととぎす鳴く声聞けば時すぎにけり>。万葉集の東歌(あずまうた)にある。この「時すぎにけり」も鳴き声の聞きなしという説があるそうだ▼この方がその声を耳にすれば、やはり「時すぎにけり」と聞こえるかもしれぬ。岸田首相である。今国会での衆院解散をあきらめたとの観測が広がる。自民党派閥の裏金問題の逆風で、同党が勝てそうな衆院解散・総選挙のタイミングはとっくに「すぎにけり」か▼早期の衆院解散・総選挙で勝利し、その勢いのまま、9月の自民党総裁選でも勝利するというのが首相の計算だったのだろうが、解散を総裁選以降に見送るとなれば岸田さんの戦略は成り立たず、再選はいよいよ厳しくなる▼衆院解散先送りが本当なら、総裁選に向けた党内の動きは本格化するのだろう。出馬を目指す方々にはホトトギスの声がすでに「テッペン(総裁)賭けた闘い」と聞こえているはずである。
教室の花瓶が割れたとする。学校でこの手の問題が起きた場合、担任の先生がクラス全員に目をつむらせて割った者に手を挙げさせるということが、昔はよくあった。「割った者は正直に手を挙げなさい」。今ではコントのネタだろう▼「不正を行っていたのは誰ですか」。その問いかけにあの子も、この子も次々と手を挙げる。そんな寂しい場面を想像する。自動車・二輪車メーカーの「型式指定」を巡る不正申請である▼昨年発覚したダイハツ工業と豊田自動織機の不正を受けた国土交通省の調査に対し、5社が「実はうちも」とデータの虚偽記載や試験車両の加工などの不正を認めた。これが高い品質で世界の信頼を勝ち得た日本の自動車メーカーの実態とは情けないではないか▼販売台数は世界トップで「成績優秀」、「不正はない」と胸を張っていた「トヨタ君」も申し訳なさそうに手を挙げているのをみればユーザーはショックだろう。2016年に発覚した三菱自動車のデータ改ざん以降、これで国内すべての乗用車メーカーが品質不正をしていたことになる▼5社は申請に不正はあったものの、安全・環境基準は満たしていると説明している。言い訳にはなるまい。守るべきルールが勝手な理屈で破られた▼さてもう一度、5社を「教室」に呼び、厳しく問わねばなるまい。なぜ不正を、再発防止にどう取り組むかを。
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」。そう刻む広島市の原爆慰霊碑に2012年9月、塗料がかけられ、30代の広島の男が現行犯逮捕された。曽祖父母が被爆し死亡。「碑文は主語があいまい」という右翼系団体の批判に共感したという▼主語がなく日本が過ちを犯したように読めるとの反発はかねてある。市は「すべての人びと」が戦争という過ちを繰り返さないと誓っていると説明する▼人類の誓いの場であるはずの8月6日の「原爆の日」の式典。今年、パレスチナ自治区ガザを攻撃するイスラエルを招き、ウクライナに侵攻するロシアを招かないのは二重基準だと市が批判されている▼侵攻が始まった2022年以降、ロシアと友好国ベラルーシを招かないのは円滑な式典挙行への影響を考慮したためと市は言う。ロシアとの同席を嫌う大使はいそうだが、イスラエルの場合も心配なしと言えまい。市は22年も当初はロシアを招く方向だったが、日本政府の姿勢が誤解されると外務省が懸念を示したと報じられる。紛争当事国こそ招くべきだった気がする▼塗料をかけた男は有罪判決後、地元の中国新聞の取材に「碑は被爆者にとって特別な存在。当たり前のことに気付けなかった」と悔い、8月6日に碑の前で手を合わせたいと語った▼人の考えは変わる。そう信じ、門戸を開くのがヒロシマでなかったか。
津軽出身の吉幾三さんの『俺ら東京さ行ぐだ』は40年前の発売。その7年前に『俺はぜったい!プレスリー』が売れたが人気は長続きせず、雌伏の日々の末の再ヒットだった▼自著によると、周囲の態度は一変。旧知のテレビマンは局で会っても「生きてたか。まぁ頑張れや」と上から目線だったのに「吉先生、ぜひ番組にご出演を」と電話してきたという▼先生と言えば、北海道選出で自民党の長谷川岳参院議員の悪評を聞く。吉さんがユーチューブで航空機内の態度が横柄だったと指摘し、北海道や札幌市などの職員への威圧的言動も次々露見した▼会議で「僕はぶち切れるよ」と発言。「クビにしてやる」と言われた省庁職員もいると報じられた。道幹部は関係予算を含む国の予算成立時にお礼のメールを一斉に送信。長谷川氏との面会のみを目的とする道の出張は昨年度118回で、他の道内選出議員はいずれも5回以下だったという。「○○さ行ぐだ」という訛(なま)りは札幌では聞かないが、怒らせないために何度も東京さ行ったのか▼40年前のヒットで態度を一変させたテレビマンの出演依頼は、吉さんの日程の都合で実現しなかった。「アレは僕が育てたようなもんですから、僕の言うことだったら何でも聞きますよ」と局で大見えを切っていたと後に知ったという▼偉そうにした人のことを、された側は忘れぬものである。