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滋賀解放同盟お弁当の猫きのこkairuです🐾

 

私、勉強大嫌いでしたニヤリ

 

そもそもが記憶力が皆無で、例えば人の感情の絡まないパソコンのHTMLの打ち込みなど言語道断。

 

なのに、方程式を暗記しないと次に進めない理数系は地獄でした。

 

 

授業中は先生の話は一切聞かず、教科書の端に漫画を描いてましたっけ。

 

そんな私ですが、聞かずにはおられない大好きな授業がありました。

 

高校の時の、お寺のお坊さんでもある歴史の先生の授業です。

 

あったまつるつるのテカテカの先生ですが、この人の授業は面白かった。

 

目をキラキラさせながら

 

織田信長が濃姫を嫁に貰った後に舅の斎藤道三に挨拶に行く事になり、斎藤道三が臣下に道すがらの信長の様子を見に行かせ、噂に違わぬうつけの無礼な服装を着ていた事を知る。

 

もとい想定内の事で、それを理由に切ってすて、尾張を乗っ取ってしまおうと待ち構えていたが、会って見ればきらびやかな衣装に着替えた美丈夫の娘婿になり変わっていて、切り捨てる理由がなくなり、迎えるしかなくなった。

 

「途中で着替えていたんですね」と無茶苦茶嬉しそうに語っていたり

 

信長が裏切られたと激怒して浅井長政頭蓋骨を杯にして酒を飲み干して舞を舞ったりするとことか

 

全部、本当だったか脚色されたものなのかは真実なんて分りませんし、生徒に興味を持たせようと思って小説を題材に面白おかしく語られたのかも知れないけれど、それでもすっごく嬉しそうに語る姿が今でも目に焼きついています。

 

それが私にはたまらなくツボで、家にあった山岡荘八織田信長を読んで見ようと思ったきっかけになったのでした。

 

こうして、教科書に載っていない面白い授業の中でも、特に印象に残ったのが

 
 

配給だけでは生きられないのに戦時下に闇市で買うしか食料を手に入れる方法が無く

 

違法な闇市に手を出した人達を裁いていた判事が、自分は裁く側なんだからと一切闇市で手に入ったものを口にしなかったところ

 

栄養失調で亡くなったと言う話でした。

 

虎に翼花岡判事はこの時に聞いた餓死した判事がモデルではないでしょうか。

 

 

当時、この話が妙に心に響き、こうやって自分を責めて律する人がいれば、自分だけを特別扱いして甘々になる人もいる。

 

この世界で無事、生き延びている人達は、自分を含め、ほとんどが自分を誤魔化して、見たくない物を見て見ぬふりをすると言う、実は汚い生き方をしているんじゃなかろうかと思ったものでした。

 

これと同じような事を思ったのが、車の教習所で先生から授業で聞いた話。

 

もう何十年も前の事なのでうろ覚えなのですが、その先生、神戸の会議に車に乗って明石から出発して、制限速度を完璧に守って行ってみたと言うのです。

 

そうしたらラジオで放送されるほどの大渋滞が起こって、大遅刻となり、大目玉を食らったらしいのですが

 

「なんでですか?交通法規を守っただけです。」

 

と言い放ったら相手は何も言い返せなかったと、嬉しそう~におっしゃっておられました。



確かに花岡判事の志は法律家としては素晴らしい。


とこぞの腐れ政治家に鼻くそを煎じて喰わせてやりたいくらい、公人としてはあるべき姿であると思います。

 

しかし公人としてどうかは別にして花岡判事の死は正しいかと言うと私は違うと思います。

 

闇市の矛盾はこの世界の闇の部分のほんの氷山の一角であり、その時は法の矛盾を突くことが出来て問題提起になったとしても、例え素晴らしいお手本だと後世にもてはやされたとしても、家族を犠牲にしてまで志を貫き通す意味は無いと思います。

 

人は生きて行く上で臨機応変に汚いことも矛盾も清濁併せのむ柔軟性が必要です。

 

でも、そうやって都合よくその都度信念を曲げて生きているってことは忘れてはいけない。

 

自分が仮にどんなに良いことをしても、反面、どこかで目を瞑って汚いことをして生きていることを自覚するべきだと思います。

 

「矛盾なく、自分はまっすぐに素晴らしい生き方をしているなんて、勘違いも甚だしいと思わなければならない。」と、いつも、肝に念じて生きるべきだと思っています。

 

花岡判事はそこを見ずに法と言う名の下だけに誠実に清廉潔白であろうとした。

 

残された家族は彼が拒否した不正の証を食べて生きて行かねばならない、もしくは彼に殉死すると言う選択肢しか残されていないのです。

 

これが子どものために生きなければならないと言う選択肢しかない奥さんなら、まさに本当の地獄だと思います。

 

いや、当時の価値観の嫁ならばこの矛盾には目を背けて、胸を張って主人を立派だと称えて、それを糧にして生きていけたかもしれないけど、アタシには無理です。

 

 

エデンの園から追われた時から人は原罪を背負って生きている。

 

法は神では無いし、それを作る人は完璧ではない。

 

むしろ、その葛藤があるからこそ、そこから生まれる善意は素晴らしいと、私はそう思っているのです。

 

 

そんな矛盾に対して花岡の死で目を瞑れなくなった寅子は法律の矛盾とどう向き合って行くのか。

 

 

虎に翼 に対する画像結果

 

これから注目して見て行きたいと思います。

 

 

 

今日のにゃんこ

 

にゃんこをお迎えした瞬間に人はにゃんこを幸せにする義務を負うように、人は結婚した瞬間から家族の幸せを考えて生きるべきだと思います。

 

アタシはね、自分の信念を貫き通してひとり餓死する夫より

 

 
極論を言えば人の家の鶏を盗んででもに家族を飢えさせないようにしようとする夫の方(こっそり二人で美味しい物を分けあった寅子の旦那様の優三みたいな人の方)が絶対に好きだわ真顔だって、少なくとも夫の目は彼自身では無くこちらを見てくれているのだから