Ununzの夢見

夢へと向かい、私の夢は私的捕らわれから下降しきれない私の夢。ですが、あれらは想像(創造)を補う地下水脈でもあるのです

夢見【47】忍犬っぽい

2017-01-12 12:32:05 | 夢見
(2417字)
 犬に襲われる。体長2メートル弱、黒の強[コワ]いむく毛に埋もれた顔には光を反射する、深く濃い濡れたような黒目、潰れた鼻先は湿っている。脚は長くはないががっしりと、剥きだした牙は如何にも鋭い。唸っている。こちらに対して明らかに敵意があるようだ。足下は薄く砂の敷かれた地面、都内にある広い運動公園の一角にいる雰囲気。十数メートル先に植えられた落葉樹が等間隔に、前後左右周囲をほぼ円形に覆っている。天気は晴れ、時間帯は昼過ぎ。
 立ち上がると熊にも見紛う大きさだった。天に突き上げた前足を今にも振りかぶってきそうな勢いだ。おそらく凌ぎきれないだろう。仮に脚からの一撃に耐えても全体重をかけて掴みかかってくれば倒される。そうすればあとは牙の餌食だ。
 来た……両腕を十字にして受ける。避ける選択肢はない。運良く爪に引っかかれず、しかしずしりと重いものを貰った。顔の横にはこちらの肩に乗ったまま、しばし正面に向けて大きくゆっくりと息を吐く犬の横面。時々小さく左右に揺さぶられる。次の瞬間を図っている。
 両の掌で思いっきり突き放し一旦後ろに引こうとするも、相手の爪が二の腕に引っかかりその際に切り裂かれてしまう。
 血はさほど出ているわけではなく傷は深くはないはずが、右の腕が痺れてしまい持ち上げることが出来ない。さらに体勢を低くし、徐々ににじり寄ってくる。狩りに慣れているのだ、勝利をほぼ手中に収めんとする目前であればこそ、なおのこと獲物を仕留める最後の瞬間までは慎重さを欠いてはおらず、闇雲に力任せに飛びかかってきたりはしない。様子を窺い、決定打となる一撃を狙っている。互いの距離、わずかに3、4メートル。

 いよいよまずいことになってきた、いや元々から絶望的な状況だったのだと改めて意識させられた。足が言うことを利かなくなっていた。後ろに下がろうにも背は向けられない、それに全力で走ったところで相手の足ではすぐに追いついてしまうはずだ。地面の砂が細かな摩擦音を立てる……一分にも満たない時間、向こうとの変わらずの距離を保ったまま、前方に見えていた木々の緑が薄れていく。
 かかとのゴム底が異物を捉え、捉えた瞬間には体勢を崩してしまい、しびれで上手く使えない腕も突き出して必死に宙を掻く。一瞬の暗闇を振り払うとそこには新たな暗闇、ではなく空を覆うばかりの巨獣の姿が。
 諦めとともにあった瞳はいつしか恐怖を忘れ、閉じられることなく最後の時を見定めようとしていた。――視界の全面が黒一色に支配されやがて、勢いのともなった鈍く光る白い爪が迫ろうとしていたその刹那、目の前を右下から左斜め上方に飛び抜ける茶色の影。ひときわ大きな唸り声を上げ黒色の影は前景から遠ざかり、寝転がった状態から首を少し上げると周囲の地面に砂煙が立っていた。
 犬……小犬、体長50センチもない小振りな身体の柴犬だ。くるりと跳ね上がり左右に忙しく振られている尻尾は、それだけ見れば無邪気な小犬のものだ。しかし幼さの残る目に比べ表情は凛々しく、自信に満ち、精悍そのもの。肩から背中、腹筋、前後足の付け根にかけて筋肉は見事に均整がとれ、引き締まって美しい。

 瞬間のち眼前を覆う砂煙が立ち、獲物を掴む、いや、踏みしだく巨獣の前足が見えた。やがて巻き上がった砂が風に吹き飛ばされ、徐々に見えてくる漆黒の足元に無残に潰された小犬の姿が、顔を背けそれでも視線の隅で捉えた地面には、……なかったのだ。どうなっているのかと近くを見回せば、何と黒い獣の背後で姿勢を心持ち低くし、口を開けて先程より幾分呼吸は早まってはいるが、相変わらず落ち着いた表情で次の動きに備えている状態だった。
 こちらの驚きや安堵の感情が伝わってしまったのか、巨体にしてはかなり素早く振り返ると同時に今度は反対側の前足で引き裂こうと振り下ろす。今回はちゃんと目にすることが出来た。彼、小柄な身体は敏捷性、瞬発力に優れ、前方に飛び上がると爪を躱しながらも、あいだには手前に若干向けられていた背と腹が素早く入れ替わるさまに、自らの胴体に捻りを加えつつ相手の鼻先をかすめた。
 小さな足はほとんど音もなく着地した。が、振り返らずにいたとて傷を負った心配も、恐怖におののいていることで次の動きを採れずにいるなどとも全く案じさせない。数分前より一層立てられた尻尾は、肉体の躍動を高め充実を促す呼吸に合わせる。程度あくまで落ち着いた律動から左右へ揺れている様子、目の前の相手に臆するどころか、むしろこの状況を遊びの一種として楽しんでいるようですらある。

 一方、尻を地面にべたりとつけ両手で体を支えた体勢から右に視線を向けると、黒い犬はなにやら今までとは異なり、大いに激情へ支配された怒りを少々の隠し切れない動揺も含んだ声音で発し、首をしきりに振っているのだった。風の収まり静まった足下の砂地を見ると、灰褐色の一面に対して点々と赤黒く染まった部分があった。なにかを振り払うためか、数回にわたって執拗に空間を往復する顔面を見るに、鼻先がいやに濡れていることに気がつく。ではなく、血、――血を流していたのだ。全身を覆う黒毛より幾分赤みのかかった雫が垂れ続けていた。
 再び小犬のいる方に向き直ってみる。斜め正面から確認した肉付きは引き締まったものとはいえやはり小柄だったが、初めて目にしたその表情のまま興奮も怯えも一切なく声一つ発さず、目の前を見据る余裕が充分その身体へ力強さを与えているのだった。しかし相手を、状況を甘く捉え隙を見せる様子は微塵もなさそうに、あくまでも慎重に次の行動を準備しているかと構える姿は心強さをさらに確認させる。
 少し口を閉じ気味によく見るとほんの小さな、しかし顔の動きに合わせるよう揺れるたび、晴天の太陽から光線を受けては時折ちらつかせる獲物――刃渡り10センチ足らずの小柄を咥えていた。