福岡県の水城に行った際,車で30分ほど移動して太宰府に行きました。三度目の参拝です。この日は高校の修学旅行の生徒が多く駐車場には何十台もバスがとまってました。参道もその生徒とインバウンドの外国人で溢れてました。
水城の次は福岡県の小倉城に行きました。三度目の登城です。ここは続日本100名城181番目の城で1602年に細川忠興により築城されました。細川氏が熊本へ転封後、小笠原氏が入り幕末まで続きます。天守は模擬天守ですが堀に写る姿は綺麗でした。
天守閣には宮本武蔵に関するコーナーもありました。
久留米城の次に福岡県の水城に行きました。
ここは続日本100名城182番目の城で大和朝廷が664年に築城した古代城です。日本書紀にも記されており太宰府を守る城として築城されました。地元ボランティアガイドさんに遺構につき詳細なガイドをしてもらいました。
基肄城の次に福岡県の久留米城に行きました。
ここは続日本100名城183番目の城で1587年毛利氏により築城され江戸時代に有馬氏が11代続き幕末を迎えてます。本丸跡に堀と石垣が残るコンパクトな城でした。
佐賀県の唐津城の次に佐賀県の基肄(きい)城に行きました。ここは続日本100名城184番目の城です。天智天皇が665年,筑紫国に大野城とともに築いたと日本書紀に記されている古代山城です。
周囲約3.9kmと広大な城で土塁・水門の遺構があります。頂上まで登ると南に有明海が,北に玄界灘が見える戦略的要所だったことが良くわかります。この日は天気も良く雲仙岳が見えました。
長崎県の原城の次に佐賀県の唐津城に行きました。ここは続日本100名城188番目の城で1608年寺沢氏により築城されました。
寺沢氏改易後、長崎のおさえとして大久保・松平・土井・水野・小笠原氏と徳川譜代の大名が藩主となっています。天守からは日本三大松原の一つ「虹の松原」が綺麗に見えました。
城内の藤棚では藤がちょうど見頃を迎えていました。
八代城の次は長崎県の原城に行きました。ここは続日本100名城の188番目の城で天草・島原一揆の舞台になった城です。広大な城跡は世界文化遺産にも登録されています。三の丸・二の丸・本丸と歩いて城内をまわりました。本丸には石垣が残っていますが破却された城ということであまり城の遺構はありませんが城跡から雲仙岳や有明海が綺麗でした。
鞠智城の次は熊本県の八代城に行きました。ここは続日本100名城190番目の城で古麓城・麦島城・八代城と名前と場所を変えてます。小西行長・加藤清正・細川忠興と豊臣秀吉ゆかりの武将が治めていました。建物は残っていませんが堀と石垣が綺麗な城でした。
今日から九州の続日本100名城巡りのツアーに参加しています。名古屋から熊本まで新幹線に乗り,最初におとずれたのは熊本県の鞠智城(きくち)でした。ここは7世紀に大和朝廷により築城された古代山城で土塁に囲まれた広大な城内には鼓楼・米倉・兵舎などの建物が復元されています。資料館では1300年前の防人の生活ぶりなどが紹介されていました。
幸田町民会館で開かれたファミリーコンサートに行ってきました。
これは岡崎市と幸田町が後援する岡崎フィルハーモニーのコンサートでした。タイトルにあるとおりファミリー向けのクラッシックコンサートで第1部は聞き馴染みのあるクラッシックの名曲が、第2部ではディズニーやジブリ作品の曲が演奏されました。観客は親子・家族連れが多く大喝采でした。
刈谷ハイウェイオアシスで開かれた「西三河フォークジャンボリー」に行ってきました。
今年で12回目になり2日間にわたり57組の出演者がフォークを演奏します。初日に行き9時20分から17時40分までゲストを含め29組の演奏を楽しみました。ガロやチャゲ飛鳥のコピーバンドや懐かしのフォークなどバラエティーに富んだプログラムでした。
久しぶりに知多市新舞子からボートを出しました。
名古屋港でジグヘッドにラバーワームをつけマゴチ狙いではじめました。なかなかアタリがなくオニギリを食べながらボートを流しました。
満潮にむかい潮が動いた時、大きなアタリがあり慎重に取り込みました。名古屋港でははじめてのヒラメが釣れました。結果この1匹だけでしたが嬉しい1匹でした。家に帰って刺身にして頂きました。
岡崎市図書館の内田修ジャズレコードコレクション室で開かれたレコードコンサートに行ってきました。
今回はドラム奏者のスティーヴ・ガッドの初アルバム「ガッドアバウト」でした。タイトル曲ほか5曲とも軽快なジャズが聴けました。
豊田市美術館で開催されていた「未完の始まり」展に行ってきました。
これはサブタイトルに「ヴンダーカンマー(驚異の部屋)」とあるように当美術館の隣に博物館が開館するにあたり美術の未来を示す展示になっていました。
昨日の中日新聞に紹介されていた岡崎市の松應寺へ白フジを見に行ってきました。
毎年この時期,楽しみにしています。新聞に紹介されたこともあり大勢の人で賑わっていました。
この寺は徳川家康公の父広忠公の御廟所でもあります。