武弘・Takehiroの部屋

万物は流転する 日一日の命
人生は 欲して成らず 成りて欲せず(ゲーテ)

血にまみれたハンガリー(2)

2024年05月03日 02時05分53秒 | 戯曲・『血にまみれたハンガリー』

 第四場(モスクワ・クレムリン内の一室。ソ連共産党政治局会議が開かれている。 フルシチョフ、ブルガーニン、モロトフ、カガノヴィッチ、ミコヤン、スースロフが出席。なお、マレンコフは病気療養中で欠席)

モロトフ 「一体、ポーランドはどうなっているのだ。 明日から中央委員会を開いて、ゴムルカを第一書記に選ぼうというのは本当なのか」

フルシチョフ 「そうらしいな、困ったものだ」

カガノヴィッチ 「困ったもんだでは済まされんぞ! このまま、ポーランドの自由化を許したらどうなるんだ。ソ連の面目は丸つぶれじゃないか!」

スースロフ 「だから、いろいろ手は打ってある」

ブルガーニン 「どんな手を打っているのだ」

スースロフ 「国防大臣のロコソフスキーにクーデタを起こすよう指示してある。しかし・・・」

モロトフ 「しかし、なんだと言うんだ」

スースロフ 「どうもポーランドの軍隊は、ロコソフスキーの言うことを聞かないらしい。 ポーランド軍の大半は党中央の側に付いていると、先ほどロコソフスキーが連絡してきたばかりだ」

カガノヴィッチ 「けしからん! それじゃ駄目じゃないか。“カトリック野郎”がうようよしているポーランドは、そういう国なんだ。 こうなれば、共産主義陣営の団結を守るためにも、わがソ連軍が出撃して、ポーランドを屈服させる以外に道はない」

ミコヤン 「しかし、それは危険だ。もし、ポーランド人民と軍隊が一致結束して、ソ連軍に抵抗してきたらどうなるか。 ちょっとやそっとでは、ポーランドを制圧することは難しくなる」

モロトフ 「それなら、他にどんな方法があるのだ。このまま、ポーランドのソ連からの離反と自由化を、黙って見ていろというのか。 カガノヴィッチ同志が言うように、早急にソ連軍を出動させるべきだ」

フルシチョフ 「しかし、ポーランドの抵抗が強くて、制圧できなかったらどうなるのだ。 ソ連は全世界の非難を一身に浴びて、わが国の権威は地に堕ちるだけだ。それでも良いというのか」

カガノヴィッチ 「フルシチョフ同志、大体、あんたがスターリン批判をやり過ぎたり、チトーの所へ謝罪に出かけたり、コミンフォルムを解散するなど、手ぬるいことばかりしているから、こういうことになるのだ。 もっと毅然とした態度を取っていたら、東ヨーロッパの各国がざわめくことはなかったはずだ」

スースロフ 「今さら、そんな話しをしても仕方がないでしょう。平和共存路線も、社会主義諸国間の平等な関係改善も、全て党の公式会議で決定したものだ。 それを“スターリン時代”に逆戻りさせようとしたら、なおさら各国の反発や抵抗を呼び起こすだけだ」

モロトフ 「しかし、このままポーランドの事態を黙って見ているわけにはいかない。 もし、ポーランドが自由化の道をたどり、西側諸国に接近するようなことにでもなったら、フルシチョフ同志、ソ連共産党の最高指導者であるあなたの責任と立場は、重大なことになりますぞ」

フルシチョフ 「勿論それは分かっている。私は党第一書記としての責任を痛感している。 だからこの際、私を始めとしてわが党の代表団がワルシャワに乗り込み、オハブら統一労働者党の指導部を説得する以外に方法はないと思うが・・・」

ミコヤン 「そう、それしかありませんな。 わが陸軍はワルシャワを包囲し、海軍はバルチック海の沿岸から相手を威嚇する。そうしておいて、ポーランドから大きな譲歩を勝ち取るしかないでしょう」

カガノヴィッチ 「譲歩を勝ち取るのではなく、相手を屈服させなければならんのだ」

フルシチョフ 「それは勿論、屈服させられれば最高だ。しかし、ポーランドの団結がどのくらい強いか弱いかが問題だ」

スースロフ 「そうだ。われわれの断固たる要求に対して、相手が動揺すればチャンスが生まれてくる。 ポーランドの党や軍隊が分裂状態に陥れば、武力で制圧することも可能になるでしょう」

モロトフ 「よし、それならそうしよう。私もワルシャワに行く。 フルシチョフ同志、早速あなたに代表団の人選をしてもらおう」

フルシチョフ 「うむ、それでは私の他に、モロトフ同志、カガノヴィッチ同志、ミコヤン同志でいかがかな」

ブルガーニン 「それでいいだろう」

スースロフ 「もう一人、ワルシャワ条約軍司令官のコーネフ将軍も同行させたらどうか。 コーネフがいれば、こちらも断固戦う決意であることを、相手に嫌というほど知らしめてやることになるが」

フルシチョフ 「そうしよう」

全員 「よし、決まった」「それでいい」「その方針で行こう」

 

第五場(ブダペスト工科大学の一室。 メレー・オルダスとペジャ・フェレンツ、他に4人の学生がテーブルに付いて話しを進めている)

学生一 「われわれの決起集会の準備は整った。 あさっての午後、大学のホールで一般の人達もまじえて、一大集会を開くということでいいね」

学生二 「それでいこう。 集会を大衆的なものにするため、初めは教科書代の値下げや、学生寄宿舎の環境改善などを要求項目として示すつもりだが、その後は勿論、政治的、社会的な要求を掲げようと思っている」

ペジャ 「それは良い。まず身近な問題から始めて、じょじょに政治問題へと盛り上げていく。 その方が多くの人の共感を得やすいだろう」

学生三 「大集会をやるという宣伝は、市民の間にも深く浸透しているようだ。 ホールに人が入り切れないのではと、その方が心配なくらいだ」

メレー 「大したものだ。われわれの集会は成功しそうだな。 ゲレー達が帰ってきたら、きっとびっくりするぞ」

学生四 「あの連中が、いくらユーゴスラビアでチトーと仲直りする振りをしても、見え透いている。 もうスターリニストどもには用はない。帰ってきたら、党から追い出してやるだけだ」(その時、学生五が部屋に駆け込んでくる)

学生五 「おい、みんな、ポーランドでゴムルカが第一書記に返り咲いたぞ! いま、ラジオで聞いたばかりだ」

学生一 「本当か、やったぞ!」

学生二 「ポーランドは勝った! ポーランドは自由を回復するぞ!」

学生三 「偉大な勝利だ。それで、フルシチョフ達はどうなったんだ」

学生五 「フルシチョフやモロトフ達は、中央委員会総会の真っ最中に飛行機でワルシャワに乗り込んできて、昨日から今日の明け方まで、統一労働者党の指導部と延々と激論を闘わせたそうだ。 その席にはコーネフもいたそうで、言うことを聞かなければソ連軍が介入すると、猛り狂って脅しをかけたようだ。

 ところが、あの“煮え切らない”オハブ達もゴムルカと一緒になって、ソ連軍が侵入してきたら、ポーランド国民は一致結束して戦うと断固たる決意を示したため、さすがのフルシチョフ達も最早これまでと観念したらしい。 そこで、あいつらは今朝早く、すごすごとモスクワへ帰っていったということだ」

メレー 「素晴らしい! ポーランド人民と統一労働者党の英雄的な戦いが、勝利を収めたのだ」

学生四 「ワルシャワでは、労働者や学生が武装して立ち上がる準備をしていた。 ポーランド人民の祖国愛と闘志が、うす汚い“ロシアの熊”どもを追っ払ったというわけだ」

ペジャ 「偉大なポーランド人民の戦いに敬意を表し、われわれも見習おうではないか。 ハンガリー人民も一致団結して当たれば、ソ連軍の横暴な介入をはね除けることができるはずだ」

学生一 「そうだ、われわれも戦う準備を始めよう。“モスクワの犬”ゲレーやヘゲデューシュを追っ払おうとすれば、必ずソ連がポーランドの場合と同じように、戦車を繰り出してくるだろう。 

 しかし、われわれがハンガリー人民と手を取り合って立ち上がれば、露助どもはすごすごと引き返さざるをえないのだ。 ポーランド人民の勝利は、僕らに限りない勇気を与えてくれたと言ってよい」

メレー 「ハンガリーの前途に、明るい希望が湧いてきたようだ。 すでにセゲドでは、われわれの同志が決起集会を開いた。ジュールでも他の都市でも、労働者や学生が一体となって立ち上がろうとしている。 今こそ、二百万人のブダペスト市民が決起する時がきた。老いも若きも男も女も、“マジャール人”の誇りを持って立ち上がろうではないか」

学生二 「オルダス、君の恋人のノーラも一緒にやってくれるんだろう?」

メレー 「それはそうさ。ノーラだって、僕らの気持は分かってくれるはずだ」

学生三 「恋人と仲良く腕を組んでデモをするなんて、素敵だぜ」(学生達、どっと笑う)

メレー 「冷やかさないでくれ、ノーラだって愛国者なんだ。彼女は喜んでデモに加わってくれるよ」

学生四 「オルダスの顔を見ていると、前途は“バラ色”といった感じだな」

メレー 「もうよさないか。僕もノーラも、ハンガリーの自由と独立のために真剣なんだ」

ペジャ 「分かった分かった。ハンガリーに自由が甦った暁には、メレー・オルダスとウィラキ・ノーラのために、僕らが祝福をあげる時が来そうだな」(学生達、また明るく笑う)

学生五 「わがマジャール民族の将来も、“お二人さん”の前途のように、希望に満ちて明るいってわけだ」

学生一 「よしっ、あさっての決起集会を、ブダペスト市民にとって歴史的な記念すべき集会にするよう、盛り上げようじゃないか!」

学生達 「賛成!」「異議なーしっ!」「ハンガリーの自由とマジャール民族の独立のために!」「われわれは戦うぞっ!」「必ず勝つぞっ!」

 

第六場(ウィラキ家の応接間。 メレー・オルダスとウィラキ・ノーラ)

ノーラ 「オルダス、いよいよ明日は集会が開かれるのね。私も参加するわ」

メレー 「それより、お母さんの容体はどうなの? お母さんが君のことを心配しているようだったら、無理して集会に来なくてもいいんだよ」

ノーラ 「いいえ、母に集会のことを話したら、私のことなど少しも気にしないでと言われたわ。 それに、母の具合もだいぶ良くなってきたの」

メレー 「それは結構だ。でも、出来るだけ君が、お母さんの側に付いてあげている方がいいからね」

ノーラ 「母は、ミンドセンティさまやカトリック信者の多くが、ハンガリーのために立ち上がっていることを知っているの。 それに、病気で入院していなければ喜んで集会に参加したいくらいだ、皆さんに申し訳ない、とさえ言っているのよ。

 母も、これまでのラコシやゲレーがやってきた恐怖政治を憎んでいるの。 だから、私が明日の集会に参加したいと言っても、少しも反対しなかったわ」

メレー 「そうか、そんなにまでお母さんは、僕達の行動を理解してくれているんだね。ありがたいな」

ノーラ 「でも、ハンガリーの大抵の人達は同じ気持だと思うわ。だって、今までの政治が悪すぎたんですもの」

メレー 「そうだ、たしかに今までの政治はひどすぎた。罪のない人達が何千人も処刑されたり、少しでも自由や社会生活の改善を要求しようものなら、逮捕されたり、ファシスト呼ばわりされたんだからな。 国の政治も経済も、みんなモスクワの方を向いていたんだ。

 2年前、ナジが首相になって新しい路線を打ち出した時には、限られていたとはいえ自由化を進め、強制収容所を廃止したり、集団農場からの脱退の自由を認めたり、重工業優先政策を改めたりして、国民にホッと一息つくような寛大な政治を始めたのだ。

 ところが、ラコシが陰謀をめぐらして、去年の4月ナジを首相の椅子からだけでなく、党からも追放してしまった。 その後は、また“冬の時代”に逆戻りしたように、以前と同じような陰湿で残忍な政治が横行するようになってしまった。

 国民の不満が高まって、見るに見兼ねたモスクワがラコシを更迭したが、その後に、ラコシと同じタイプのゲレーが党の実権を握ってしまったのだから、誰だって政治が良くなったなんて思ってやしないんだ。

 だから僕達は、もう一度ナジの復帰を望んでいるのだ。 モスクワだってナジは大嫌いだろうが、ハンガリー国民の気持を考えれば、ナジに再び政権を渡さざるをえないと思うようになるかもしれない。 そこが、僕達の狙い目なんだ」

ノーラ 「でも、ソ連が本当にナジの政権復帰を認めるかしら」

メレー 「それは有りえるとも。ナジは党に復帰したし、ポーランドでは長い間投獄されていたゴムルカが、ソ連の反対を押し切って第一書記に返り咲いたじゃないか。 われわれが強力に運動を盛り上げていけば、ソ連だってナジの復活を認めざるをえなくなると思うんだ」

ノーラ 「ソ連は、ハンガリーに駐留する軍隊を増強しているようでしょ。 もしナジが政権に復帰したら、どうなるかしら」

メレー 「大丈夫、それほど心配しなくてもいいよ。ポーランド人民と同じように、われわれハンガリー人が一致結束して強い態度で臨めば、ソ連といえども引き下がざるをえなくなるだろう。 問題は、われわれの決意と態度に掛かっているんだ」

ノーラ 「そうね、きっとそうだわ。だから、ポーランドでは勝利をつかむことができたのね。 でも、私達の国はいくら自由化しても、共産圏に残るんでしょ?」

メレー 「そんなことは分かるものか。国の進路については、新しい国民議会で決めればいいのだ。 ハンガリーがオーストリアのように“中立国”になろうとなるまいと、それはハンガリー人自身が決めればいいことなんだ」

ノーラ 「でも、そこまでいくと、ソ連が黙って見ているかしら」

メレー 「それは分からない。こちらの国内情勢をうかがったり、共産圏諸国の動きを見ながら対応してくるだろう。 また、本気でハンガリーを制圧してくるかもしれない。しかし、国の主権を犯すような武力制圧に乗り出してくれば、ハンガリー人としては戦うしか他に道はないはずだ」

ノーラ 「恐ろしいわ、そこまでいくようだとハンガリーはどうなるか、見当も付かないわ。 あなたの話しを聞いていると、動乱がどんどん拡大していくみたいで、恐ろしくなるの」

メレー 「僕は、動乱の拡大なんかの話しをしているんじゃない。そう思われては心外だ。 ハンガリーが、自分の国のことは自分で決めればいいと言っているのさ。僕の友人で、もしもハンガリーがソ連と戦争をするようになったら、アメリカや西側諸国が助けにくるだろうと言っている者がいる。

 しかし、僕にはそんなことは全く分からないし、西側諸国が助けにくるなんて当てにもしていない。 もっとも、西ドイツあたりでは、ハンガリーを救えという放送が、盛んに行なわれていることは知っているけどね」

ノーラ 「共産圏の中での自由化なら、“雪解け”と言っているくらいだから、ソ連だって認めざるをえないでしょう。 でも、ハンガリーが中立国になったり、自由主義陣営に入ったりしたら、ソ連が黙って見ているとは思わないわ。 私はカトリック信者だから、中立国にでも自由主義国家にでも、なった方がいいと思っているけど・・・」

メレー 「とにかく、やるだけやってみるしかない。 ハンガリーが本当に自由になるまで、やるしかないんだ。それを恐れていては、何も出来なくなる。 ハンガリーが自由になって、何故いけないんだ! 

 われわれの国なんだぜ、僕達の好きなように国の体制や進路を決めて、何故いけないと言うんだ! ハンガリーは、独立した主権を持った国なんだ。ソ連の衛星国でも資本主義国家でもない。 自分の国のことを、国民自身が決めて悪いということはない・・・ごめん、僕は少ししゃべり過ぎたようだね」

ノーラ 「・・・ううん、いいの。あなたの話しを聞いていると、情熱が私の心に“飛び火”してくるようだわ。 あなたの燃えるような真情に、私の心も溶かされていくような感じがするの」

メレー 「ノーラ、僕は君が好きだ。ハンガリーがどうなろうとも、僕は絶対に君を離しはしない。 この国に自由が確立され、僕が大学を卒業したら、君と結婚しよう。ね、いいだろう」

ノーラ 「ええ」

メレー 「君と一緒に船に乗って楽しんだドナウ川の美しさを、君は忘れないだろう。 去年、二人で遊びに行ったバラトン湖の清らかな眺めも、君は忘れないだろう。僕らの愛するハンガリーなのだ。 そのハンガリーと同じように、いやそれ以上に、僕は君を愛している。 それがいけないだろうか」(メレー、ノーラの両手を握って引き寄せる)

ノーラ 「・・・」

メレー 「あした、僕は決起集会の司会をする。ハンガリーの自由のための闘いを始めるのだ。 しかし、僕の心は片時も君から離れない。ハンガリーのために、また愛する君のために僕は闘うんだ」

ノーラ 「・・・」

メレー 「僕はどうなるかもしれない。でもいつの日か、きっと君を幸せにしてみせる。 ノーラ、僕は君を愛しているんだ」(メレー、ノーラを抱き寄せて接吻する)

ノーラ 「私もあなたを愛し、尊敬しています」

メレー 「ごめんね、ノーラ。あしたの準備があるから、僕はもう帰らなくちゃいけない。 これから忙しくなるけど、その内きっと、二人でゆっくりできる日が来るよ。 お母さんによろしく」

ノーラ 「・・・」

メレー 「フェレンツにまた見つかったら、冷やかされてしまうしね(笑)。 それじゃ又」

ノーラ 「さよなら」(メレー、部屋から出ていく)


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 血にまみれたハンガリー(1) | トップ | 血にまみれたハンガリー(3) »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

戯曲・『血にまみれたハンガリー』」カテゴリの最新記事