ほわみ・わーるど

超短編小説会にて短編小説を2013年より書き始めました。
これからも続けていきたいです。

あの兎小屋

2023-02-28 08:34:09 | 創作
 父である清がその家を建てたのは、もしくは建て替えたのは昭和30年代の初めだったと思う。
場所は東京郊外の、尾野崎という名字の人が多い地区であった。
 立て替えているあいだ、伊津子は父に連れられてその家に来た。その家にはグミもあったしタワラグミもあった。父がとってくれたタワラグミは少し苦かった。
 父の建てた家は当時としてはモダンなものであったろう。平屋ではあったが、玄関は西に向いていて洋風の外開きであった。子どもは伊津子の上に3人もいて、妻のみちよと6人で暮らすというのに、北向きの台所と6畳のリビングに8畳の寝室、6畳の書斎、東と南側には廊下があるという作りであった。
 書斎に作られた作り付けの本棚には父の蔵書でいっぱいであったが、その部屋には父の机が置かれていたが、父がその机に座っているのは伊津子の記憶にはない。高校教師である父はいつもリビングの掘りごたつ用のテーブルで採点などの仕事をした。
 兄たちも姉も運動がよくできたが、末の伊津子だけは神様のいたずらか魔女の一撃でもあったのか、のろまで運動が苦手であった。

  母のみちよの末弟である丈三おじさんが彗星のごとく居候にくると、書斎は兄二人と丈三叔父の寝間となっていた。
 廊下は伊津子が中学生頃は勉強机が置かれていたし、母のミシンはずっと南の廊下に置かれて、母はよくミシンを踏んでは洋服を作っていた。
 昭和45年ころ離れの2階建ての家を作るまでは、伊津子と姉は父と母と4人で寝ていたのであろう。

 父清は平成6年3月にその家で亡くなった。翌日の夜は父清と母みちよと川の字になって寝た。
父と母を独り占めできた夜に伊津子は涙を流した。
 父の造ったその家はもちろん、もうない。



あとがき

使用ワードは 尾・彗星・魔女・一撃・3月です。
(2023年祭り参加作品)



最後かもしれない

2022-05-11 09:23:50 | 創作
 この間眼鏡をかけた男の人が自転車を走らせているのを見た。
あれはきっと隣の田中さんのご主人だなと、節子は思った。
田中さんのご主人はなんか神経質そうで、近寄りがたい。挨拶する間もなく、すぐ通り過ぎて行った。

 しばらくして、節子が掃除当番の道具を持っていくと、田中さんの奥さんの良美さんは、今ご主人は入院して一か月になるけど、
難病で余命一か月だと言われているという・・・
良美さんは61才くらいだし、ご主人はきっと69才くらいだ。入院前日まで働いていたという。
具合が悪くなったとき、「タクシーは使わない。コロナだったら運転手さんに迷惑がかかる」と言って、自転車で行ったという。節子が見かけたのはその時だったのだろうか?

 一人息子の衛くんがよく帰ってきているようだし、良美さんも息子の家族がよく来るので、元気そうに見えた。隣といえども、静かに暮らしていれば中はうかがうこともできかねる。
 気にかかりつつも1か月が過ぎたころ、節子が訪ねると、田中さんのご主人は医師の見立て通り、ちょうど一か月で死んだと良美さんは言う。
死んだことを告知せず、身内だけで葬式もすませたと良美さんはつづけた。節子より若いとはいえ、良美さんの頭髪には白髪が一筋ひかった。

 庭の植木がのびてきた。30年ほど前に田中さんから紹介された庭師さんは、良心的で丁寧だ。
初めてやってもらったときは40代の働き盛りだったけど、今度会ったらもう80代に近いのでは、と見えた。
 目が小さくなった、というのが今回受けた印象だ。歩き方も上半身が先に行き、脚がついていくような感じ、脚立を上るときも脚を踏みしめるように上っていく。
 人気の植木屋さんだが、節子のうちがまた頼もうとするときは、もういないかもしれない。
時は流れて、人は老いていく。
 きれいにしてくれたことに感謝し、庭師さんを見送りながら、これが最後かもしれないと節子は思
った。
みんな、いつもこれが最後だよとは言わずに、突然去っていくものだから。



求めよさらば与えられん

2022-02-27 07:47:23 | 創作
 珠美は思わずほくそ笑んだ。行き遅れた珠美には若白髪まで出てきてしまっている。
 とうとう私にもモテ期が来たのかしら。
昨日といい今朝といい、好ましく思える二人の男の人からメールやらラインやら来るではないの。
まぁ同時に二人から一緒になろうなんて言われたらどうしよう・・・
深層意識の研究でもして、どちらを選ぶべきかなんて迷わなくてはならないか・・・
 
 こう舞い上がったときには、冷静にならなくてはならぬ。
そうだった、昨年そうそう珠美はある難局に立ち向かい、ヘルプを求めてあの二人に
メールを送っていたのだ。
突然頼られたふたりは当惑しつつも、珠美を心配してくれたのだった。
自分のまいた種だったのか。
 こうして珠美は冷静になっていく。
私には劇的な短編小説は書けない。でも苦しいときにはまた誰かに頼ってみようかなと、珠美は思うのであった。
【投稿者: ほわみ】 

                                (超短編小説会2022年祭り参加作品)

意識の研究

2022-02-27 07:42:34 | 創作
 記憶というものはどうもいい加減のものらしい。
あの時、ああだったでしょと言われると、そんなことは覚えていないのに、
そうだったかと思ってしまう。
 
 卒業式のとき、ばったりおふくろ連れの俺とあったでしょ、といわれても愛には記憶がないのだ。
でも卒業式の日にたしかに啓に会って、何人かでどこかへ行き、愛は啓に今までずっと好きであったことを、
告白したんだ。啓はそんなこと思ってもなかったと言って、取り合ってはくれなかった。
衝撃的だったことだけは覚えている。

 でも意識の中では、啓を好きであることは好きなのだけれど、現実性を帯びてなかった。
なんというのだろう、想像できないのだ。
たとえ現実になったとしても、世間知らずで、個性を持たない愛が
あの頃の希望や野心いっぱいの啓と暮らしても、神経を患うだけだったろうと思う。

 好きだ好きだと思っていても、一年くらいすれば、人はバカバカしくなっていく。もう違う方向に行こうと
思うもの。愛もお風呂に入って髪を洗ったら、気分が変わった。

 その後、愛も普通の結婚ができて、その結婚も山あり谷ありで、笑ったり泣いたりで生きてきた。
そんな中で感じてきたことを、ときには短編小説にでも書いてみようかと思うのだった。
                                     
                                (超短編小説会2022年祭り参加作品)

恋は終わった

2021-05-31 11:04:58 | 創作
トイレは近いし、しわはよったし、歩きも遅くなったし、
スタイルは悪くなったし、歳も歳だし、もう恋は終わりだなと
たぬ子は思う。
女は灰になるまで恋ができるといった人がいるというが、人によるのかな。

周りにいる同世代の女友だちを思い浮かべてみる。
青田さんは美人でそつがない人だけど、もう男には興味なさそうだし、
緑川さんは私趣味悪いのよ~なんて言いつつも、だれだれさんとライン友だちになったとか言って
浮かれている。
白井さんは忙しくて、へこたれていた時、
同僚男性に優しい言葉かけられて、どっと緊張が解けて感動したとか言ってた。

決めた!これからは愛で行こう。
恋する時期は私には終わったけど、愛なら無限大だ。
隣人愛や、人類愛、だれかれ愛したって問題なしだ。
あの人もこの人も愛している。
いろんな動物をかわいいと思うように、もう愛はどこにでも、
とたぬ子は思うのであった。