前回の続き。
記録。
(青字部分は、過去記事と重複)
2020.9.2
第一の波。当時の記憶を【初めて】感情を交えて詳細かつ具体的に文章化してメモ。泣く。1週間位、記憶の反芻&過緊張&泣き&慰めあり、その後落ち着く。
2021.2.9
第二の波。前回から5ヶ月後。あるスイッチのきっかけがあり、(詳細は書かないが)、記憶のフラッシュバック。過緊張あり。子供のトラウマガイドラインに沿って、自分の症状を整理して泣く。緊張もほぐれ、自分を慰め、励まして落ち着く。今回も1週間位。いや、10日くらいかも。
※この5ヶ月間も、何度かトラウマ体験について思いを馳せた。(加害女児のこと、父親のこと)5回程度?ただ、あまり深く考えないで、ふんわり悲しくなったりする感じ。
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追記 3.30
第三の波がやってきた。かなり小規模な波。きっかけは、記憶を思い出すような文章を読んだこと。
今回書いた4つの記事を順に読み、また涙を流したらスッキリした。
もう、辛い記憶のピークは過ぎたんだな、というのを実感した。
発汗や動悸という恐怖反応は体感でピーク時10→今回1.2
記憶を思い出した時間は、数日にわたり、トータル3-4時間。
ただ、腰痛はあった。
あと、保育園くらいの子供を見て、涙ぐむことがあった。「こんなに小さかったんだな、こんなに小さいのに、辛い思いをしたんだね」
4.5
第三の波、数日の後、記憶自体の回想は無くなったものの、腰痛が酷さを増した。
他にも新年度で子供の環境に変化があったこと(プレ幼稚園)、他、色々な要因が噛み合ってだと思うけども、4.7、久しぶりにギックリ腰にもなった。
ストレスが腰に来るのは、結構辛い。
4.23
こころを癒すノート、認知処理療法の本を読み始めた。1章を読み、私の体験との照合、持続エクスポージャー法との違いを考えながら、読む。具体的には後日書くとして、読書中、動悸あり(6.7)腰痛あり。
その後、子供の寝かしつけとともにリラックスタイムを設けて落ち着く。
トイトレ中の子供、そのウンチを漏らしたパンツに、強烈な怒りを感じる。→性被害の後に起きた、それを想起させるような辛い経験について思い出し、泣く。(別記事あり)
これも読んだ
https://core.ac.uk/download/pdf/144565323.pdf
4/23に幼少期の性被害にまつわる、もう一つの記憶を書いた。この記憶は文章化するのは初めて。
その後、一度トイレでのウンチに成功、
4/29はウンチ失敗
夫がいたので、即、「ママは関わらないので、パパ、ウンチお願いします」と言って、自分はトイレに行かず寝室で横になった。
心拍上昇、動悸、発汗あり。
激しい怒りはなかったが、イラつきあり(前回12→5)
ウンチ失敗後、数分後にまた失敗
「パパ、お願い」と言って任せ、また寝室へ。
イライラ7程度、口の中で文句を言いつつ、横になり本を読み冷静に努める
心拍上昇、動悸あり。記憶をふんわり思い出しつつ、涙が出る。
動悸、継続中。20分くらい?
胃痛、歯の痛み、腰痛あり。
体をトントンする、ため息をつく(深呼吸)、パズルゲームをやる。
パズルゲームのいいところは、自分の集中力が測れるところ(集中すれば勝てるし、してなければ負ける)その得点や勝敗によって、自分の今への集中力が明らかになること、そして負けた時はもっと集中しようと意識が働くこと、また5回やったらしばらく出来なくなるところ。
ウンチお漏らし→動悸、怒りの感情
の2時間後、落ち着く、
子供が昼寝1時間だけ、15時に道路の救急車の音で泣きながら起きる
15-17時頃、夫と二人でお出かけ、その間映画を見てリラックス
17時過ぎ、子どもの癇癪に、涙が出る、まだ過覚醒状態が続いている、
食後、苦しくなり、一人になるため玄関にいきホールに座る(外は大雨、部屋数もないのでそこしか場所がなかった。また、今外廊下に出たら、マンションの高層階から衝動的に飛び降りてしまうのではないかという心配があった)
子供と夫の遊ぶ声が聞こえて、無性にイライラする。なんとか耳を塞ぎ、落ち着こうとするが、防ぎ切れず、動けず、
感情が高ぶり、幼少期の経験について、
「なんで私ばかりがこんな目に遭わなければいけないのか」
「まだ小さかったのに、あんな酷い経験したくなかった」
「もし死ぬなら神を呪いながら死んでやる」と考え、怒りがわく。(10)
動悸がして苦しくなったので、床に横向きに寝転がる。
私は今、大荒れの嵐の中で、必死に小舟にしがみついているようだ、というイメージ映像が浮かぶ。そして、涙を流す。
涙を流すと、少し呼吸が楽になる。
嵐の海が、涙によって溢れこぼれ、すこし静けさを取り戻すかのようなイメージが浮かぶ。
(怒りは、10→7)
しかし、段々体が痛くなり、床に仰向けになる。
冷たいフローリングの床に仰向け、これが良くなかった。刺激が強すぎた。
すなわち、私の被害時と全く同じシチュエーション(冷たいフローリングの床に仰向けに寝転がっている)が起きてしまった。
(恐怖、動悸 10)
一気にネガティヴな感情が溢れてくる、体が硬直していく感じ、再体験している感覚、
「早くお迎えにきて!」と生きるのが辛い、というような。
「孤独死ってこんな感じなのかな」とか。
当時の状況が体感的に思い出されそうになり、私は苦しみのあまり、逃避行動として、お腹を5回殴った。そして、号泣。
泣き声が聞こえたようで、夫が来て、(子供には泣いているのが気づかれないようにできるだけ声を殺して体を丸めて、顔が見えなくした。2才の子供は寝ていると思ったようだ。笑ったり、ねてるのー?と言っていた。)夫は、私を布団まで抱っこして運んでくれ、ふすまをしめて、一人にしておいてくれた。
あたたかい布団に寝て、そこでもまだ号泣、10回くらい鼻をかんだ。
そして、だんだん気持ちが落ち着いてきた。
「失敗したな」
「幼少期の性被害にまつわる記憶を取り扱って、初めて制御できなかった」
「理由はなぜ?」
「いつもは、記憶を思い出す時、出来る限り文章に打ち込みながら、やっている。今回、スマホをタイムロッキングコンテナに入れていたから、それができなかった。普段、文章を打ち込み、それを目で読みながら感情に対処することで記憶と距離を取り、メタ認知的な感じで「今」「過去」の分別がうまくいっていたんだろうな。
リラックス手段の一つである、パズルゲームもスマホがないからできなかった。
普段は安心感のある布団の中でやっているけど、場所がなく、被害現場に近いフローリングの冷たい床に座っていたのが刺激が強すぎた。
特にフローリングに仰向けになったのが。」
「私は、今も、闘っているんだな」
中島みゆきのファイトのフレーズがふと頭に流れる
「母親として十分ではないかもしれない、子供は気づかなかったが悪影響があるかも、夫にも心配をかけた」
「でも、今まで、性被害関係は7回くらい、過去の記憶を取り扱ってきて、制御不能になったのは今回だけ。あとの6回くらいは成功している。原因も分かっている」
「100%うまくいったら、その方がおかしい。失敗するのも人間らしくていいやん。それに失敗理由を明確にすることで、今後防ぐことができるし、こういった事例を知りたい人にとってもタメになるかも」
「あとは、記憶と向き合うことのストレスもあるけど、新年度が始まったという環境の変化、数ヶ月後の引っ越しに対するストレス(マイホームブルーというのもあるらしい)、5月病ともいわれるような季節的なストレスも影響しているのかも。悪天候も。
それに、幼少期の、保育園の担任についての不快な記憶を詳細に思い起こすのは、今回が2回目だった。2回目は、感情が強く出やすいというのは、これまでも多く経験したこと」
「失敗に至る条件が判明してるから、次回はもう少しうまくやれるかも。安心できる場所、スマホ。なければ、紙とペンを用意しよう」
「あばら骨が痛い。自分のお腹を殴ったのはいつぶりだろうか?過去に3回はあるが。PTSD状況からの逃避行動というので大声を出す、というのを読んだことがあるけども、私はそれがお腹を殴る、になった。子供に気づかれないように声が出せなかった。
でも、よほど追い詰められていたのだろう。被害状況の再体験が生々しく起こりかけていたから、自分を守るためにやったんだろうな。
お腹は脂肪がついてるから、痛くないけど(と最初は思ったが、やはり結構痛いのに後から気づく)、あばら骨に当たったみたい。痛い。ごめんね。痛かったね、よしよし」(骨を優しくトントントン、となでる)
「子供と夫の遊ぶ声に対する不快感、イライラ感がなくなっているな」
「しかし号泣って、やっぱすごい。脱力感、リラックス効果が相当高い。
緊張の高ぶりが、全て外に出ていく、という方法としては、泣くのが一番自分に優しいと思う」
(過緊張、怒り 10→1)
↑落ち着いた状態で、布団の中で考えたこと。(スマホでの記述なし。)
私はやはり言葉関係の記憶力は割といいのか、自分が何を思ったか考えたか、結構後になっても覚えていてこうやって記録に残せる。
これは、ある種、特技とも言えるかも。
それから、結構ポジティブに自分の失敗について語ってるよね。
昔の私は、自責ばかりだった。でも、今は違う。
私はこの10年、失敗した時に、自分を肯定するような言葉をいつも自分にかけるように努力してきた。うまくいかない時もあったけど。それが定着した。また、自分を肯定的に思えるような知識(心理学含む)を、多く学んだし、
人の言葉や名言などからも、自分や失敗を肯定できるものは書き留めて、何度も読んだりしたな。
そういったことが、実になってる、と感じている。
2016年に書いたツイート↓
ネガティヴで辛い時、ACで心の容量が少ない人の場合は、パニックに陥り自他に対して攻撃的になる。更に後で自分は最低だったと責める。代わりに、いっぱいいっぱいだったんだよね〜と自分をよしよししてあげたい。そんな時もあるよって。すると何かあっても今余裕がないんだと冷静に自分を見られる。
— れん・七味 (@ren_hi_chan) 2016年10月1日
以上、今回の記録まで。
今後も、感覚的数値も含めて、記録していく。
また1年後くらいには、記憶想起の頻度や恐怖反応の強さや時間などをグラフ化したいと思う。
追記。
4/29 は 12時〜19時まで、断続的に過緊張が続いた。6時間かな。
翌日、全身に筋肉痛まではいかないが倦怠感、脱力感が強く、特に午前中はしんどかったので子供にテレビを1時間見せてダラダラした。昼食、昼寝後、2時間散歩、ママ友に偶然会って子供達と一緒に遊べた。
私は子どもの頃から本に慣れ親み、また孤独で辛い時にも読書して過ごしていたからか、文章に対しての安心感、親密さというのが高い。
活字中毒かも。笑
また生身の人間に対する恐怖症があっても、ネットなどの文字越しの人間相手には、怖さが半減して自分の気持ちをありのままに書くことができた。
追記。
最近読んだものをメモ程度に貼る。5/1
〉性被害者の心理を研究している臨床心理士で、目白大学専任講師の齋藤梓(あずさ)さんは、この状況を「とても自然なこと」と指摘します。「ショックの大きさから、人は被害の記憶を閉じ込めようとするが、ふとしたきっかけでフラッシュバックが起こることがある。例えば、幼い頃に性被害に遭った女性が、自分の子どもが同じ年齢になった時に被害を思い出すなど、被害と状況が類似しているときに起こることが多い」と話していました。
https://www.nhk.or.jp/gendai/comment/0011/topic001.html
https://www.gender.go.jp/kaigi/senmon/boryoku/siryo/pdf/bo59-1.pdf
https://core.ac.uk/download/pdf/72750455.pdf
逆境的小児期体験研究Adverse Child Experience study(以下、ACE)
https://www.aburayama-hospital.com/blog-abu/2020-11-20
PTSD(外傷後ストレス障害) - 西日本民間救急(日本民間救急総合受付センター)
レスポンデント学習と行動療法
http://hikumano.umin.ac.jp/hosei/CBT3.pdf
https://core.ac.uk/download/pdf/144565323.pdf
久留・餅原:外傷後ストレス障害 PTSD に関する治療心理学的研究 131
〉Foaら(1989)も,実際の脅威(actualthreat)よりも,知覚された脅威(perceived threat)の方が重要であると強調している。
〉後者を構成する二大要因, 「自分の意志による行動の 制御がまったく不可能な状態(Uncontrollability)」と「まったく予測不可能な突発的な災害,辛 故状沢(Unpredictability)」の程度によって症状の重篤さは変わってくる。
〉例えば,同じレイプでも,思いもよらぬ自宅で,絶体絶命の中で遭遇すれば, PTSDに高頻度 に結びつくという。
〉 McFarlane (1988)が報告する全盲者におけるPTSDは,信頼していた男性 によるレイプ,安全なはずの横断歩道での交通事故,隣人からの暴力行為がそれぞれ契機になって いる。
〉その当人が「いかなる状態でその状況を体験し,認知した(受けとめた)か<person X situation>という心理的意味」が症状に大きな影響を与えている(Wilsonら, 1985 。
5/4.5/6.5/9に記事を書く。
それぞれ、記憶を思い出す
数値は記事の中に
5/11
ツイートをいくつかして、また書いた記事を読み直す。
涙がボロボロ
怒りは7 腰痛6くらいかな
たくさん泣いたら、怒りは去った。
はー、人生、こんなに泣いたことないよ
30代になって初めて、泣き虫さんになりましたよ。
大変だね、これ。疲れるよ。疲れたな。
もう寝よ。おやすみ。