韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は宿命に抗うーあなたが結婚する女性は妻だけではなく未来の朝鮮王妃ですよ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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第三話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  前編

~イ・コンこと文陽君が世子に冊立される?~

 地方の田舎町で両想いの恋人として、幸せな時間を過ごしていたコンと雪鈴(ソリョン)。だが、幸せは長く続かず、国王からの王命で、コンは急きょ、都に呼び戻されることになった。雪鈴も彼と共に生まれて初めて漢陽へ赴く。
 国王から王宮に呼ばれたコンは、そこで世子に指名されたのであった。
 そして、雪鈴はコンに起きた身の激変について知らぬまま、ついに二人して出掛けた海辺の小屋で初めて結ばれる。
 しかし、嵐の一夜を二人きりで過ごし邸に戻った若い二人を過酷な運命が待ち受けていた。
 コンを訪ねてきた国王が雪鈴を見初めたのだ!
 王はコンから強引に雪鈴を奪おうとしてー。
 嵐の王宮編、怒濤の展開、前編。

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「まあ、よろしいわ。あなたも世子邸下におなりになるなら、色々とお忙しいでしょうし」
 継母がコホンと小さく咳払いをした。コンはいよいよ来るぞと咄嗟に身構える。
 今日は一体、何人の令嬢の身上書を持ってきたのか。少ないときでも三人、最高は八人ではなかったか? あのときは一通り眼を通すだけでも一刻はかかって往生した。この場で一度には見切れないから、ゆっくりと刻をかけて見てから返事をすると応えたら、継母が泣き出した。結局、コンは監督官の前で受験する学生よろしく、身上書をすべて見終えるまで解放して貰えなかった。
 だが、継母の口から出たのはコンの想像をはるかに上回る話であった。
「ところで、畏れ多いことに、国王殿下からおん直々に見合い相手を紹介して頂いたらしいけど」
 コンは虚を突かれた体で、茫然と継母を見つめた。継母が紅い紅を厚塗りした唇を引き上げる。歳にはいささか派手すぎるのではないかーと、どうでも良いことを考えた。
 コンから反応が引き出せないことに、継母は焦れたようだ。ただでさえ甲高い声が一段階高くなった。
「何故、お断りしたのですか?」
 てっきり以前のように見合いの身上書が出てくるとばかり思っていたが、これは不意打ちだった。コンが黙り込んでいると、継母が鋭く呼んだ。
「文陽君」
 継母が彼をこう呼ぶときは、機嫌が悪いもしくは泣き出す前触れだと知っている。ここでまた泣き出されては堪らない。コンは笑みはそのままに穏やかに応えた。
「俺とは合わないと思ったからです」
 継母が黙り込んだ。
「ー」
 ややあって、切り込んでくる。
「何が不満だったのですか」
 やけに拘るなと訝しく思う。コンの片眉がピクリとかすかに動く。
「いえ、特にはありません。美人ですし、打てば響くような才知も備えている。しかも領相大監の孫娘だというなら、無理に俺でなくとも、引く手あまたでしょう」
「才色兼備なら、断る道はないのでは?」
 コンが破顔した。
「世の男どもの理想的な女性であるのと、それが好みのタイプかどうかというのはまた次元の違う話ですよ、義母上」
 継母はけして頭の巡りが悪くはない。彼女が憮然として言った。
「つまり、一般的には理想でも、あなたの理想ではなかったということですね」
 コンは曖昧に頷いた。
「まあ、そうともいいますね」
 継母が吐息混じりに言った。
「何とか考え直してくれないかしら、コン」
 継母が嫁いできた頃の少年時代のような口調で言われ、コンは眉を寄せる。
「何故ですか、逆に俺の方が訊きたい。確かに天下の金家は今、飛ぶ鳥を落とす勢いだ。領相大監と縁戚になり繋がっておけば、後ろ盾にはなるでしょう。ですが、金氏ほどではなくとも、他にも名家権門は少なからずある。義母上がそこまでこの結婚に熱心になる理由を伺いたいですね」
 継母がどこか得意げに言った。
「私の腹違いの姉が金氏に嫁いでいます」
 継母の実家は名家ではあるが、継母自身は庶子だ。恐らく、金氏に嫁したのは正室腹の娘だろう。
「ということは、俺が逢ったあの令嬢は、義母上の姪ですか」
 継母は満足げに頷く。
「ええ、姉の産んだ娘です」
 要するに義母にとっては、この縁談は二重の意味で願ったり叶ったりということらしい。天下の権門と縁を結び、しかも自身の血を分けた姪を義理息子の嫁にできるのだから。
 ーまったくもって、あり得ない。今日ばかりは、いかに継母が泣き喚こうがヒステリーを起こそうが、屈するわけにはゆかなかった。
 継母の棗型の眼がキラリと光った。
「何か理由があるのですか?」
 流石は歳は喰っても女だ、この手の勘は鋭いと、継母が聞けば柳眉を逆立てて怒り出しそうなことを考え。コンは内心はおくびにも出さず、優しげにも聞こえる口調で応えた。
「心に決めた女がいます」
 離宮の楼閣で領議政の孫娘にも伝えたのとまったく同じ応えを返した。
 そのときの継母の顔と言ったら、こんなときでなければ見物だったろう! まるで太陽が輝く青空なのに俄か雨が降り出したように、唖然としている。
 ややあって、継母は漸く体勢を立て直したらしく、背筋をしゃんと伸ばした。
「文陽君」
 コンは澄まして応えた。
「はい」
「その娘は、どこの家門の息女なのでしょう」
 コンの美しい面から笑みがかき消える。
「それを知って、どうなさる?」
 継母の白皙がうっすらと染まった。
「私は、あなたの母ですよ。大切な息子の結婚相手を知りたいと願うのは当然ではありませんか。それに、あなたは直にこの国の世継ぎとなる尊き御身です。あなたの伴侶は、単なる嫁というだけではない、いずれは国母となる方ですよ。あなたは子どもの頃から、常識に囚われないーいささか型破りでした。よもや奴婢を娶ろうなどと考えているのではありませんね」
 コンは腹にグッと力を込めた。
「俺は確かに常識のない男ですが、義母上の今の発言はいささか配慮が足りないのではありませんか。奴婢でも、心映えの優れた者は少なくはない。逆に、両班にせよ王族にせよ、奴婢よりも人間的に劣るヤツはごまんといます。人の価値は世間的身分や立場だけで決まるとは思えませんがね。ですが、ご安心下さい。俺が恋い慕うのは、奴婢ではありません。れきとした両班家の娘です」