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アートやねこ、本に映画に星と花たち、気の赴くままに日々書き連ねていきます。

老いと読書 「物語」の豊かさ

2024-04-09 15:44:53 | つぶやき&ぼやき
先週、中学時代よりの長年の友人とおしゃべりをしてきた。
ランチを兼ねながら、行ったことのないカフェを探し、非日常を愉しんで、リフレッシュとリラックスをしようという、女子ならではの欲張り放題だ。
レトロなアメリカンタイプなカフェの雰囲気の中で、パスタランチに舌鼓を打ちながらの近況報告はいつもの流れ。
家族のこと、仕事のこと、自身の体調のことを伝え合うと、3時間近く経過した。
他の客もみんな店を後にするころだったから、自分たちも気分を変えようと、他のカフェへ移動する。
数年前から気になっていた、コーヒー専門店へ車を走らせる。
あまり運転を好まなく、はっきり言って苦手な私としては、初めて走る道ばかりを行くので、「もうこれっきりの道かもしれない。本当に今日は探検の日だ。」と、同じく免許は持っていても運転をしない友人と笑いあった。
コーヒー専門店は、とても落ち着いたモダンな雰囲気で、静かにジャズが流れている。
大きなガラスの窓があってもあいにくの雨様なため、より店内はほの暗く、ゆっくり語り合うにふさわしい環境だ。
そうして、注文したストレートコーヒーの芳しい香りに促されるように、読書の話をする。
共に老眼鏡を手放せない年齢あるあるで、あれほど重度の活字中毒であったのにもかかわらず、隙間時間に本を手に取ることが無くなったこと。
かつて寝食を忘れるほど夢中で読み漁った本たちは、書棚に閉じ込められてしまい、たまに思い出して取り出しても、昔の文庫本の活字は小さく、かつ書体も判読しにくいから、書棚の後列に埋葬してあること。
年齢と共に受け取り方が変化して、2~30代に心酔していた作家の文体がすっと入ってこなくなり、しばらくぶりに出版された本を読みさしのままにしてあること。
それらの話しながら、年齢によって、同じ作品でも受け取る深度が変わると実感しあう。
また、自分たちに「物語」の潤いが足りていないことも思い当たった。
なんでも簡単に情報を手に入れられてしまう、しかも検索エンジンで上位50くらいのもので満足してしまう味気なさを憂いた。
あとは、本のカバーデザインがお節介すぎて、イメージの固定化を仕掛けてくることへの不満も出てきた。
もっともこれは、活字離れを何とかしようと四苦八苦工夫している出版社の意図も判らぬではないが、やはりそれには承服しかねる。
活字で構成される文学の、読者のイメージ力を侵害すると思うのだ。
だからなおのこと、純粋な言葉からのイメージの豊かさが必要なのだ、つまり「物語」が。
かつての文学少女?たちが、意気投合し、「本を読もう」「物語を摂取しよう」と申し合わせて、非日常を愉しむ会を閉じる。
外は、どんよりと水を多く蓄えた鉛色の雲が雨を落とし、白色や黄色のヘッドライトを滲ませていた。
友人を家の近くまで送りながら、次は新たなカフェに行こうと約束を交わし、未来に目星をつけたのだった。




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