見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

民事警察の人びと/中華ドラマ『警察栄誉』

2024-05-06 21:58:08 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『警察栄誉』全38集(愛奇藝他、2022年)

 中国の視聴者レビューサイト「豆瓣」で、2022年ドラマの最高得点を獲得した作品だが、なんとなく自分の好みでないような気がして手を出さずにいた。今年4月、『甘くないボクらの日常~警察栄誉~』のタイトルで日本向けのDVD-BOXが発売されたが、ラブコメ路線を想像させる宣伝ビジュアルに対して、いや、そういうドラマじゃないし、という不満のコメントをSNSで見かけた。それで、逆に興味が湧いて、視聴を始めたのである。

 舞台は架空の都市・平陵市(ロケ地は青島)、ほどほどに発展した地方の中級都市の設定である。八里河派出所に4人の新人警察官が実習生として配属された(日本でいう派出所より規模が大きく、食堂もあり、おそらく20~30人が勤務している)。王守一所長は、警察の伝統に従い、4人の新人の師父を定める。北京大学の修士を卒業した秀才の楊樹には、頭脳より武闘派の曹健軍。農村育ちの趙継偉には、地域コミュニティの御用聞き担当・張志傑。殉職した警官を父親に持つ夏潔(女性)には、かつて夏潔の父親を師父としていた程浩。何かと目端の利く李大為(張若昀)には、出世と無縁の老警察・陳新城(寧理)。

 新人たちは、人情の機微が分からず、四角四面に対応して住民の不興を買ったり、逆に住民の個人生活に深入りし過ぎたり、功名心に駆られて危険を犯したり、はじめは失敗の連続。そのたびに所長は、上司の命令に必ず従い、規律ある行動を取るのが警察の本分であることを繰り返し言明する。夏潔の母親は、夫の殉職を苦い思い出として、娘が危険な現場に出ることを恐れており、師父の程浩も王所長も、夏潔の扱いに慎重にならざるを得ない。夏潔自身はそれが不満。李大為も母親と二人暮らしで、自由人の父親は、李大為が幼い頃に家出していたが、なぜかその父親が戻ってくる。夏潔と李大為は、仕事だけでなく、家庭(親子関係)の悩みにも直面することになる。

 こうして若者の悩みと成長を描いて最終話まで行くのかと思ったら、全然違った。新人たちは、比較的早い段階で警察の一員らしい行動を身につける(親子関係の解決はもう少し先)。そこから、むしろ師父たちの「仕事と家庭」に焦点が移ってゆく。李大為の師父・陳新城は単身生活。妻は一人娘の佳佳を連れて離婚し、資産家と再婚していた。しかし佳佳が義理の父親から性的ハラスメントを受けていることが分かり、陳新城は佳佳を引き取って、父娘水入らずの生活を始める。この過程では、年齢的に佳佳に近い李大為が、悩みの多い師父にアドバイスする立場になっていて、愉快だった。

 楊樹の師父・曹健軍と妻・周慧の家庭生活は円満だったが、周慧の母親は、二人の娘のうち、稼ぎのよい妹婿を贔屓にしていた。妹婿が買春容疑で摘発されても、それを揉み消す力のない曹健軍を軽蔑するばかり。妻と自分の面子を立てるため、なんとか仕事上で大きな功績を上げ、栄誉を得ようとする曹健軍。だが、酒席の後、レストランの駐車場で車を移動させようとして接触事故を起こしてしまう。飲酒運転の罪が確定し、警察は免職に。派出所の同僚たちは、寛大な措置を願い出るが、王所長は、警察は法を執行する立場であるからこそ、原則を曲げてはならないと説く。そして曹健軍には、過去を忘れて生きろと諭し、民間の警備員の職を紹介する。しかし警察の日々を忘れることができない曹健軍。

 【ネタバレ】その頃、八里河派出所では、陳新城と李大為がずっと追ってきた連続女性強姦殺人犯の証拠が整い、いよいよ隠れ家に踏み込むことになった。そこに武器もなく防具もない一民間人の身で、一緒に参加させてほしいとやってくる曹健軍。断り切れずに許してしまう陳新城。結果、李大為の命を守って凶弾に倒れたのは曹健軍だった。そして、曹健軍の棺は八里河派出所に迎えられ、同僚の敬礼に送られて墓地へ出発していった。

 この結末は、予想できたが辛かった。曹健軍は、警察官としても、ひとりの人間としても理想から程遠い、ダメなやつなのだが、それだけに愛おしい存在だった。八里河派出所の面々は、いずれも現実世界の隣人のような人間味があり、味わい深い登場人物が多かった。王所長は、いつもテキトーなことを言っているようで、部下をよく見て最適な指導法を考えている。教導員の葉葦(女性)が、一時、父親の介護で離職を考えるのも、いかにもありそうな話だった。ベテランの警察官も、ふつうに仕事と家庭の間で、悩みながら生活しているのである。

 なお、彼らは「民事警察」で、凶悪犯罪は「刑事警察」に引き渡す仕組みになっている。中国の「民事警察」は所掌が非常に広くて、あらゆる困り事の相談窓口になっていること、庶民が強気で訴え出ること、何でも撮影してネットに上げる風潮など、中国社会の世相が分かる点も面白かった。

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地域の仏像、埴輪、近代洋画/令和6年新指定国宝・重要文化財(東京国立博物館)

2024-05-05 14:46:36 | 行ったもの(美術館・見仏)

東京国立博物館・本館特別1-2室、11室 特別企画『令和6年新指定国宝・重要文化財』(2024年4月23日~5月12日)

 連休の1日、特別展『法然と極楽浄土』を見ようと思って行ったのだが、会期の短いこの展示を優先することにした。「新指定国宝・重要文化財」の展示は、コロナ禍の近年、開催時期や展示室を変えていたが、以前の方式に戻ったようである(→令和5年の記事)。

 文化庁のホームページによれば、今年は、美術工芸品6件を国宝に、美術工芸品36件を重要文化財に、さらに1件の美術工芸品1件を登録有形文化財に登録することが、文化審議会から答申された(2024年3月15日)。本展は、この国宝・重要文化財指定予定品を紹介するものである。

 本館1階、11室(彫刻)の入口に「令和6年新指定国宝・重要文化財」の大きな掲示が出ていたので、インフォメーションデスクで目録を貰いつつ、「この部屋だけですか?」と聞くと「特別1・2室もです」と教えてくれた。11室に入ってすぐ目に入るのは木造牛頭天王坐像(平安時代、重文)(中日新聞2024/3/16、画像あり)。一瞬、馬頭?と思ったら、頭上に載っているのは牛だった。三面十二臂で、左右に日月を掲げ、斧や弓や数珠や、さまざまな品を持ち、蓮華座(?)に坐して片足を踏み下げる。その台座を背中に載せて、うずくまっているのは虎。くわっと口を開けて牙を剥き出してはいるのだが、耳が寝てるし、長い尻尾も下がり気味だし、そもそも前足をたたんだ香箱座りなので、あまり威圧感がない。福井県・八坂神社とあっても、どこだか全然分からなかったが、越前町(鯖江市の西)らしい。同じ八坂神社からもう1件、木造女神坐像も重文に指定されていた。唐装の女神で、頭上に十一面観音みたいな菩薩面を戴く不思議な像(参考:織田文化歴史館)。

 法隆寺・玉虫厨子安置の小さな銅造観音菩薩立像が重文になり、京都・大報恩寺(千本釈迦堂)の木造六観音菩薩像(展示は准胝観音)と木造地蔵菩薩立像が国宝になるなど、なつかしくて嬉しい展示もあったが、印象に残ったのは、静岡・南禅寺伝来の諸像。木造十一面観音立像は奈良時代の作だという。現地の工人か造仏僧によるものと見られ、プロポーションはアンバランスだが、顔立ちが妙にリアルに人間くさい。木造二天王(展示は1躯)は大きな目に愛嬌があって惹かれる。「河津平安の仏像展示館」という施設で見られるようだ。

 彫刻以外も充実していて面白かった。考古資料は6件が重文指定へ。『千葉県殿塚古墳・姫塚古墳出土埴輪』の中に、さりげなく「異形の人物埴輪」というキャプションをつけたものが2点あって、そのうち1点は「はいもとろう人」とも呼ばれるそうだ。ちょっと諸星大二郎的な想像力を刺激されて好き。多賀城碑が国宝になり(写真展示のみ)多賀城関連の出土品や木簡・文書が重文に指定されたのは、2024年が多賀城創建1300年に当たるのを見込んでのお祝いかな。

 根津美術館所蔵の『百草蒔絵薬箪笥』は内容品と一括で重文指定。『紙本著色天子摂関大臣影』(三の丸尚蔵館)は、期待したのだが現物は出ていなかった。新しいものでは油絵の『羽衣天女』(1890年、兵庫県立美術館、写真のみ)が指定されて喜ばしい。小野竹喬『波切村』(1918年、竹喬美術館)が指定されたのは、美術史的な評価があるのだろうけど、私はこのひとの作品が単純に好きなので嬉しい。

 結局、この日は常設展示とミュージアムシアター『VR作品・洛中洛外図屛風 舟木本』で疲れて引き上げることにした。特別展はまた次回。

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蔵出し図録もお楽しみ/洋風画という風(板橋区立美術館)

2024-05-03 22:08:12 | 行ったもの(美術館・見仏)

板橋区立美術館 『歸空庵コレクションによる 洋風画という風-近世絵画に根づいたエキゾチズムー』(2024年5月3日~6月16日)

 今日から始まった展覧会をさっそく見て来た。この春の板美は、いつもの江戸絵画ではなくて『シュルレアリスムと日本』展(2024年3月2日~4月14日)から始まったのだが、これは京都で見たので、東京展は見送ってしまった。

 さて本展は、江戸絵画好きにはおなじみの「歸空庵コレクション」から選りすぐりの作品を展示し、近世絵画に新鮮な風を送り込み、これまでにない表現を切り拓いた洋風画の魅力に迫る。展示リストによれば、全73件のうち1件だけが板美の所蔵で、あとは歸空庵コレクション(同館寄託)である。うち19件は、新たに寄託されたものだという。

 私は何度も同館に通っているので、もちろん見たことのある作品が多かった。しかし滅多に見られない作品揃いなので、テンションが上がりっぱなしだった。入ってすぐの展示ロビーには初期洋風画の『西洋風俗図』(17世紀)から4面。隠者それとも羊飼いの足元にネズミみたいに小さな羊の群れが描かれた作品には「遠近法とは?」というキャプションが添えられていて微笑してしまった。梅湾竹直公(不詳)の『西洋婦人図』は円形の画面に西洋人の男女を描く。男性が全然魅力的に見えないオヤジで、女性は従者の少年とアイコンタクトをしているように見える。

 本展のポスターになっている、安田田麒『象のいる異国風景図』も好きな作品。背中に人を載せた象は見る者にお尻を向けていて、特徴である長い鼻も大きな耳も見えないのだが、ちゃんと象だと分かる。川原慶賀の百面相みたいな『蘭人図』2件も面白かった。何かの模写かもしれないけれど、西洋人を間近に見ていた川原慶賀ならではの作品のような気もする。

 続く第2室は、秋田蘭画から司馬江漢。小野田直武の『新蕨飛虻図』とか『恵比寿図』とか、エキゾチックというより怪しげで気持ち悪くて好き。司馬江漢『西洋風景人物図屏風』は、余白を大きくとり、墨画淡彩に近い雰囲気でサラリと描いたもの。見た記憶がないと思ったら新規寄託品だった。

 第3室は、石川大浪、孟高兄弟を中心に(この二人の名前は、かつて神戸市立博物館の展示で覚えた)。あと世界各国の風俗(だいたい男女ペア)を描いた図巻・屏風も楽しい。これは広渡湖秀『万国人物貼交屏風』から「大清」の図。「大明」と男性の風俗ははっきり描き分けているのだが、女性はあまり違いがない。また「韃靼」の男女は別に描かれている。

 第4室には、亜欧堂田善、安田雷州が出ていて嬉しかった。田善の『三囲雪景図』はいいなあ。遠くに小さく見える筑波山、枯れた田んぼの中の鴫(?)3羽もかわいい。

 第1室(ロビー)に戻って、色彩のきれいな西洋都市風景画のシリーズがあるなと思ったら、作者は春木南溟だった。府中市美術館の江戸絵画展で覚えた名前。オランダ銅版画の模写らしい。

 ほかにも気になる作品が多数あったので、図録があれば買っていこうと思ったら、入口には『歸空庵コレクション 日本洋画史展』の図録が積んであった。奥付は平成16年(2004)8月刊行。前文によると、平成2年(1990)から寄託を受けてきた歸空庵コレクションを「一挙公開」した展覧会だったらしい。思わずスマホで自分のブログを検索したが、私はこの展覧会は見に来ていないようだ。それなら、買っていくか! 半分ほどが白黒図版なのは残念だが、安村敏信先生の解説つきだし、半額割引(750円)のお買得セールだったので。

 そして帰宅後もこの図録をパラパラ眺めている。今回の展覧会には出ていなかったが、別の展覧会で見た記憶のよみがえるものもあり、逆に全く記憶がなくて、見たい!と思うものもあった。気になったのは亜欧堂田善の『異人引き馬図』(絹本著色、図版は白黒)で、え!これは李公麟『五馬図巻』の第2馬図の模写ではないか!! 2019年に東博で「発見」された『五馬図巻』は、清末まで北京の宮廷にあったはずなので、田善は何かの模本を手本にしたのだろう。ずいぶん陰影を濃くして洋風にアレンジしているのがおもしろい。

 こんなに楽しめる展覧会なのに入場無料、全点撮影可。5月6日までは、都営地下鉄ワンデーパス(500円)を使うと、巣鴨~西高島平往復より安くなることも付け加えておく。

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水道橋でイタリアンとワイン飲み放題

2024-05-02 20:30:12 | 食べたもの(銘菓・名産)

今年の連休は遠出の予定が入っていないかわり、近場で友人と旧交を温めている。昨日はむかしの職場仲間と水道橋駅前の「ワイン処Oasi(オアジ)」へ。これまで和食ディナーを2回体験しているが、今回はイタリアンで3時間飲み放題つきのコースだった。

自家製サングリア2種(赤と白)、ワイン、ワインカクテルなどをたっぷり楽しんだ。

話題は「膝が痛い」「耳が遠くなった」「老後の生活資金をどうするか」など、完全に高齢者のお悩み談義。それでも趣味や推し活に励む余裕があるのは幸いである。5年後や10年後も、こうやって元気な仲間と楽しい時間を過ごせるといいなあ。

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風俗画、肉筆浮世絵、春画まで/浮世絵の別嬪さん(大倉集古館)

2024-04-30 21:27:02 | 行ったもの(美術館・見仏)

大倉集古館 特別展『浮世絵の別嬪さん-歌麿、北斎が描いた春画とともに』(2024年4月9日~6月9日)

 本展は、いわゆる版画ではなく肉筆浮世絵に焦点をあて、17世紀の初期風俗画と岩佐又兵衛から始まり、菱川師宣、喜多川歌麿や葛飾北斎をはじめとした数々の著名な浮世絵師たちの活躍を、肉筆美人画を通じて幕末までたどる。また、艶やかで美しい春画の名品も合わせて紹介する。

 大倉集古館には、そんなに熱心に通っているわけではないが、浮世絵をテーマにした展覧会は珍しいように思う。いま「これまでの展覧会」のリストをざっと見てみたが、関連するのは2007年の『江戸の粋』くらいだろうか。実は、今回の展示先品(約90件)、「大倉集古館」と記載されているのは1件しかなく、あとは他館からの出陳でなければ「個人蔵」なのである。大倉家の私的なコレクションなのか、全く違う所蔵者がいるのかはよく分からない。

 無款の『遊楽図屏風』(17世紀前~中期)は秋の山野で音楽と散策を楽しむ男女を描く。高い位置で結んだポニーテールみたいな女性の髪型が近世初期らしくてよい。同じく無款で、立ち姿の別嬪さんをひとりずつ縦長の画面に描いた『役者と美人図』2幅は、いわゆる『寛文美人図』のカテゴリーに入ると思ったが、1幅は「役者」すなわち男性を描いている。また『邸内遊楽図』(摘水軒記念文化振興財団)の2図は、もっぱら若衆たちを描いており、作者あるいは制作依頼者の理想とする虚構の世界なのではないか、という解説が添えられていた。なるほど、江戸の「別嬪さん」は女性に限らないのだな、と納得した。

 私は、頭髪を小さくまとめた小顔の女性の図がかわいいと思う。時代が下ると、左右を大きく膨らませた髪形が普通になり、遊女は、ごしゃごしゃと簪(芳丁/よしちょう、というのか)を前髪に指すようになるのはあまり好きではない。18世紀前期の、懐月堂安度や宮川長春はかなり好き。安度『立美人図』(千葉市美術館)には惚れ惚れした。肉付きのよい身体を大きくひねった姿態に匂い立つ色香がある。たっぷり着物を着込んで、首から下は一切肌を見せていないのに色っぽいのだ。

 地下1階は「めくるめく春画の名品」の展示にあてられている。前期展示は9件で1件を除いて個人蔵。チェックはないが、15歳未満の鑑賞を制限する旨の掲示がされている。鳥文斎栄之『源氏物語春画巻』は、王朝風俗の男女が交歓する図だが、男性は全裸になっても烏帽子は脱いでいないので、笑ってしまった。国貞の『金瓶梅』は登場人物を日本ふうに置き換えたもの。やっぱり春画でも何らかのキャラ設定があるほうが、想像が広がって面白いんだろうな。

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受け継がれる美意識/王朝文化へのあこがれ(五島美術館)

2024-04-29 21:18:20 | 行ったもの(美術館・見仏)

五島美術館 春の優品展『王朝文化へのあこがれ』(2024年4月6日~5月6日)

 同館の春の優品展は、だいたい古筆や歌仙絵が中心で、大型連休に合わせて国宝『源氏物語絵巻』が展示される。近年、混雑は嫌で『源氏』原本の展示期間を避けていたのだが、今年は久しぶりに展示期間に訪ねてみた。今日は朝からお茶会もあって、第1展示室に入ろうとしたら、びっくりするほど混んでいた。

 幸い、第2展示室はまだ人が少なかったので、順番を変えて、こちらから見ることにした。同館が所蔵する『源氏物語絵巻』全点に復元模写も添えられて展示されていた。原本と復元模写を並べて見たのは久しぶりで、おもしろかった。柱や梁・縁側など家屋の描写が意外としっかりしていて狂いがないと感じた。「鈴虫」「夕霧」に描かれた男子は冠を被っているが、復元模写では額の部分が透けている。原本もそうなのだが、これは作者の工夫(額を描いたあとで上から冠を描く)に経年劣化で冠の絵具が剥げたのか、よく分からない。「御法」の光源氏は烏帽子を被っているが、これは透けていない。大河ドラマでは透ける烏帽子の使用が多いので気になるのだ。

 第2展示室には、藤原道長筆『金峯山埋経』(紺紙金字、上半分のみ=地下水に浸かって破損したんだっけ?)や、伝・大弐三位(紫式部の娘、賢子)筆の家集断簡『端白切』なども出ていた。『銅製経筒』(12世紀)は、道長の埋経をイメージさせるための展示だと思うが「平治元年己卯九月廿日庚子」という銘文について「年と日の両方に干支を入れる例はあまりない」ので後世の偽銘だろう、と片付けられていて苦笑してしまった。

 第1展示室へ戻ると、鴻池家旧蔵の『手鑑』など名品が目白押しである。そんな中で、ん?これは記憶にないと思ったのは、藤原定信筆『石山切(貫之集下)』で、料紙は石山切らしい継紙ではなく、全体にキラキラした銀泥(?)の模様が散らされている。令和5年度(2023)に書家・高木聖雨氏から寄贈を受けたものだそうだ。本展には、同資料を含め、高木氏から寄贈された書跡6点が展示されている。

 古筆は、はじめに古今和歌集、次に和漢朗詠集がまとめて並べてあった。古今集の伝承筆者は紀貫之が多く、和漢朗詠集は公成と公任に仮託されたものが多い。私が好きな作品は『継色紙(めづらしき)』で伝・小野道風筆。これは軸物にするとき、左右の高さをズラして貼ったセンスが抜群によい。『今城切』の書跡も好きだなあと思ったら、絵巻でおなじみ、藤原教長と見られていた。伝・藤原定頼筆『下絵古今集切』の、おおらかでさっぱりした書風も好き。そういえば本展は、全ての古筆に全文翻刻が添えられていたように思う。鑑賞の助けになって、とてもありがたかった。

 後半には『源氏物語図屏風』(江戸時代)や『山水屏風』(室町時代)に加え、いつもの歌仙絵、歌合絵、白描絵巻断簡、『沙門地獄草紙断簡・火象地獄図』や『駿牛図断簡』など、盛りだくさん。王朝文化へのあこがれを受け継いだ宗達や光琳、冷泉為恭、松岡映丘『祭の使』(これは頼道かな)も展示されていた。

 中央列の展示ケースでは『白描絵料紙梵字陀羅尼経断簡』(鎌倉時代・13世紀)が目を引いた。陀羅尼経の下に『伊勢物語』65段「笛を吹く男」が描かれており、伊勢物語絵として最も古いものと考えられているという。また「王朝文化へのあこがれ」の中に堂々と漢籍写本が並んでいたのも、当然とはいえ、おもしろかった。『史記』(大江家国筆、1073年)の「孝景本紀」(漢・景帝)は天文の記事が目立った。『白氏文集』(金沢文庫本)は「琵琶引」(琵琶行)の箇所が開いており、冒頭の「潯陽江頭夜客を送る」が読めた。

 同館にしてはめずらしく、係員がお客さんに「少しずつお進みください」と声をかけるような人の入り方だったが、いつまでも展示室で遊んでいたいような展覧会だった。

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2024黄金週はじまる

2024-04-28 22:32:46 | なごみ写真帖

2024年の大型連休が始まった。コロナ禍も一段落して、久しぶりの海外旅行を計画しようかとも思っていたのだが、時機を逸してしまった。新幹線は全席指定だし、ホテルはどこも高いし、その上、1ドル=158円を突破する円高…。

結局、連休はじっとして、5月の中旬以降の週末に、関西の展覧会めぐりに行ってこようと思っている。

近所の小さな公園(臨海公園)の緑地帯の野草。

亀戸天神のフジ。今日行ってみたら、花の残っている枝はわずかで、もう遅かった。

ホームセンター「コーナン」江東深川店の垣根のツツジ。

今日は衆議院補欠選挙の投票日で、私の選挙区・東京15区は、満足のいく結果で嬉しかった。このところ、うんざりするような選挙戦を見せられてきたが、終わりよければ全てよしと思うことにしよう。

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古墳、治水から現代の再開発まで/大阪がすごい(歯黒猛夫)

2024-04-24 22:28:40 | 読んだもの(書籍)

〇歯黒猛夫『大坂がすごい:歩いて集めたなにわの底力』(ちくま新書) 筑摩書房 2024.4

 私は東京生まれで箱根の西には暮らしたことがないが、ときどき大阪の本が読みたくなる。著者は大阪南部、岸和田市育ちで、大阪に拠点を置くライター。60年以上、ずっと大阪で暮らしてきたという自己紹介を読んで、ああ、こういう人もいるんだなあ(むしろ、こういう人生が標準的?)と感慨深く思った。

 はじめに「水の都の高低差」では、7万年前の氷河期から、約7000年前の「縄文海進」を振り返り、生駒山地・大阪平野・上町台地・大阪湾など地形の成り立ちを確認する。上町台地の高低差を実感できる「天王寺七坂」は、今年の正月、生國魂神社そばの真言坂を歩いたことを思い出した。大阪平野を生み出した淀川は、古来、洪水で人々を悩ませてもきた。仁徳紀には「茨田堤(まんだのつつみ)」の記事があり、豊臣秀吉は「文禄堤」を築き、江戸時代には河村瑞賢が安治川(あじがわ)を開削した。なるほど~私は治水の話が大好きなのだが、大阪についてはあまりよく知らなかった。これはもっと知りたい。

 「なにわヒストリア」では巨大な古墳がつくられた古墳時代から、太閤秀吉に整えられた近世の大阪までを通観。高槻市の今城塚古墳公園の「埴輪祭祀場」はちょっと行ってみたい。「『商都・大阪』興亡史」は今につながる近現代だが、ここでも治水の話題があり、淀川に蒸気船を通すために行われた「粗朶沈床」という工法は、中国ドラマ『天下長河』で見た黄河の治水方法に似ている気がする。旭区の淀川河畔に「城北(しろきた)ワンド」という遺構が残っているとのこと。ぜひ見たい。

 「私鉄の王国」では、著者が考える大阪と東京の鉄道の違いがいろいろ挙げられているが、関東に「新快速」がないことに驚かれてもなあ…。大阪圏は、京都、大阪、神戸という拠点を高速運転で連結することに利便性があるけれど、東京は「中心圏」が巨大すぎ、横浜も千葉もさいたまも、全く釣り合わない。都市圏の構造が全く違うのである。

 「キタとミナミ、そしてディープサウス」は、大阪の町(地域)ごとの特徴と歴史を語る。西成、釜ヶ崎と呼ばれる地域にはさすがに行ったことがない。大阪の「五大色町」も興味深く読んだ。飛田は名前だけ知っていたが、ほかに松島、今里、信太山、滝井。すべて「新地」がつくところに歴史を感じる。大正区の「リトル沖縄」は、観光で訪ねるのに比較的ハードルが低いかもしれない。いつか行ってみたい。

 「未来都市・大阪」では、あえて「負の遺産」となった過去の再開発事業と、現在進行中の再開発エリアを歩く。「うめきた」で大規模再開発が進行中であることは、年に数回大阪に行くだけの私も認識している。阿倍野も大きく変貌した。変わり過ぎた風景を見て、大阪育ちの著者は「ここまですんのか?」という言葉が口をついて出たという。東京育ちの私が、いまの渋谷駅前に感じる気持ちみたいなものかな。関西空港に直結する「りんくうタウン」は、企業誘致が伸び悩み、負の遺産になりかけたが、最近、活気が戻ってきているという。頑張ってほしい。

 私が仕事や観光で大阪府を訪れるのは、大阪市でなければ、茨木、箕面、池田など北部地域が圧倒的に多いが、実は、堺、河内長野、貝塚など、南部が好きなのである。最近、久しぶりに訪ねて気になっているのは泉佐野市。著者が私鉄沿線の住民気質を論ずる中で、南海本線の通る泉州地方の海岸側は、江戸時代から商工業で栄えており、明治になると紡績業や海運業で繁栄したので、地方からの移住者も多く、他者を排斥する意識が低い、というのをおもしろいと思った。

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ゆるくて、やさしい中国/古染付と中国工芸(日本民藝館)

2024-04-22 22:22:56 | 行ったもの(美術館・見仏)

日本民藝館 『古染付と中国工芸』(2024年3月30日~6月2日)

 古染付とは、明代末期の中国・景徳鎮民窯で、日本への輸出品として作られたやきものを言う。だが、染付(そめつけ)という柔らかな和語の響きからも、私はこれが中国産であることを忘れてしまいがちだ。今回、玄関に入ると、左手の壁には「大空合掌」の泰山金剛経拓本と鄭道昭の山門題字。右手には殷比干墓、楊淮表記摩崖(なんのことやらメモだけ取ってきて、調べながら書き写している)。見上げると、大階段の2階の壁には『開通褒斜道刻石(かいつうほうやどうこくせき)』の拓本が左右に並ぶ。そうか、古染付って中国の工芸だったな、と気づいて、なんだか嬉しくなる。

 大階段の踊り場中央には、呉州赤絵(漳州窯)の『人物山水文皿』。赤いチェックのような文様の帯でぐるりと縁取られた中型の皿で、人物とも山水ともつかない、青緑色のかたちが飛び交っている。階段下の展示ケースには、古染付のうつわに混じって、漢代の印文磚、唐代の加彩陶俑(舞楽女子)、明代の小さな明器の馬など。どれも素敵。

 心を躍らせながら、2階の大展示室へ。細かいことは気にしない、自由でおおらかな気風で描かれた、達磨、羅漢、道士や漁夫など。動物では『古染付栗鼠文中皿』のタワシをつなげたようなリス。『双鹿文皿』の四つ足に全く力のないシカ。『遊兎文小皿』の3匹列になったウサギ。私の大好きな『蓮池釣人図鉢』は大階段裏の展示ケースに出ていた。

 大展示室は、壁沿いの展示ケースの作品が全て撮影可だった。気に入った作品三選。

 古染付は明代のやきものだが、今回、清代~現代(20世紀)の民窯が多く出ていたのが珍しくておもしろかった。黄釉、飴釉、鉄釉などで、小さめの器形が多い。官窯の超絶技巧とは全く異なる「民藝」の温かみを感じた。

 併設展、2階の「墨の表現」では海北友松筆『黄山谷愛蘭図』が目を引いた。黒い頭巾を被った白衣の人物が俯いて立っている。「日本の磁器」には染付に類似した人物文のうつわも出ていたが、自由と軽妙さが物足りない感じ。「螺鈿・華角工芸と朝鮮陶磁」は、華角工芸(牛の角を薄く剥いで作った透明な板の裏側に彩色をする)の箱に、象や牛などさまざまな動物が描かれていて可愛かった。あと、各展示室で横に寝かせた冊子や軸物を抑えるのに使われている卦算(けさん)が卵殻貼りでオシャレだった。ほかに「河井寛次郎と棟方志功」。

 1階の「スリップウェア」には、グレゴリオ聖歌の楽譜や聖人図など西欧の工芸が多数。「北陸の手仕事」には、石川県の陶磁や漆器、新潟県の織物など。入口に黒い木製の『銭箱』が置いてあって、能登半島地震の災害義援金を受け付けていたので、ミュージアムショップで冊子『民藝』を購入して、五千円札を崩して寄附させてもらった。

 最後の部屋は、1月31日に鬼籍に入られた柚木沙弥郎氏の特集で、柚木氏の写真が掲げられていた。しかし「追悼」という悲しい言葉を吹き飛ばしてしまうような、明るくパワフルな染色作品の数々。こういう布をまとって死出の旅路に出ることができたらいいな、と思ってしまった。

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現地調査から見えるもの/中国農村の現在(田原史起)

2024-04-21 22:38:58 | 読んだもの(書籍)

〇田原史起『中国農村の現在:「14億分の10億」のリアル』(中公新書) 中央公論新社 2024.2

 著者の専門は農村社会学。20年にわたり、中国各地の農村に入り込んでフィールドワークを実践してきた経験をもとに本書は書かれている。

 中国の農民とは、どういう思考様式を有する人々なのか。はじめに著者は、歴史的経緯を振り返って言う。欧州では13世紀頃まで、日本は150年前まで封建制が存在していた。ところが中国は紀元前3世紀で「封建制」は終焉を迎え、皇帝が直接、民に向き合う「一君万民」的な政治体制が形成された。皇帝の意思を代行するのは官吏である(建前としては実力があれば=科挙に合格すれば、誰でも「官」になれる)。官僚が派遣される最末端単位は「県城」で、周辺の農村を統括した。農民は県より上の政府に直に接する必要はない。ここから「専制君主を戴きながらも、中国農民には思いのほか『自由』な一面が生まれた」というのは、とても共感できる。

 ある程度自由で、流動性が高い社会であることの反面として、最後に頼れる血縁が重視され、強い家族主義が生まれた。1990~2000年代に多くの農民工(出稼ぎ)が出現したのも、家庭内労働力を遊ばせず、家族全体で豊かになろうという「家族経済戦略」から説明がつくという。これも分かる。また、農民は豊かな都市住民に出会っても、彼我を引き比べようというメンタリティはなく、むしろ隣近所の農民どうしの格差・優劣を気にするという。これも分かる気がした。中国農民には、都市住民が自分と同じ「中国人」だという意識は希薄なんじゃないかなあ。

 ところで中国農村には、村幹部(村民委員会)という特異な集団が存在し、もしかすると国政よりは民主的(?)な選挙が行われている。この段で、なぜ中国は(国政レベルで)競争的な代議員選挙が根付かないかについて、著者が紹介している章炳麟の説が興味深かった。議会制はむしろ封建制や身分制と相性がよい。身分というものが中間集団として働き、「自分たちの(集団の)代表を議会に送り込みたい」と考えるからである。しかし中国には、少なくとも章炳麟の時代には、家族主義を超えるような中間集団は存在しなかった。一方、「世界最大の民主主義国」インドでは、「カースト」が政治的利益の分配における中間集団の役割を果たしてる、という著者の指摘も、たいへん腑に落ちた。

 そんなわけだが、本書に登場する農村基層幹部の人々(男性も女性もいる)は、逞しく、有能である。村民のことを知り尽くし、公共的な問題解決のため、知恵を絞り、全人格的な感覚を動員し、臨機応変に立ち回る。私は『大江大河』とか『県委大院』とか、中国ドラマで見て来た基層幹部のあれこれを思い出していた。中央政府は、少しずつ農村に対する財政支出を増やしているというけれど、開放以後の中国農村が「発展」を続けてきたのは、個々の家族の競争的な経済戦略と、「縁の下の力持ち」である基層幹部の努力の賜物なのだろう。

 気になるのは、習近平政権が「県城の都市化」すなわち、県城の農村部に居住してきた農民を、最終的には小都市である県城の市民として吸収していく政策を打ち出しているという情報である。実は、今、2022年制作の『警察栄誉』というドラマを見ているのだが、ここでも同じような社会状況が描かれていた。社会の再編成に向けて、当然、さまざまな軋轢が起きるだろうなあと思う。

 外国人による中国農村調査がなぜ「失敗」するか、「飲酒」や「宴席」の意味など、著者の実体験に即したコラムも面白い。コラムだけ立ち読みしてもいいんじゃないかと思う。

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